11-18 食事
料理係のシルフさん、双子、バルトが作った屑野菜と魚介のスープ、ジンギスカンもどき、豆の入った黒パン。
豪華な食事……ではないが、魚も肉もと食卓に並ぶのは、コッチの世界では結構気合の入った食事である。
元魔王に出す食事だから、勇者として舐められないように気を使ったのかな……? まあ、バルトも双子もそう言う部分は無頓着っぽいし、メニュー選びに何か考えたとすれば、それは多分シルフさんだろう。
けど、まあ、飯振舞われてる側のおっさんは、そんな事を気にした様子もなくモシャモシャと美味そうに舌鼓を打っている。
アザリアも話を始める前に料理を存分に楽しんでるし、バルトは何食っても美味しそうに食うし、双子はシスターだけあって静かで綺麗なシンクロな食べ方してるし。
そう言えば、シスターって食べる物色々気を付けなきゃいけないんじゃなかったっけ? まあ、禁じてる食べ物は宗教ごとに違うと聞くし、七色教はそこまで食べ物にウルサイところじゃないのかも。まあ、どうでも良いか……。
…………そう言えば、現役勇者全員が揃って飯食うところを初めて見たかも。
感慨に浸りながら、アザリアが取り分けて冷ましてくれた魚と肉をモグモグする。
うむ、美味い。
若干熱いのが猫舌にはキツイが、これくらい冷ましてあれば食える食える。
とりあえず黙って食う俺。時々、アザリアが「猫にゃん」と撫でて来るのが若干鬱陶しいが、まあ、飯が美味いので我慢する。
それぞれの食事が進む間に、アザリアの話も進み――――。
「逃げる、と?」
「はい」
おっさんの問い返しに、アザリアが横で飯食ってる俺を撫でながら頷いた。
「現在のこの国の状況を考えれば、魔王同盟との戦いは不可避と言うのは全員が理解しています。ですが、戦いになれば結果がどうなっても市民への被害は免れません」
「……うむ」
おっさんが若干渋い顔をしながら頷く。
言い返したいが言い返せない。アザリアの意見は全面的に正しい、っつう事だ。
「それに、もし仮に魔王同盟を無事に退ける事が出来たとしても、大陸の北側にはまだ他の魔王が残っています。悪名高い魔王イベルや、“最大の魔王”として知られる魔王ゴルド、それに帰還組の魔王である魔王ナノグラシア……今は静観を決め込んでいる3人ですが、魔王同盟を落とせば、当然この国に牙を剥いて来る事は想像に容易いです」
アザリアの言葉を継いで、双子が続ける。
「魔王イベルは」「命をただの物として扱う」「心を持たぬ冷酷な魔王」「七色教の絶対的な敵として」「ずっと伝えられてきました」「敵に回すのは得策ではありません」
双子に続いて、果実酒を喉に流しこみながらシルフさんも言う。
「魔王ゴルドと言えばアレだろ? 歩くだけで国を滅ぼす“大地の巨人”の異名で恐れられてる魔王だろ? 魔王同盟と戦って疲弊したところにそんな化け物が来たら、それこそ終わりだろ」
「勝つ、負ける、どっち、でも、皆、一杯、危険、です」
と、バルトが締めくくった。
沈黙の間……。
暫く、皆が食事する音だけが部屋に響く。
沈黙の理由は分かっている。
おっさんが“逃げる”と言う行為に対してあからさまに嫌がっているからだ。
まあ、おっさんの性格を考えれば、「正面切って殴り合って倒す」のが正義で、逃げると言うのは“臆病者”って考えがあるのは分かる。
だが、だからと言って話を進めない事には始まらないだろう。
中々話が進行しなさそうなので、俺がきっかけ作りをしようと思う。
「ミャァ」
……まあ、俺の出来るきっかけ作りなんて、一鳴きして沈黙を終わらせるぐらいなのだが……この場ではこれで十分だろう。
おっさんが俺の方を一瞥してから、小さく息を吐いてアザリアに視線を戻す。
「妹御の提案は理解した。だが、具体的にどうするのだ? この国の四方どこにも逃げ道はないぞ?」
「はい、ですので兄様に相談したかったんです」
え? そこで俺?
俺に良い案とか求められても何も浮かびやしないんだけども……? 頭脳労働苦手だからこそアザリア達に丸投げしてんのに、戻されても困るよ?
「ミィ?」
「そうだよ猫にゃん。猫にゃんのご主人様の事だよ?」
そう言って撫でられる俺を、おっさんとバルトが微妙に哀れな物を見る目で見て来るんだが? 別に哀れみの目を向けられる謂れはありませんけども? ええ、まったくございませんけども?
「兄様は転移術式の使い手ですから、もしかしたらこの国の人達を安全な場所へ運べないかな、と」
おっさんとバルトの視線が俺に向く。
期待に満ちた目で見られても困るんだが……。
「(【転移魔法】でこの国全員を運ぶのは無理。【転移魔法】はそもそもが膨大な魔力消費なのに、人数が増える程アホみたいに負担が増す。正直言えば、この人数運ぶだけでも結構きつかったくらいだし)」
おっさんとバルトが少し考える素振りをしてからお互いに目配せし、俺の言った事をそのまま自分の言葉として噛み砕いてアザリア達に説明してくれる。
「転移術式で運ぶのは剣の勇者でも無理だろう。アレは膨大な魔力を必要とする。流石の奴でも国民全員を運ぶのは不可能だ」
「はい。僕も、同じ、思う、です。師匠、一杯、転移、無理、言う、ました」
「……そうですか……」
残念そうに呟きながら、俺を膝に抱き上げる。
「ミィ……」
そんな残念そうな顔で人を撫でないでくれよ……。
まあ、一応手が無い訳じゃないし。
「(2人共、ここから先は通訳しなくて良いから、とりあえず聞いといて)」
おっさんとバルトが、俺にだけ分かる程度に小さく頷く。
「(【転移魔法】では無理だけど、もしかしたら別の方法でこの国の連中を逃がす事は出来るかもしれない)」
「本当か!?」「本当、ですか!?」
…………反応返すなっつーの……。何の為に「通訳しなくて良い」って前置きしたと思ってんだ……。
ほらぁ、俺の言葉が分からん女子組(1人中身男)がクエスチョンマーク浮かべてる!
「何ですか突然……?」
「何でもない」「ない、です」
嘘下手くそな2人が頑張ってます。温かい目で見守ってあげてね?
……なんで俺の言葉を理解できるのが、よりによって馬鹿正直トップ1、2なんだよ……。もう少し誤魔化し上手い奴が居てくれれば、気分的に少しは楽なんだが……。
「(……言っとくけど、“かも”な? 飯終わったら、ちょっと出かけて確かめて来るから、一応“国民を逃がす”って選択肢は有る物と思っといて)」
今のはおっさんに言ったセリフだが、実際に逃がすとなればバルトも動く事になるから、まあ……結局は両方に言った事になるのか……。
おっさんが無言のまま見つめて来る。
その視線を言葉にするなら「妹御にもそれを言わなくて良いのか?」だろう。
俺だって言おうと思ったが、その“逃がす方法”が成功するか確証がねえからなぁ……? もしその方法が使えないとなったら期待させた分落胆させる事になるし、話すのはこの後の結果見てからで良いだろう。
視線だけで、おっさんに「問題ない」と返す。
アザリアの膝から降りて食事の続きに戻ろうとすると、俺が離れようとしたのを感じたアザリアに抱き上げられる。
「ミ?」
「今日は兄様が居ませんし、猫にゃんは私と寝ようね?」
「ミュゥミ……」
助けて……。
若干涙目で助けを求めると、おっさんは「頑張れ」と言う目をしていて、バルトは「師匠なら大丈夫です」的な目で見ていた。
……いや、助けてって言ってんだから素直に助けてくれよ……!?




