11-9 とんぼ返り
【空間転移】を使えば、行った事がある場所ならどこでも一瞬。なんてお手軽な移動法なんだ!!
……と言いたいところだが、消費MPは馬鹿にならない。どれくらい馬鹿にならないかって、普通の人間や魔族じゃ、魔力どころか生命力を全部吐き出しても1回分支払えないくらい馬鹿にならない。
更に言うなら、元々単体での転移を想定した魔法なので、複数人を同時に飛ばすと消費がモリモリ上がる。もう、半端じゃないくらい上がる。
5人と鎧1つをまとめて転移出来るのは、俺の鍛えられた膨大な魔力と【全は一、一は全】による“消費魔力100分の1”の効果あってこそだ。
等と心の中で天狗っ鼻になっている間に、転移時の気持ち悪い視覚効果が終わり、目を開ければ、そこはアルバス境国の象徴とも言うべき闘技場のあるブルムヘイズの町。
「ミャァ」
到着、っと。
慣れた様子で【仮想体】を動かす。いや、“慣れた様子”ってか実際散々やってるから慣れてんだけど。
俺が動き出しても、それに続こうとしているのはバルト1人で、それ以外の女性陣(1人中身男)はその場で固まっている。
「い……今のが本物の転移術式? 前に魔王アビスが使っているのを見た事ありますけど、自分が転移する側だとこんな感じなんですね……」
と、アザリアが一瞬で変わった周囲の景色を見回しながら言う。
双子もシルフさんも似たような反応。
ああ、そう言えばバルト以外は【転移魔法】初体験か。
転移の天術ってのは存在しないらしいから、当然人間が転移を体験する機会なんて無い。……って言うか、魔族の中でも中々居ないんじゃないか?
今まで相当な数の魔族を倒してきたけど、【転移魔法】を使ったのはアビス1人だけだ。戦闘能力第4位の魔王であるおっさんですら使ってなかった。
……まあ、おっさんの場合は、種族的に魔法適正あんま高くなくて、その代わりの身体能力全振りらしいから数に入れたらアレだけど。
「師匠、ここ、アルバス境国、ですか?」
バルトに問い掛けられて思考の海から戻って来る。
いつもの調子でニャーと鳴いて返事をしようとして、俺が返事するのも変かと思い直し、慌てて【仮想体】に頷かせる。
そんな俺に、シルフさんが少し呆れたような視線を向けてくる。
「大陸の反対側まで本当に一瞬なんだな……? こんな事が出来るなら、そりゃあ魔王連中もお前を警戒するだろうよ」
「流石剣の勇者」「と、褒めるべきでしょうか?」
いや、別に褒められるところじゃない。
あと魔王が俺を警戒してるのは、【転移魔法】が使えるからとかじゃなく、単純に俺が連中を本当の意味で殺せるからだと思う。
まあ、そんな話はどうでも宜しい。
さっさとおっさんの所に連れて行って面通しさせよう。
【仮想体】が先に立って歩き出す。
「あ、ちょっ、兄様置いてかないで下さい!」
トトッと小走りに追い付いて来て、鎧の肩で丸くなっていた猫を自然な動作で抱き上げるアザリア。
「猫にゃんは私を一緒に行こうね?」
「ミィ……」
はい……。
いや、別に良いけどね? どうせ行き先一緒だから良いけどね?
おい弟子、だから哀れな物を見る目で師匠を見るんじゃなえっつってんだろ!
門を潜り、【仮想体】は真っ直ぐにおっさんの屋敷を目指して進――――もうとするのだが、アザリア達が揃って門の前で足を止めてしまっている。
「ミャァ?」
どうした?
胸に抱かれたままアザリアの顔を見上げる。
その顔に浮かんでいるのは、驚き、困惑、戸惑いかな? 他の面々も同じ顔してる。
何事かと思ったが……ああ、そうか。この町だと、普通の事だからな? そらビックリするか。
魔族と人間が仲良くしてるのは。
俺も初めてこの国に来た時は面食らったもんなぁ……。
先に、「そうだ」って聞いてても、実際に見ると全然別レベルの驚きが有るんだよねぇ。
元々コッチの世界の住人ではなく、魔族に対してもそこまで深い憎悪や嫌悪感を持ってる訳じゃない俺ですらあの衝撃だからな……? 勇者として魔族を目の敵にしてきた勇者連中にしてみれば、驚くっつーかショックだろう。
自分達が必死こいて護ってきた人間と、それを襲っていた魔族が仲良くしていたら。
けど、まあ、この国ではこれが当たり前の姿だし。頑張って受け入れてくれ。
「ミィ」
行くぞ、と声をかけると【仮想体】が再び歩き出し、バルトが一瞬遅れて「行く、ましょう」と俺の言葉を皆に伝えてから、恐る恐る町の中へと足を踏み入れる。
シルフさん、双子、アザリアの順番で続く。
「命令されて嫌々やってる……って訳じゃないっぽいな?」
あ……この人、さては【妖精の耳】で住人の心を読んだな……? 俺ですらそんな事した事ないっつうのに……バレたらモラルを問われるぞ。
「不思議な国ねノワール」
「不思議な国だわブラン」
「凄い……本当に魔族と人間が仲良くしてる……」
どっかの腹パンと違い、素直に驚いている3人。
バルトは、驚いてるっつか……微妙に羨望の眼差しを向けている気がする。
まあ、この国では“半魔だから”って理由で排斥される事は有り得ないしな? むしろ、人と魔族の共生の証として重宝される可能性すら有る。
そら、バルトにしてみれば、ここは理想郷みたいな場所だろう。だとう、けども……そんなに羨まんでも、その内世界のどこでもお前がでかい顔できるようになるわ。
そんな事を思っていると、先に立って歩いていた【仮想体】が住人の魔族達から声をかけられる。
「おお、剣の勇者殿!!」「いやいや、ここは新チャンピオンと呼ぶべきだろう!」「あの魔王様を倒すとは……昨日からずっと興奮が冷めんでな!」「おうとも! ずっと皆で飲んでいたが、まだまだ騒ぎ足りん!」
自分ところの魔王が勇者(偽)に負けたってのに、呑気にお祭り騒ぎをしてられる辺り、実にこの国の魔族は“らしくない”魔族である。
大抵の魔族なら魔王がやられたら、殺った勇者に襲い掛かりそうなものなのに、そんな事気にした様子もなく近付いて来て、貶すどころか褒めてるし……。
なんちゅーか、この国の魔族は総じて“気持ちの良い連中”なのである。
「惜しむらくは勇者殿と魔王様との直接対決を観れなかった事だが、次の機会に期待しよう」
「そうだな。次の闘技会は勇者殿への挑戦権を賭けた戦いになるのだし、これは燃えるだろう!」
燃えられても困る。
次の闘技会なんて今のところ出る予定ないですし……。むしろ、その時まで無事で居られるかも分からないですし。
コッチの気持ちも知らないで、「じゃあな」と酒臭い息と共に若干爽やかに去って行く魔族達。
「あの……兄様? 知り合いの方達ですか?」
いいえ。と【仮想体】が首を横に振る。
「……ここの国の魔族は、勇者相手でもあんな気安い感じなんですか?」
昨日の今日だから、今は特別だろう。
この国は、闘技場で活躍する奴が1番クールでイケてるって感じだし。そう言う意味じゃ無敗のチャンプであるおっさんを倒して新チャンプになった俺は、今この国のスターって訳ですし。
まあ、でも、この国の魔族が気安いのはいつも通りか……。
散々敵として戦ってきた魔族ではあるが……勇者連中も仲良くしてくれれば俺としては嬉しいんだが……。




