1-33 人の闘志
魔法が放たれる。
何度も、何度も、何度も何度も何度も。
何十人の魔族の手から、火が、氷が、雷が飛び、真っ直ぐに黄金の鎧を纏う勇者に叩きつけられる。
数えて100発近い魔法が撃たれ、勇者はその全てをその身に受けている。
だと言うのに―――…
「くッ……何故っ、何故倒れんッ!!!?」
ジェンスは叫びながら、金属鎧を纏う者に対して絶対的な効果を持つ雷属性の魔法を放つ。
無防備に食らう。
しかし、それでも勇者は倒れない。
放たれた魔法は手数、速度重視の物ばかりではない。長い詠唱やディレイと引き換えの高威力、高ランクの物も含まれている。
人間ならば、鎧の防御力を差し引いても軽く30回は殺せている。
(やはり、奴は……人間ではない!)
先程目の前の黄金の鎧の勇者は魔法を使ってみせた。と言う事は、鎧の中身は恐らく魔族。
どうして人間しかなれない筈の勇者に魔族がなっているのかは不明だし、何故魔族が人間側に付いているのかも不明だが、そんな事は問題ではない。
鎧の中身が人間だろうが、魔族だろうが殺さなければならない事は変わらない。魔族同士だからと言って手心を加えるような情は魔族にはない。
しかし、中身が仮に魔族だったとしても、これだけの魔法を浴びて倒れない理由にはならない。
確かに、勇者の身に着けているジェンスの鎧はオリハルコン製。オリハルコンには、魔法や天術を発動する際に発する“魔力”に対して高い耐性が有る。だが、金属鎧である以上、雷撃の魔法のダメージだけは貫通する。そもそも、耐性が有るとは言っても、魔法によって発生する熱や衝撃が0になる訳ではない。
魔法を食らうごとに、確実に小さなダメージと疲労が蓄積されている………筈なのに、勇者は一向に倒れない。
時々、思い出したように膝を突いたり、若干大袈裟な動きで倒れそうになったりしているところをみると、決して何も感じていない訳ではないのだろうが。
(奴は不死身だとでも言うのか……!?)
魔法を食らって倒れないのが、ただのやせ我慢などではないのは間違いない。
魔族達が放つ魔法の間を縫って近接攻撃をしようと近付けば、その瞬間に旭日の剣で両断される。
狙いが外れ、勇者の横を通り過ぎようとした魔法に対しては、獲物を捉えた獣のような俊敏さで回り込んでその身を盾にする。
動きの精度やキレが落ちるどころか、むしろ行動への慣れからか、増して行っているようにすら思える。
何かしらの魔法や天術で身を守っている、または回復術式を展開し続けている、と言ったチャチな手品ではない。そんな物があったなら、即座に解除させる為の魔法を撃ちこんで居る。
得体の知れない不気味さと同時に、圧倒的な優位な状況にも関わらず押し切れない焦りが湧いて来る。
(迷うな…! 生物である以上、どこかに限界はある筈だ!)
自分に言い聞かせるように魔法を放つ手に力を込める。
それでも勇者は倒れない。
倒れるどころか、魔法を受ける事を楽しんで居るようにさえ見えて来る。流石に、楽しんでは居ないだろうが……。
ジェンスは迷いを払おうとする。
勇者が背に人間達を庇っている以上、自分達の圧倒的優位は揺るがない。もし、人間達が逃げようと動けば、即座に広場の回りに伏せている部下達が襲いかかって人間を殺し始める。
もう暫く待てば、町の外を見張っていた者達も来る。
勇者がどれだけの能力を有して居ようと、前も後ろも同時に守れる訳は無い。そうなれば、この町に居る全戦力で一気に畳みかけるチャンスだ。
何度も何度も「自分は間違っていない」と言い聞かせる。
――― 勇者が地に倒れる姿がイメージできなくても。
場が硬直して数分。
魔族達が魔法を放ち続け、勇者が人間達を守って受け続ける。
それを動かしたのは、守られて居た人間達だった。
「戦うぞ!!」
誰かが叫んだ。
誰だかは分からない。しかし、その声に押されて何人かが動く。服の下に隠してあった武器を抜き、勇者に魔法を放っている魔族達に向かっていく。
「うぉおおおおっ!!」「はああああっ!」
動いたのはたった数人。
人間が多少向かって行ったところで、魔族の力の前に叩き潰されるのは目に見えた結果。
誰かが更に叫ぶ。
「剣を持てッ! 炎を掲げよ!! これは“勇者の戦い”ではない!! 我等人間の、尊厳を―――世界を取り戻す戦いだ!!!」
人間達の目に―――魔族に怯えていた羊の目、闘志の炎が宿る。
「戦うんだ!」
別の誰かが叫んだ。
「取り戻すんだ!!」
女性の声が叫んだ。
「人間の!」「俺達の!」「世界を!!!」
人間達が叫ぶ。
叫びながら、魔族に突っ込んで行った者達に肉体強化の天術を唱える者。
勇者が倒した魔族の武器を拾って戦士達に渡す者。
人間の中で燻っていた火が、住民達に燃え移った。
「家畜共がぁぁああッ!!!!」
魔族達が即座に人間を返り討ちにしようと動く。
「家畜」と蔑んで居た人間達の反逆に、魔族達の怒りのゲージを振り切った。だから、「魔王に怒られる」なんて事も頭から転がり落ち、全員が人間を皆殺しにしようと動いた。
動いてしまった―――勇者への攻撃を止めて。
その事実に、ジェンスだけが気付く。
「バッカ者共が! 魔法を止めるな!!!」
ジェンスは勇者から目を放さない。
その動きの一挙手一投足を見逃さないように。
それなのに―――その姿を見失った。
「なっ!?」
ジェンスに油断は無かった。
正体不明の勇者の、異常なまでの体力と生命力に警戒は全開だったと断言して良い。にも関わらず、その姿を見失った。
それは、仕方のない事だった。
何故なら―――勇者が、その場から消えたのだから。
消えた……とは、何かの比喩では無い。まるで、今までそこに居た金色の鎧が幻だったかのようにスゥっと掻き消えたのだ。
次の瞬間、
――― 魔族達のど真ん中に黄金が現れた。
「は?」「ぁ?」「ん?」「ぇ?」
魔族の誰も―――ジェンスですら一瞬何が起こったのか理解出来なかった。離れて場を見ていた人間達ですら何も理解できていない。
その、絶対的な隙を、勇者は見逃さない。
一歩踏み出しながら体を捻り、その場で一回転しながら大きく剣を振るう。
血飛沫が舞う。
勇者の周りに居た6人の魔族が一瞬で上下に両断され、下半身はゴシャっと地面を転がり、上半身は桁外れの剣の衝撃に負けて宙を舞った。
「凄い……」
「綺麗」
「あれが……勇者様なんだ……!」
人間達の間で漏れる、場違いな感想。
あまりにも人間離れした力は、ある種の芸術のように映った。
鍛え上げ、研ぎ澄まし、長い年月磨かれ続けたであろう圧倒的な力。
称賛と感動、尊敬と羨望。
勇者に対する様々な感情が、人間達の中に宿った炎を更に大きく熱くする。
そして―――人間達とは真逆に意味で勇者に感情を揺すられている魔族達。
「ま…さか……!」
ジェンスの微かな震える声。
だが、その震えを……その恐怖を、誰が笑えるだろうか?
「まさか…、転移術式…だとッ!!!?」
転移術式。
文字通りの空間を一瞬で飛び越える、超絶的な力を指す。
しかし、その力はあまりにもハードルが高く、転移の魔法は存在すれど、使える者は一握りの強者のみ。
13人の魔王ですら、使えるのは能力が秀でている上位者達だけだ。
人間に至っては、転移の天術は存在が確認されて居ない。唯一、過去に勇者が1人だけ転移の術を使っていたと言われているが、歴史上ではその1人しかいない。
勇者が転移術式を使ったと言う事は、目の前に居る黄金の鎧の中身は、こと魔法の一点に関しては、魔王に匹敵するだけの力を持った存在だと言う証明に他ならない。
「そう言う……事か!?」
この数日の出来事の中で、勇者の存在をピースとしてはめ込んでも完成していなかったパズル。それが、今ジェンスの頭の中で完成した。
馬車から盗まれた荷。見つからない敵と荷。虫一匹通さない警備をすり抜ける侵入者。そして、今朝方再び盗み出されたジェンスの鎧。
(ああ、そうかっクソがっ!! 転移術式が使えるならば、そんな物全部関係ないだろうよ!!)
しかし不可解な点は一つある。
転移の瞬間に術式の発動が見えなかった事だ。
魔法にしろ天術にしろ、発動の瞬間には魔力が光を放つ。魔法ならば黒く光り、天術ならば白く光る。しかし―――今、勇者が消えた時にはそのような光は無かった。
つまり、勇者の転移は、まったく未知の力によって起こされている物だ。
「バカなッ!! バカな馬鹿な馬鹿なッ!!? 有り得ん!! こんな事があって堪るかぁぁああッ!!!」
ジェンスが得意の爆裂系魔法を放つ。
しかし―――再び勇者の姿がその場から消え、勇者を攻撃しようと狙っていた魔族達に魔法が炸裂した。
「チィッ!!」
舌打ちをする間に、勇者は人間達と斬り合っていた魔物達の横に現れ、軽やかな風のようなステップで走り抜けながら魔族達の体を野菜のように切り落とす。
「勇者様!」「あ、ありがとうございます!」「我等も共に!!」
人間達が更に勢いづく。
能力では魔族が圧倒的に勝っている。その事実は変わらない。
だが、戦においては勢いで相手を押し殺せる場合もある。そう、丁度今のように。
勇者は自在に広場を謎の転移術で飛び回る。魔法を放とうとしている魔族を斬り、人間を斬り殺そうとした魔族を斬り、動きに迷った魔族を斬り、指示を求める魔族を斬る。
勇者の振るう旭日の剣の一撃は、魔族にとってほぼ即死攻撃だ。
そんな超火力を持つ敵が好きなように飛び回れば、恐怖と混乱でまともな作戦も連携も取れた物ではない。
統制が無くなれば、一対多数の状況に人間が持ち込んで勝機は十分にある。
しかし―――その攻勢も長くは続かなかった。
広場の3つの入り口から、ガチャガチャと金属を鳴らしながら魔族達が集まって来る。
「ジェンス様!」
「……よし、押し戻すぞ! 人間は出来るだけ生かして捕らえろ!! 勇者は確実に仕留めろ!!」
町の周囲の警戒に出していた武装した魔族28名。これだけでもクルガの町の住人を皆殺しにしても、お釣りがくる程の戦力だ。
人間達がどれ程勢いづいて居ようが、所詮は虫の集まりだ。
(これで、勇者諸共すぐに終わらせて―――)
ふと、気付いた。
何故勇者は始めから転移術式を使わなかったのか?
魔法で狙い撃ちにされていた時も、転移術式を使えば、もっと簡単に状況を動かす事が出来たのではないのか?
様々な疑問が、ジェンスの頭の中を通り過ぎる。
戦場において、無駄な考えを巡らす余裕はない。しかし、ここでそんな疑問が浮かんだ事には意味がある。
(敢えての時間稼ぎ……? いや、何かを待っていた? 何をだ?)
広場の入り口から、人間達を踏み潰す様な勢いで突撃して来る部下達。
そう。勇者は待って居た。
このタイミングを―――。
(町に居る魔族が全て集まるのを待って居たのか―――!!?)
なぜ、そんな事を待って居たのか?
答えは決まっている。
「広場から離れろッ!!!」
ジェンスが叫んだ。
しかし、全ては手遅れだった。
いつの間にか広場の中央―――処刑台の上に戻っていた勇者が、無言のまま旭日の剣を掲げる。
光。
白い光が勇者の体から迸る。
天術を発動した時の、魔力の白い光。
曇天を切り裂くように、極大な白い雷が勇者の剣に導かれるように広場に降り注ぐ。
ジェンスは知っていた。
10年前の戦争で、“剣の勇者”が使っていたそれを。
魔族殺しと呼ばれる、超神聖属性の究極天術の1つ、
――― 【審判の雷】
眩い雷の光が、広場を―――クルガの町を包み込んだ。
勇者が何故このタイミングをまっていたか?
決まっている。
敵が集まった所を広範囲、高火力の天術で1人残さず全滅させる為だ。




