10-30 解き放たれる
追撃が来ない……?
「ふむ」
おっさんの方を見ると、自分の顔の前で右手をヒラヒラと振っていた。
何して……いや、さっきの【盲目】で奪われた視界が戻ったのを確認してるのか……。
……ちょっと待てよ! いくら何でも解除が早すぎねえか? 5秒くらいは持ってくれると思ったんだけどな?
もしかしなくても、【決闘場】のせいで状態異常の効果時間が短くなってるのか?
本当に勘弁して欲しいわ。
いや、愚痴るのは後だ! とにかく、俺が戦える状態に戻さないと話にならん! 今攻撃されたら逃げようがない。
くっそ、いつもなら治癒天術で自動回復してくれんのに……。
収集箱から即効性の回復薬を取り出し、軽く飲んでから残りは動かない右半身に振りかける。
いっつつ……。自己治癒力を爆発的に上げて無理矢理回復させるから、即効性の回復薬は使い過ぎると体に悪い……って、生きるか死ぬかの時に言ってられねえよな? だって使わなきゃ死ぬし。
右半身は……よし動く。けど、拳が当たった右後ろ脚の動きが悪い……。動くは動くけど、敏捷性は4割減だな? まあ、あの酷い有様から動けるように回復してくれただけでもラッキーだ。
にしても――――【全は一、一は全】を手に入れてから、初めてここまでのダメージを受けたな……。
籠手を全部外に出して攻撃に回したのが悪かった。籠手を攻撃に使うって事は、それだけ俺自身に付与される防御力が下がるって事だからな?
おっさんの火力を舐めてた訳じゃねえが……ここまでの馬鹿火力とは……。
冷や汗と共に足が震えそうになるのを必死に我慢する。
コッチは【星の加護を持つ者】の特性にくっついてる“全耐性”の効果で全ダメージ2分の1にしてるってのに……それで尚このダメージ……。
こりゃあ、ヤバいわ……ガチでマジの化け物だわこの鬼……。
元々絶望的な能力差だってのに、脚一本まともに動かなくなって最低限対抗出来ていた敏捷性が4割減。
ダメだ。正攻法じゃどうやっても勝てねえ。
俺の残る手は……?
おっさんを上回れる方法は……?
考える。考える。考える。考える。考える。
そして――――無意識に、何かに導かれるようにログを遡り、それに辿り着く。
『条件≪210種類のアイテムをコレクトする≫を満たした為、以下のうちから1つボーナスを選ぶ事ができます。
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す』
正直、これに頼るのは嫌だ。
でも――――これしかない。もう後は、ベリアルをぶっ転がした時に貰った「世界の理を破る権利」を行使できる“切り札”を使うしかなくなる。だが、アレは本当に最後の最後の、死ぬ間際ギリギリになってようやく使うような物だ。
だったら、もうこれしかねえじゃん?
一か八かの賭けなんていつもの事だ。
覚悟を決めて、選択する。
『《マスタースキル【 】の枷を1つ外す》が選択されました』
力が――――溢れ出した――――。
* * *
アルバス境国より遠く離れたエルギス帝国。
その南に位置する、通称“迷いの森”ことクウェル森林。
森に住まう精霊たちによって霧の結界が張られ、森に立ち入る者を慈悲深く、容赦なく追い返す。
この森の奥には、強大な気配を放つ子猫が封印されているのだが――――それを知る者は数少ない。
そしてもう1つ。
この、人を寄せ付けぬ森が、神の使徒たる2匹の獣の隠れ家である事を知る者は、もっと少ない。
霧に包まれた木々の中、白い闇に紛れて2匹は居た。
光の通らないこの森の中で、比較的枝葉が生えて居る木。その木の中で1番太い枝の上で、3本足のカラスは目を閉じていた。
睡眠…………と呼ぶには浅い眠り。
元々、鳥の体のせいで深く眠る事は出来ないが、今の眠りはそれに輪をかけて浅い。
「……そろそろ、か」
1人……いや、1羽呟きながら目を開ける。
彼は、待っていたのだから。この時が来るのをずっと。
「ん? おっさん起きたんじゃん?」
3本足のカラス――――八咫烏の独り言に、その木の根元で蜷局を巻いていた白い鱗の蛇が反応した。
人語を話す烏と蛇。
この2匹が、神の使徒たる獣達。
「元々寝てた訳じゃない。ちょっと休んでただけだ」
「…………それを世間的には寝てるって言うじゃん?」
「いや、休んでいただけだ」
「寝てる」と言うと部下に示しが付かないので、実際に寝ていたとしても断固として寝ていた事を認めないと言うのは、人間であった頃からの癖のような物である。
「良いけどさ……。それで? 何がそろそろって?」
「例の猫の話。スケジュール通りに進行しているのなら、そろそろ奴のマスタースキルの枷が外れる頃だ」
「ああ……そう言う事じゃん?」
納得したように、白い蛇はニョロっと動いて器用に木に登り始める。
そんな姿を見ようともせず、八咫烏は独り言のように呟く。
「ようやくスタートラインか……長かったのか短かったのか……いい加減時間間隔も薄れてきた……」
「それって、ただの老いじゃん……」
白蛇の返しに気を悪くしたのを誤魔化す為か、羽を嘴で器用に整え始めた。
そんな姿を面白そうに眺めつつ木を登り続けた白蛇が、八咫烏の止まっていた枝に到着する。
「そんな怖い顔しなさんなって? ただでさえ人相悪い鳥なのにより一層ガラが悪そうに見えるじゃん?」
「……お前に鳥の表情なんぞ分かるのか。人相が悪いと言うなら蛇のお前は絶望的だろうに」
「何言ってんの? 蛇の顔はちょー格好いいじゃん!!」
言い返され、「美醜の感覚は人それぞれだな……」と心の中で溜息を吐いて、返そうと思っていた言葉をすべて腹の中に戻すことにした。
「それより――――お前、封印の監視は良いのか?」
「サボりのおっさんと同じにしないで欲しいじゃん? ちゃんとここからでも見張ってるよ」
「なら良いが……」
「そんな事より、あの猫の話じゃん。マスタースキルの枷が外れたら、少しは強くなるんじゃん?」
「なるよ。まあ、流石に最古の血の魔王達に届くほどではないが」
「……その程度強くなって意味ある?」
「ある。これで――――準備が整うからな」
ようやく、始まる。
自分たちの使命を果たす時が近付いている事に白蛇が笑う。しかし、そことは別の事で更に笑いが込み上げてきた。
「なんだ、そんなに大笑いして……?」
「いや、だってマスタースキルの枷が外れたって事は、あの猫は今頃苦労してるんだろうなって思ったんじゃん」
「ああ……まあ、そうだろうな」
蛇に言われて、現在の例の猫の姿を想像してしまい、心の中で「ご愁傷様」と手を合わせておく。
「枷が外れて、猫ちゃんは更に大きな力に触れる――――そして、その引き換えに知る事になるじゃん」
「そうだな、今頃思い知ってる頃じゃないか? 異世界に来て、自分を支えてきた屋台骨だったスキル。その正体が――――」
―――― 自分の味方ではない、と。
申し訳ありません。諸事情により、一旦ここで更新止まります。
7月には再開できると思いますので、少々お待ち下さいませ(ペコリ)。




