11-10 勇者達は赤鬼と出会う
町の奥まで進めば、そこにはサイズ規格のおかしい屋敷。
「……大きい」
驚いたような、怯えたような、ちょっと不安げな声を出すアザリア。
俺を抱く手に力がこもる。
手が冷たい……緊張してんのか?
心配しなくても大丈夫だよ。おっさんは話の通じないどっかの魔王とは違うし、何より昨日魔王の座を降りて絶賛弱体化中だし。
安心させる為に、丸っこい前脚でアザリアの手をポンポンと叩く。
「ミ、ミィ」
「猫にゃん……うん、大丈夫だよ」
皆の心の準備が整ったくらいのタイミングで、【仮想体】が武骨ででかいドアノッカーをドンドンと叩く。
10秒程待つと、巨大なドアが重苦しい音と共にゆっくり開き、この屋敷の主人が顔を出す。
「戻ったか。随分と早か――――」
「ミャァっ!」
おっさんの言葉を鋭い鳴き声で遮り、シュバッと忍者のようにアザリアの腕から抜け出すや、おっさんの顔に飛びついてそれ以上言葉を吐き出す事を封じる。
同時に【仮想体】がおっさんの腕をガシッと掴んで、屋敷の中へ引き摺って行く。
「(バルト、ちょっとそこで待っとくように皆に言っといて)」
バルトの返事を待たずにドアを閉める。
屋敷に引き戻されると、おっさんが顔にへばり付いていた猫をワシッと掴んで引き剥がし、自分の視線の前に持ち上げる。
「なんだ急に?」
おっさんの疑問も当然だが、コッチの突然の奇行の理由も理解して欲しい。
おっさん出て来るや否や、【仮想体】っつか鎧をガン無視して、アザリアに抱っこされている俺に向かって話し出すんだもん……そら、止めなきゃまずいでしょ?
「(言い忘れたけど、俺の正体はバルト――――槍の勇者以外は知らないから、おっさんも他の勇者の前では猫じゃなくて、鎧の方に話しかけて)」
「……面倒臭くないか?」
……言うなよ。俺自身もクソ面倒臭ぇと思ってんだから……。
「まあ、だが、お前の事情は理解した。お前の強さの一端は、“猫である事”だからな? その正体は出来るだけ知られない方が良いのも頷ける」
言いながら、俺を【仮想体】の右肩に乗せる。
おっさんが話の分かる奴で助かった……。
「それはそうと、外に居た者達が今代の他の勇者か?」
「(ああ、杖、槍、短剣、双剣……あ、双剣は双子なんだが、2人で一枠みたい。今の勇者はこれで全員だ)」
「ふむ、なるほど。本当に他の勇者を連れて来てくれたのだな」
「(俺は嘘吐きではあるが、約束はキッチリ守る男だ)」
「知っている」
おっさんと2人……正確には1人と1匹で再び外に出る。
バルトに頼んだ伝言通り、アザリア達は律儀にその場で待っていた。流石勇者、流石根が素直な連中(1人例外が居るが……)。
「師匠、話、ついた、ですか?」
うん、と【仮想体】が頷く。
おっさんが1歩踏み出し、会釈してから名乗る。
「今代の勇者達よ、お初にお目にかかる。我は、魔王ギガース=レイド・E…………いや、もう魔王ではないのだから、今は“ただの魔族”のギガースだ」
少しだけ迷うような間があって、アザリアが極光の杖を抜いて挨拶を返す。
「丁寧な挨拶を有難う御座います。元とは言え、魔王とこうして刃ではなく言葉を交わすのは不思議な気分ですが……」
「うむ。それはコチラも同じ事。剣の勇者と初めて話した時は、我もそんな気分だった」
「兄様と、ですか?」
「うむ、こやつ――――」
ガッツリ猫を指さす。
「ミャっ」
おいっ。
ジロッと睨むと、俺をさしていたおっさんの指がフラフラと空中を泳いでから、鎧の胸辺りをさし直す。
「――――こっちだ、うむ。コイツと会った時の気分だ、うむ」
あっぶな!? こンのクソ正直者めぇ!! 言った傍から間違えやがってぇ!!
事情を理解してないアザリア、双子、シルフさんは若干変な顔はしたが流してくれた。が、バルトだけが「あ」と“気付いた”顔をする。
これで無駄な説明省けたかな?
「それより……『兄様』と言う事は、其方は剣の勇者の妹御であったか? …………む? 妹?」
再びおっさんの視線が俺にぶっ刺さる。
「妹……? アレのか?」
アレって言うな。そして指さすな。
おっさんも流石に気を使ったのか、指の向いている位置が猫と兜の間の辺りになっている為、他の連中は気にしてない……かな? ならばオッケィ!
おっさんの指摘に、アザリアがちょっと照れたように顔を伏せ、ゴニョゴニョと歯切れの悪い説明……と言うか言い訳をする。
「いえ……あの、兄様と言っても本当の兄妹ではなくて……その……」
「え?」「え?」「え?」「え?」
アザリアの言い訳に反応したのは、おっさんより仲間の勇者連中だった。
いや、お前等も知らなかったんかい!? っつか、バルトが驚くのはおかしいだろ!? お前は俺が猫だって知ってんだから、兄妹って関係に疑問を持っとけよ!?
「てっきり」「本物の」「ご兄妹かと」「思ってました」
「同じく」
「僕も、です」
マジか? マジか君等? マジで妹設定に疑問を持たんかったんか? そしてバルトは本当にちょっと素直に言われた事を受け入れ過ぎだぞ。
「本物の兄妹ではないのか? では、何故他人を兄と呼んでいる?」
おっさんは色々容赦なかった。
「訊いて欲しくない」と言うアザリアの羞恥心を、バッキバキに圧し折って踏み込んでいくストロングスタイル過ぎる……。
「それ、は……まあ、兄のように尊敬してる……と言う意味で」
「そうか」
あ、でも、そこまで興味はないんだ……。
まあ、興味持たれて変に突っ込んだら、アザリアが泣き出しそうだから良いけど……。
「いや、だが、血は繋がっていなくとも、お前達が兄と妹なのは何となく分かる」
「……え? そうですか?」
「(……え? そうかぁ?)」
「うむ、そっくりだからな」
いやぁ、それは勘違いだと思いますぅ。
俺のようなボンクラとそっくりなんて言ったら、努力の塊みたいなアザリアに申し訳ないだろう。
って言うか、アザリアがいい加減可哀想だから、さっさと自己紹介に移ろうぜ。
「(バルト、お前から名乗っとけ)」
「は、はい、です! 僕、槍、勇者、バルト、言います!」
「うむ。代々槍の勇者と言えば、剣の勇者に次ぐ次点の強者として名を轟かせていたが……今代も例に漏れていないらしい。これだけ多くの“精霊付き”は初めて見た」
言われて、バルトが褒められた事に少し照れながら頭を下げる。
褒められ慣れてねえなぁ、うちの弟子は。
自己紹介の流れを読んで、バルトに続くブランとノワール。
「双剣の勇者、ブラン」
「双剣の勇者、ノワール」
「剣の勇者からチラと聞いた。なんでも、2人で1人の勇者だと」
「はい」「肯定します」「私達は」「2人で1人の」「「双剣の勇者」」
双子の名乗りが終わると、少しだけ面倒臭そうに、それでいてどこかおっさんを値踏みするような態度でシルフさんが名乗る。
「短剣の勇者シルフ。ちなみに偽名だから、呼び方は適当で構わないぜ」
「ふむ……短剣の勇者か……。噂に聞いた事がある。七色教が魔王の目を掻い潜って勇者の召喚を成功させた、と。それが短剣の勇者だったと記憶しているが?」
「正しく、それが俺だよ」
そして召喚に失敗したのが俺だよ!!
アザリア以外が名乗り終わったので、自然と全員の目がアザリアに向く。
どうやら他の勇者が自己紹介している間に精神が立ち直ったらしく、キリッとした凛々しい“勇者”の顔で名乗る。
「杖の勇者アザリアです。若輩者ではありますが、今代の勇者を纏めるリーダーを務めさせて頂いています」
「そうか、妹御がリーダーであったか。コチラの事情に巻き込んでしまって恐縮だが、宜しく頼む」
おっさんが深々と頭を下げる。
「いえ、問題ありません。私達は勇者ですから、助けを求められれば否やはありません。それより――――時間の猶予がないようですし、話を聞かせて貰えますか?」
「うむ」




