11-4 遠距離超火力砲撃の卑怯さ
パチッと目を開けば港町の茂みの中。
ああ……咄嗟だったから【全は一、一は全】咬ませずに【転移魔法】使っちまった……。
まあ、おっさんと戦ってゴリゴリに強くなった俺の魔力なら、通常モードの【転移魔法】でもそこまで騒ぐ程の疲労はしないけど。
【転移魔法】1発でお寝んねしてた頃が懐かしいね。あの頃の俺は、何もできない子猫だった…………あ、今も子猫だったわ。
心地よい潮気混じりの風を受けながら、茂みから這い出て港――――と言うか、海の方へ目を向ける。
目測、ここから約150m。
沖に見える大きな船。
ピーナッツの率いる船団。まあ、率いている本人は、もう居ないらしいが……。
ここからなら、ギリギリ魔法を発動できるかな?
この先勇者連中の説得もしなきゃいけないし、さっさと片付けていくか。
はい、【全は一、一は全】。
体の中でカチンッと力を循環させる歯車が噛み合い、全身に火が付いたように熱くなる。
それと同時に
―――― 収集箱の奥で、獣が目を覚ます。
それを感じた子猫の体が、無意識にビクンッと跳ねる。
落ち着け俺……大丈夫だ、獣の野郎が目を開けただけで、奴を縛る鎖が緩んだ訳じゃない。
……クソ。
おっさんを倒すのと引き換えに、要らん爆弾を抱え込んでしまった……。
俺の戦闘意識に反応して獣は目を覚ます。
今のところ鎖が緩む条件は【我が力は生贄の上に(サクリファイス・アブソプション)】で過剰強化した時だけだが……他にも何かある可能性は否定できない。
戦いの中でヒートアップし過ぎて食われないように気を付けないとな……?
おっさんとの戦いでは暴走状態から戻って来れたけど、あの時はおっさんが俺を1度殺してくれたからだ。
しかし、今の弱体化したおっさんでは返り討ちにしてしまう可能性が高いし、なにより今は【ダブルハート】の再使用が終わってないから、気軽に“1度死ぬ”って事ができねえしな……。
獣に食われて暴走するのは、絶対禁止だ。少なくとも、獣を止める手段が見つかるまでは。
ま、変な事しない限りは大丈夫だと信じよう。
獣の事は怖いが、怖がり過ぎて戦えないんじゃ意味がない。
よし、おーけー。気持ち落ち着いた。
じゃあ、ちゃかちゃかシバいていきますかね、っと。
ついでだから、新しく手に入った特性【神の信徒】の効果も確かめてみるか?
ええっと、適当な武器2、3個出して思考を分裂。
【星の加護を持つ者】の効果【アクティブセンサー】起動。
船団を範囲指定。船内の生命体の特性を確認――――よし、人間は居ないな。
はい、じゃあ1発目の【審判の雷】。
空がチカッと光るや否や――――光の柱の如き巨大な雷が、船を一隻丸呑みにする。
【アクティブセンサー】で取得している情報から、【審判の雷】を食らった船の魔族の情報が一瞬で消える。
町の人間達が「何事だ!?」と騒ぎ出し、一斉に近くで見ようと港に向かって走り出す。
俺の近くから人が消えてくれたのは有難い。
えー……じゃあ、次は旭日の剣を出して装備状態にする。
説明によると【神の信徒】は、神器装備時に天術の威力がアップするらしいが……どうだろう? ぶっちゃけ1撃で倒しちまう相手に使っても変化が分からん気がする……。数字でダメ表示してくるなら別だけどね?
まあ、とりあえず撃ってみるべ。
2発目の【審判の雷】――――。
1発目より格段に範囲が広い!? そして、それ以上に――――速い!?
1発目同様に1隻だけを狙ったつもりだったのに、残りの7隻をまとめて飲み込んでしまった。
出が早……。
予兆の空がチカッと光るエフェクトすらなく、音より速く雷が落ちた。……いや、まあ、雷なんだから音より速いのは当たり前っちゃ当たり前なんだが……。
“気付いた時には雷がぶち当たっている”って感じ。
え? ちょっと待って? 無茶苦茶強化されてない? 威力ってか、効果が3倍以上になってない? 射程、範囲、威力、どこをとっても強化され過ぎて怖いんだけど?
流石レアリティAの特性……効果凄い……。
『【魔族 Lv.999】
カテゴリー:特性
レアリティ:E
能力補正:魔力
効果:魔法使用可
暗黒/深淵属性強化』
『特性:【魔族】のレベルが、特性:【魔王】の“能力値限界突破”の効果の上限に達しました』
っとと、船の魔族全転がししたお陰で、遂に【魔族】の特性がカンストしてしまった……。
1匹につき1レベル上がったと考えると、魔族1000人近く転がしてるのか……俺もいよいよ大量殺人鬼だな。
まあ、今更気にしないけど。
『特性:【魔族】のオーバーカンスト特典として特性に補正が入りました』
『【魔族+ Lv.999】
カテゴリー:特性
レアリティ:E
能力補正:魔力(中)
効果:魔法使用可
暗黒/深淵属性強化
武器装備時に武器性能補正(小)
魔法使用時の威力補正(小)』
お、地味に強くなった。
魔力の補正値が高くなったのも、魔法の威力補正も有りがたいけど、やっぱり俺にとって1番嬉しいのは武器性能補正かな?
おっさんとの戦いのお陰で子猫の体1つで戦えるようにはなったが、やはり俺と言えば武器の乱れ打ちのパワープレイだからな。
「ミャ」
よし。
これで8隻の船の中は空っぽだ。
後は……まあ、適当にこの国の方々が良い感じに処理してくれる……と、信じよう、うん。
いや、違うよ? 決して船の中に目ぼしいアイテムが無いから、自分で船を処理しに行くのが面倒臭いとか、そう言う事じゃないからね? 今は時間がないから急いでるだけだから、うん。いつ魔王同盟が襲ってくるか分かんないからね? うん、だから、アレよ、黙って丸投げしても許されるのよ、ええ、きっと、うん、信じれば、ええ。
誰にしているのか分からない言い訳をしつつ【転移魔法】を唱える俺。
* * *
気分の悪くなる転移エフェクトが終われば、そこは見なれたクルガの町。
おっさんの国に行く時は、船で約1か月。帰りは転移で一瞬……。
転移は便利だけど、使う度に歩いて移動するのがバカバカしくなるのが難点やなぁ……。
【全は一、一は全】を解除。
風船から空気が抜けるように、全身から力が逃げていく感覚。
目を覚ましてからずっと俺を観察していた“獣”が、興味を無くして再び眠りにつく。同時に、体の奥底から湧き上がっていた破壊衝動が嘘のように消え去る。
「ミィ……」
ふぅ……。
さてっと、なんか当然のようにクルガの町まで来ちゃったけど……アザリア達ってどこに居るんやろ? この町に居るのか?
勇者一行に関する俺の記憶が1か月前だからなぁ……。
しかも別れたのエルギス帝国だったし。
まあ、誰かに訊けば分かるか? 一応アザリア達はここを拠点にしてるっぽいし。
えーと、とりあえず話聞くなら猫単体じゃまずいか……。
町の中に入る前に【仮想体】を出してオリハルコンの鎧を着せて、旭日の剣を持たせる。で、俺はその肩に乗って、っと。
硬い金色の肩に揺られて門を潜る。
あー……なんか懐かしい。
出張から地元に帰って来た時の感覚に似ている……ちゅーか、そのまんまかも。
「剣の勇者様!」「おお、お戻りになられた!?」
俺を――――【仮想体】を見た人達が微妙にざわついている。
ざわついてるついでにアザリア達の居場所とか教えてくれないかしら?
…………いや、ってか、近頃おっさんと普通に話してたから忘れてたが、どうやって人間と話せば良いのよ……?
アザリア云々言う前にバルトを捜さなきゃ話にならんなこれ……。
シルフさんって選択肢も有るには有るが、あの人は猫の言葉が分かる訳じゃなくて、【妖精の耳】で俺の心を読んでるだけだからな……? 俺が聞かれたくないと思ってる部分は聞こえないらしいが、それでも心を読まれるのはあんまり気分が良くないし。
っつー訳で、とりあえずバルトを捜すべ。と思って歩き出そうとすると、
「あ」「あ」
俺の方に声が向いていたので「なんだ?」と振り向くと、曲がり角から現れたプラチナブロンドの髪の、全く同じ顔をした双子の少女が俺を見ていた。
「剣の勇者だわ、ノワール」
「剣の勇者ね、ブラン」
誰だっけ……とボケをかましたい衝動を我慢する。
1ヵ月ぶりの、双剣の勇者の双子だった。




