11-2 ナーフ……
『【速度強化術式】を作成しました。
【筋力強化術式】を作成しました』
おっさんの家に辿り着くのとほぼ同時のタイミングで、支援魔法完成。
おーっし、良い仕事した。
無駄に仕事終わりの満足感が湧いて来て、今日はこのまま帰って寝ても良いんじゃないかと思えてるくらいだ。
…………いや、帰んないよ? 帰んないけど、それくらい満足してるって話ね?
にしても、何度来てもデケェ家だなぁオイ! 流石3mのおっさんの規格で作られた家だわ。
まあ、「おっさんの家」つっても、魔王辞めたから近いうちに出て行くって言ってたな……律儀なこっちゃ。
どうせこのサイズの家なんて、おっさんか巨人族でもなけりゃ住めないんだし、気にせず使っとけば良いのに、と俺は思うんだが、妙に潔癖なおっさんがその辺りを納得する訳もねえか……。
なんて事を考えていると、家の扉が開く。
「来たか」
家主だった。
おっさん……なんて俺は気軽に呼んでいるが、その正体は魔王。しかも戦闘力第4位のガチ中のガチな魔王だ。
まあ、その肩書は全部昨日までの話で、魔王を辞めて“野良”になったおっさんは、現在ただの魔族扱いである。
とは言え、魔王を辞めたとて変わるのは肩書くらいで、燃えるような深紅の肌も、鍛え抜かれた筋肉の鎧も、3mの巨体も変わる訳な――――い……?
「どうした? なぜ黙っている?」
見て分かる事を一々口にするのは、自分でも若干バカバカしいと思うのだが……これはもう、訊かない方が嘘だろう。なので訊きます。
「(あのさぁ、おっさん……)」
「挨拶も無しになんだ?」
「(親しき中にも礼儀ありって言葉もあるし、訊いていい物かと迷うんだが……)」
「ハッキリ言わんのはお前らしくもない。どうした?」
「(うん、そうか、じゃあ訊くけどさ)」
「うむ」
「(体、縮んでない?)」
「うむ」
いや、「うむ」じゃなくて。
3mあった赤鬼の巨体が、2mくらいまで縮んでいる。
まあ、これでも大きいっちゃ大きいが、今のサイズは“人間規格の中に居れば”ってレベルだ。
なんか……むっちゃ威圧感が減った気がする。って言うか、実際に怖さが大分薄れてる。
で、なんで……縮んでんのこの人……いや、この鬼? 聞くまでもないか、間違いなく魔王を辞めたからだ。
でも、魔王を辞めるっておっさんが言っただけだぞ? 何かしらの儀式やら何かして【魔王】の特性を外した訳じゃない。
だってのに、こんな露骨に変化があったって事は、システム的に何かしらのフラグが立ったって事だ。
「今朝起きたら体が小さくなっていた。それに、どうにも体に力が入らなくてな……」
「(滅多クソにバランス調整の弱体化されとるやんけ)」
おい、待て、冗談だろ!?
魔王3人相手にするのに、正直おっさんも戦力として数えてたのに、大幅弱体化とか冗談じゃねえぞ!?
「仲間になったら弱体化する」なんてゲームあるあるをガチでやられても!?
「(魔王の力、全部失ったとかじゃないよね……?)」
「今朝方試した。体の動きが大分悪くなっていたが、魔導拳も魔眼も魔王スキルも全て問題なく使える」
魔王スキルが使えるって事は、やっぱり【魔王】の特性が外された訳じゃない……のか? 一応確かめてみるか?
収集箱から深淵のマントを引っ張り出す。
「(コレちょっと装備してみ)」
「うむ」
当たり前のように深淵のマントを受け取り、背に着けて見せる。
深淵のマントは【魔王】の特性持ちだけにしか装備出来ない――――っつう事は、おっさんの【魔王】の特性が付いたままなのは確定。
…………なんか妙じゃないか?
おっさんの「魔王辞める」が、この世界のシステムに干渉する言葉だったとすれば、おっさんの【魔王】の特性が剥奪されている方が自然だ。
それなのに、実際にはただの弱体化……?
「(……一応、魔王ではあるみたいね)」
「うむ。らしいな」
返された深淵のマントを受け取って収集箱に戻す。
「(とりあえず中入ろうぜ……。お互い見られるとまずいし)」
「うむ」
案内されて家の中に入る。
家主としておっさんが先に立って歩くが、昨日までと比べて背中が小さい(当たり前だけど)。
相変わらず筋肉ムキムキだから威圧感は有るっちゃ有るが……この先の展開を考えると流石に不安になる。
……それに……なんだろう? おっさんから妙な気配を感じる。あやふやで“何”とは断定できないけど……ちょっとこれも気になる。
「どうした?」
「(いや、別に)」
まあ、良いか。気にしたところで気配の正体が分かる感じもしないし。
* * *
おっさんの私室で一息つき、茶を一杯……と行きたいが、それを用意してくれる奴が居ないとの事なので諦めた。
で、本題。
「我がこの様だが、魔王同盟の対応について話したい」
「(うん、文句ねえよ)」
おっさんが弱体化したって言っても、相手が止まってくれる訳もない。と言うか、むしろ喜んでぶん殴って来る事請け合いだ。
おっさんが魔王を辞めた理由は「魔王同盟の動きを遅延させる為」だってのに、そのせいでおっさんが弱体化して、相手が動きやすくなったら本末転倒だ。
「(先に俺の考えを言うわ。俺としては、敵が動き出す前におっさんと2人でカチコミかけて、ピーナッツを含めた魔王3人を速攻で始末しようと思ってた)」
「それは我も考えた。だが、頭を捥いだところで10万を超える軍勢が止まらんのでは意味がない」
「(……止まってくれんかねぇ?)」
「止まらんだろう。それどころか、暴徒化して襲ってくる。統制の取れない殺戮者共より、まだ魔王の指揮下にある兵士の方が対応しやすかろう」
確かに……。
まあ、言うても魔王を倒したら手下が逃げ出すって可能性も無い訳じゃないだろうが……魔族の性質を考えれば、怒り狂って向かってくる可能性の方が断然高いだろう。
相手が10人やそこらだったら逃げ出す可能性の方が高いんだろうが、“群衆”になると途端に判断力が鈍り気が強くなるのはアッチの世界でもコッチの世界でも変わらんだろうしねぇ……。
「(じゃあ、迎え撃つか?)」
おっさんが渋い顔をして黙る。
そら、そーだろう。どう考えたって、そっちの方が絶望的な結末が待っている。
結局のところ、俺達にとって厄介なのは3人の魔王なんぞではなく、何十万人の魔族の兵隊の方なのだ。
1か所に固まっててくれるってんなら、ワンチャン俺のフルパワーの殲滅力に物を言わせて削り殺すって事も出来るかもしれないが……相手は3方から攻めてくる。
一か所潰そうとすれば、他の2国が動き出してこの国を落としにかかる――――なんて展開は、流石に脳みそ凡人の俺にだって想像はつく。
おっさんが万全であったのなら、もう少し何かやりようはあったかもしれないけど……。
「(この国で当てになりそうな戦力ってどのくらい?)」
「頑張っても5000か6000」
文字通りの桁違いの戦力差で涙も出やしない……。
大至急、魔族共に対抗できる戦力が欲しい。
一騎当千の猛者――――なんて贅沢は言わないから、せめて一騎当百くらい働ける戦力。できるなら魔王1人抑え込める奴が居れば………………魔王を……抑え込む……?
いや、居るやん!! こう言う時に頼りにするべき奴等がよぉ!!
「(おっさん!)」
「なんだ、大声だして」
困ってる人を助けるのがお仕事みたいな人達が居るやんけ!
なんで今の今まで思いつかなかったんだ!?
「(頼ろう!)」
「なんにだ?」
「(勇者に!)」
「勇者はお前だろう」
「(違くて! 他の勇者をこの国に助っ人として呼ぼう!)」
困った時こそ正義の味方に頼らないとね。




