1-32 猫と勇者は踊る
「貴様っ、人間ではないなッ!!?」
ええ、そうですよ? だって猫ですし。
屋根の上でのんびりしながら、魔族の叫びに心の中で返答したが、相手に聞こえる訳もない。
っつか、一瞬魔族に猫である事を気付かれたのかと思ってビクッとしてしまった。だが、バレた訳ではないらしい。
魔族達は、相変わらず中身空っぽの黄金の鎧と遊んでるし。
【仮想体】は、剣を持った方の手で着々とユーリさんを助けにかかって、もう片方の手でバンバン【バーニングエクシード】とか言う火の球を出す魔法を魔族に叩き込んでいる。つっても、そう動かしてるのも魔法を撃ってるのも俺だけど。
魔法の使い方は正直知らない。
だが、アイテムを取り出すように、収集箱のリストから魔法を選ぶと勝手に発動するらしい。
威力の制御とかは良く分からないので、とりあえず町の住人に被害が出ないように適当にやっている……が、そんな適当な命令でも、収集箱がちゃんと取り出す時に処理してくれるらしく、今のところ俺の放った魔法での人間の被害は0だ。
魔法を発動する際に、アクティブスキルを使った時のような体がスッと重くなる感じがある。ただ、スキルのように持続的な物ではなく、一瞬クラっとする感じ?
ともかく、魔法を使うのもただでは無く、ちゃんと体力だか精神力だか、そんな感じの物を支払っているらしい。でも体感的には気にする程の支払いはしてないな? もしかして特性で【魔族】を装備してるお陰か?
っつか、現在進行形で魔族をぶっ殺すごとにレベル上がってるんだよね……。
『【魔族 Lv.9】
カテゴリー:特性
レアリティ:E
能力補正:魔力
効果:魔法使用可
暗黒/深淵属性強化』
レベル上がっても表示は変わんないな?
能力補正とか、属性強化とか、その辺りの見えない部分の効果がアップしてるとか?
呑気にそんな事を考えている間に、【仮想体】がユーリさんを拘束から解放していた。
……助け出せたのは良いんだが、こっからどーするかね? 敵に囲まれてる現状は変わんないし、下手に逃げを選ぶと住民が的にされる。
やっぱり、魔族をここで全殺しするのが1番かね―――!!
それを“やれる”か“やれないか”は知らない。
ただ、“やりたい”からやるだけだ!
魔族連中には悪いが、俺の静かな人生……いや猫生の為に、ここで全員朽ちろ!!
正直に言ってしまえば、俺の中にある魔族への恐怖心は消えていない。だって、あんな異形な人型普通に怖いし。しかも魔法使えてクソ強いとかビビるに決まってんじゃん?
だけど―――それがなんだ!
ビビってる暇があるのなら、相手を殺す為の一手を積み上げろ!!
【仮想体】を動かす。
まともに動けないユーリさんを脇に抱えて持ち上げ、その隙を狙って突っ込んで来た魔族2人を旭日の剣で両断する。
しかし―――体が両断されてなお魔族の体が動き、黄金の鎧にしがみ付く。
「ゆ……う……じゃ…ぁッ…!」
ゾンビかお前等…!?
上半身だけがゾンビのように絡み、【仮想体】の動きを制限し、遅らせる。
すかさず、大剣を持った魔族が襲いかかる。
「上出来だ!」
最高のタイミング、高速の踏み込み、全力の振り。
恐らく、あの大剣を食らったら、普通の人間なら丸太のように縦に真っ二つだろう。とは言え、それを食らったところで、俺も【仮想体】も1mmもダメージを受けない。まあ、流石にオリハルコンの鎧が傷付くかもしれないがそれだけだ。
しかし―――今【仮想体】が小脇に抱えているユーリさんは違う。大剣を直接食らわなくても、【仮想体】が受けた時の衝撃だけでも無事で済むかどうかわからない。
だが、鎧には魔族の上半身がへばり付き、邪魔ですぐには動けない。
だから、横から手を出す。
――― 石の投射
狙うのは、生物の絶対急所である目。
収集箱から飛び出した石が、銃弾のような速度で大剣を振り被る魔族に向かう。
目の前の【仮想体】に意識を集中しているせいで、飛来する石にはまったく気付いていない。
狙いが外れ、眼球を狙った石は上に逸れて振り下ろしにかかっていた大剣を持つ手に当たる。
しくった!?
「グッ―――!?」
が、手に走った衝撃が腕から力を抜き、剣の軌道が横に大きく逸れた。
大剣は、【仮想体】の右横を通り過ぎて大地に突き刺さる。
結果オーライ!
おっと、石の軌道を追って俺が発見されるかもしれん。【隠形】で身を隠しつつ、別の屋根に移動しておくか。
同時進行で【仮想体】で反撃。
張り付いていた上半身だけの死体を引き剥がし、目の前に居る大剣を手放して距離を取ろうとしている魔族に押しつける。
「む!」
相手が押し付けられた死体を避けるか、受けるか判断に一瞬迷う。
その一瞬は致命的。
死体ごと魔族の体を旭日の剣が貫く―――。
「ガぁっ!?」
串刺しの死体2つを蹴りで剣から抜き、その後ろから踏み込んで来ていた魔族の体に当てる。
死体の直撃を食らって「チッ」と舌打ちする魔族を、容赦なく踏み込んで上段から真っ二つにする。
………敵が紙みたいにスパスパ切れると、なんかそう言うゲームでもやってる気分になってくるな……。俺が遠くから見下ろしながら体を操作してるから、尚の事この殺し合いに現実味がない。
まあ、殺す事に現実味がないのは今は有り難い。それを実感すると、嫌でも色々考えてしまう。
と―――仲間がやられ、近接戦が不利だと理解したらしい魔族の方々は、離れた場所から処刑台の上に居る【仮想体】に向かって魔法を構える。
あら、やばいわ。
範囲魔法でもない限り、【仮想体】の機動力なら避けられる。ただ、避けた場合は流れ弾が住民に当たる可能性があるんだよなぁ。
しゃーない、受けるか! どうせダメージは無いんだし。
「【ライトニングボルト】!!」
魔法が放たれるとほぼ同時に、【仮想体】が小脇に抱えていたユーリさんを近くに居た住民に優しく投げる。扱いが乱暴なのは認めるが、仕方無い。流石にユーリさん抱えたまま魔法の直撃食らう訳にはいかんし。
コッチの意図が伝わったかどうかは分からないが、投げられたユーリさんを大柄な男と横に居た女性が転びそうになりながら抱きとめる。
と、同時に、バチバチと空間に稲光を滴らせながら、魔族の手から真っ直ぐに雷が【仮想体】に伸びる。
ドンッと空間を震わせる衝撃。
「勇者様!!」「ぁああっ!」「そ、そんな…」
町の人々から悲鳴があがる。
いや、別に心配せんでも大丈夫ですよ?
『【ライトニングボルト】
カテゴリー:魔法
属性:雷
威力:D
範囲:E』
おっ、やっぱり魔法は食らうと収集出来るみたい。
ダメージも受けずに魔法だけ貰っちゃって申し訳ありませんね、本当。
雷の魔法の直撃を受けた【仮想体】は、その場にで膝を突く。
いえ、別に痛い訳じゃないですよ? あれよ? まあ、一方的に魔法だけ貰うのも悪いし、一応ダメージ食らったっぽい素振りだけでもしとかないとね? うん。
「ふっはっは! 如何に魔法や天術に高い耐性を持つオリハルコンの鎧であろうとも、金属である以上は雷の属性だけは防げまい!」
あ、良かった。とっても喜んでくれてるみたい。
魔族の中で偉い人? が高笑いしている。あれ? アイツって、俺が屋敷脱出する時に姿見られた奴じゃね? まあ、気付いてないからいいや。
「それに……ああ、そうだよなぁ? お前は勇者だもんなぁ? 力無き人間共をちゃんと守らないといけないんだよなああ!?」
叫びながら、手の平から魔法を放つ。
「【ナパーム】!」
黄金の鎧の腹部辺りで大きな爆発―――踏ん張りが利かず、処刑台から吹っ飛ぶ。
「はハッハハはハッ!!! 全員、勇者に魔法を放て! 奴は避けん!!」
え? 別に普通に避けますよ?
出来る限り守るつもりでは居るけども、俺にだって出来る事と出来ない事はある。それに、今の俺の最優先はあくまでユーリさんの救出であって、住民を守る事はその次だ。
まあ、でも、敵さんが魔法で攻撃してくれるってんなら避けないけどね。
『【ナパーム】
カテゴリー:魔法
属性:爆裂
威力:D
範囲:D』
よし、収集出来た。
避けないどころか、むしろ自分から当たりに行きますけどね。
相手が勝手に魔法を提供してくれるなんて、俺にとっては願ったり叶ったりの美味し過ぎる状況じゃないか!!




