10-31 獣
お待たせしました。
ちょこちょこと再開していきます。
収集箱。
俺の持って生まれた才能である【収集家】によって集められた、アイテムや能力を保管しておく事の出来る不思議な箱。
まあ、これが自分の中に有るのか、外に有るのかは分からない。ゲームで言うところのアイテムボックスとかインベントリと呼ばれる物のような、“便利な四次元●ケット”だと勝手に解釈している。
箱と呼ばれているだけあって、収集箱には底が存在する。
例えば、リストの1番下のスペース。
例えば、カテゴリーページの最後のページ。
俺は、当然そこが底だと思っていた。
『《マスタースキル【 】の枷を1つ外す》が選択されました』
そのログが瞼の裏で流れた途端、収集箱の底だと思っていた場所が“開き”、其処から先がまだ存在している事に初めて気が付いた。
とは言っても、リストが増えた訳でも、ページが追加された訳でもない。
ただ、開いた箱の底には
―――― 獣が住んでいた
いや……本当にそいつが獣かどうかは分からない。
だって、そいつには形が無いし、声も無いし、意思すら無い。なんとなく獣っぽい気がする、って俺が感じただけだ。
そしてマスタースキルの“枷”ってのは、能力の制限的な事ではなく――――どうやら、この獣を収集箱の底の底に繋ぎ留めておく為の鎖だったらしい事を理解する。
獣が、俺の意識を底に引っぱり、代わりに肉体へと浮上していこうとする。
―――― ヤバい!?
と思った時にはもう手遅れで、獣を戒めていた鎖が俺を底に縛り付け、意識が肉体から引き剥がされる。
獣が肉体の主導権を握る。
コイツに意思は無い。
コイツに有るのは――――……。
ああ、そうかよ……!! そう言う事かよ!! 今まで俺が感じて来た、意識を引っ張る破壊衝動。出所は【魔王】の特性からだと思っていたが、見当外れも良いところだった。
俺を破壊衝動で飲み込もうとしてたのは、この“獣”だ!!!
獣の咆哮――――。
コイツに意思は無い。それなのに、何故かその“声”がそう言っているように聞こえた。
『力の使い方を理解しない愚図がッ!!』
* * *
(気配が、変わった……)
動きを止めた子猫――――剣の勇者を前に、ギガースもまた動きを止めていた。
片半身潰したとは言え、攻撃を直撃させた訳ではない。相手がギガースの攻撃を避け損なっただけだ。
とは言え、大抵の相手なら本気の拳打が掠れば致命打になる。
子猫の脆弱な体であれば、それだけで粉々の肉片になっていた――――筈なのだが、事実として猫の体は今も健在。
(アレが普通の猫ではないと散々味わっておきながら、あの見た目に騙されて、まだ心のどこかで侮っていたな……)
反省と共に警戒心を強める。
戦い方を、“慎重”に切り替え故の動きの停止だった。
そしてギガースは、自身の選択が間違いでなかった事を確信していた。
回復薬を使って傷を回復し、目を閉じた目の前の猫。その気配の異様な変化。
変わった……と言うより、もはや別物――――いや、別人。
変わったののは気配だけではない。
開かれたその猫の両眼は
―――― 金色へと変じていた
その目の奥には何も見えない。
先程までは、確かに戦いに対する高揚や困惑がチラチラと見え隠れしていた。しかし、今は黄金の目には感情が何も無いように見える。
それは、まるで人形。
作り物の猫の置物だと言われれば、信じてしまいそうだった。
無感情。自身の内から何も吐き出さない。
無関心。目に映る全てに興味が無い。
無反応。ギガースの動きを警戒する様子もなく、ただじっとしている。
その変化に警戒をより一層強めた……その瞬間、視界がブラックアウトした。
「む……?」
驚かないし焦らない。
何も見えないが【決闘場】の内側に居る限り、五感全てが使えなくなったとしても問題ない。
それに、視界を暗闇に染められるのは先程味わったばかりだ。
【盲目】の魔法。
だが、魔法を放ったのは前に居る猫からではなく、背後から。
見えはしないが、いつの間にか背後――――天空闘技場の縁ギリギリの辺りに、それなりの大きさの“何か”が置かれていて、そこから魔法が放たれたようだ。
そんな情報を頭の中で整理している内に、【盲目】の効果が切れて視界が戻――――る直前に再び【盲目】がかけられる。
(視界封じ……いや、魔眼を使わせない為か)
魔眼の効果を警戒するのは正しいが、この対処法は正直悪いと言わざるを得ない。
【盲目】や【麻痺】の状態異常系の魔法は、連続して相手にかけると一時的に肉体が耐性を持ってしまって、かける毎にかかり辛くなる上に効果が薄くなる。
元々【決闘場】の効果で状態異常は直ぐ解除してしまうと言うのに、こんなに連続してかけては、次辺りで無効に出来てしまう。
(そうなったら、その後はどう対処つもりなのだ?)
そんな心配が頭の片隅を過った辺りで、再び【盲目】が解除される。そして、凝りもせずにもう1度【盲目】の魔法が飛んで来て――――
「もう効か――――」
視界が暗闇に閉ざされる。
「…………何?」
肉体の状態異常耐性は上がっている。にも拘らず、【盲目】の効果が当たり前のように発揮された。
そして、ようやく気付く。先程から魔法を放っていた物の正体に。
「ヴァングリッツの船に有った魔法の増幅器か!?」
見えはしないが、間違いない。
どうやって手に入れたのか、どうやって運び込んだのか。
そんな事はどうでも良かった。
猫は武具を自在に操る異能を持っている。であれば、その“トンデモ能力”でどこからともなく出したのだろう。
(増幅器で威力を底上げし、コチラの状態異常耐性を貫通させてる訳か……! なんとおもし――――)
目の前に猫が居る。
より正確には、鼻先10cmの所に猫が居た。
一瞬だった。
意識が一瞬増幅器に向いたその瞬間に、空間転移と見間違う程の速度で猫がギガースに飛び掛かっていた。
(速いッ――――!!?)
左手で打ち払おうとするよりも早く、子猫の小さな、丸っこい、フワフワの右前脚が、ギガースの左頬を殴り飛ばした。
「――――ガッ!?」
圧倒的な防御力を誇るギガースが、威力を殺し切れずに2歩後退る。
口の端が切れ、血が数滴滴り落ちて地面を赤く染める。
「やる……!」
すかさず右拳を放つが、猫らしい俊敏さでスルリと逃げられる。
5m程の距離を空けて再び睨み合う。
(ああ言うのを、“虚を衝かれる”と言うのだろうな……)
油断していたつもりはない。
警戒はしていた。注意もしていた。だが、それを相手が上回って来たと言うだけの話だ。
驚異的なスピードとパワーだった。
間違いなく下位の魔王なら今の1撃で沈んでいた。それどころか、あのスピードでは殴られた事にすら気付かないかもしれない。
今までこれ程の力は持っていなかった。
であれば、猫の中で何かが変わったのだろう。
無感情な黄金の目の子猫――――。
かつて“それ”を尋ねた時、この猫は否定した。
だが、もしかしたら今のこの状態がそうなのではないかとギガースは思った。
師であるアビスが言っていた「魔族を滅ぼしに現れる猫」の話。
意思と呼べる物は一切感じず、無感情に、無関心に、目の前に居る敵を淡々と殺し、壊す化け物。
「やはり貴様か――――化け猫め!」




