10-28 全力で放つ
武器は使えない、天術も使えない。
だが、まだ手詰まりじゃない。
勇者だったら――――人間だったら終わってた。けど、俺はまだ魔法が使えるし、スキルを封じられた訳でもない。
……ああ、封じるって言えば、ガジェットの野郎も似たような相手の能力に制限をかけてくるタイプの魔王スキルだったな? まあ、アッチは射程がクソ短くて、その代わりに相手を即死に持っていける、どっちかと言えば攻撃型の能力だったけど。
対しておっさんの【決闘場】は、効果範囲が広い。正確な効果範囲は分からないが、少なくとも天空闘技場は完全に能力に捕らわれている。だが、ガジェットのようにアレもコレもと能力を封じられる訳じゃない。ピンポイントで武器と天術だけを封じに来ている。
ガジェットの【六条結界】とか言う奴は敵を排除する為のスキルで、おっさんの魔王スキルは、あくまで相手を自分の土俵に引っ張り込む為の物って事かな?
まあ、その辺りの考察は終わった後にしよう、今は目の前の敵に集中。
「魔眼、天術、武器……己の手足を捥がれたような状態になっても、まだ笑うか」
「(そう言うセリフは、本当に手足捥いでから言えや。もっとも、猫の俺には手は無いけどな?)」
「なるほど、もっとも――――だ!」
ドンッと土煙が上がったと思ったのと同時に、3mの深紅の巨体が突っ込んでくる。
ギュンッと、背中に推進装置でも付いているのかと錯覚する程の静止状態からの異常な加速力。
俺達の間にあった10m以上の距離を、たった2歩で踏み越えてくる!?
気付いた時には、3mの巨体が俺に向かって右拳を振り被っていた。
足だけじゃなくて動作が速ぇ――――!?
避けろッ!!
普通に飛び退いても間に合わない――――加速しろ――――息を止めて【アクセルブレス】発動――――が、それでも避け切れない!?
心の中で舌打ちしつつ、【タイムアクセラレータ】を使う。
周囲の景色から色が消えてモノクロの世界に切り替わり、世界が停止――――いや、少しずつだがおっさんの拳が近付いてくる!?
ナメクジの歩みの如きスピードだが、ほぼ時間が停止しているレベルまで加速したこの状態でも動いてるって事は…………この拳、音速なんて目じゃねえ速さだって事だぞ!?
冗談じゃねえ、っつーの!!
くそ……ここまで超加速すると体が……空気が重い! 息もできねえし、しんどいんだよ!!
心の中で文句を叫びながら、何とか体を動かして巨大な拳の軌道から逃れる。
よし……。
息を吐いて加速を解除――――と同時に、鬼の拳が地面にめり込んで、大地を豆腐のように軽々と粉砕する。
「ミャ、ぐ……!?」
破砕された岩が弾丸となって周囲に飛び散る。
俺の小さな体にもバシバシ当たりやがるし……鬱陶しい! まあ、収集箱内の全防具の防御力が付与されてるからダメージにならないのは幸い。通常状態で受けたら、この破片1つであの世行きだからな?
「むッ!」
振った拳を一瞬で引き、瞬時に正しい構えを取り直す。
正しい構えから、正しい形で振り抜かれ、正しい力の循環に寄って、最大の力が乗っている拳。
「ふンッ!!」
一方俺は、1撃目を飛び退いた状態。現在空中、逃げ場無し――――な訳ないでしょうが!!
追い打ちが飛んでくる事なんて織り込み済み!
普通の奴なら空中じゃ逃げ場はない。
だが残念、俺にはある!
【空中機動】で空中に足場を作り、即座に蹴って拳のリーチ外まで逃げる。
飛び退いた俺の鼻先を拳風が撫でる。
あっぶ!? ギリギリ過ぎ……!!
イメージだともっとちゃんと余裕を持って避けれている筈なのだが、おっさんの反応と拳が予想の5割増しで速い!
などと考えている間に、おっさんは3度拳を引いて構えを取り直している。
ちょっ、待って!? コッチが避ける動作1つする間に、次の攻撃の準備が終わってるのずるくない!? 1ターンに2回行動するラスボスかよ!?
っつか、ヤバいって! どっかで崩さないと、延々と攻撃し続けられる!!
とは言え、正面から何かしてもおっさんの反応速度では簡単に対応される。
じゃあ、どうするか?
横から攻撃すれば良いじゃん。
「ガッ……!?」
おっさんの横っ面を、金色の籠手が殴り飛ばした。
「何……!?」
ダメージを受けた様子は無い――――が、突然の事に驚いて、おっさんの注意が一瞬俺から離れる。更に、拳を振る動作の途中で殴られた為に体勢が崩れる。
よし!
ああ、そうですよ、武器が封じられても防具が封じられた訳じゃない!!
「ミャァ!」
コッチのターンだ!
武器と天術を封じりゃ、俺の攻撃の手札が無くなったと思っただろ? 残念ながら、とっておきの切り札が残ってるぜ?
後ろに飛びながら、右前脚を構える。
収集箱のリストから、今まで1度も使った事のない……1度も使えなかった“それ”を選ぶ。
瞬間――――構えた右前脚を包むように2つリングが現れ、縦と横の回転を始める。
「まさか――――!?」
その、まさかだよ!!
リングの中心で赤い光が収縮し、その光が限界まで圧縮されたと同時に回転していたリングが弾け飛ぶ。
「(究極魔法……)」
赤い光が、爆発した――――。
「(【ドラグーンノヴァ】)」
小さな小さな子猫の前脚から、極大の赤い閃光が放たれる。
目の前に居たおっさんを飲み込み、吹き飛ばしながらも更に放射が止まらない。
前方の空間を――――天空闘技場を丸呑みする程の熱の塊を吐き出し続ける。
すっごぃ、っつかヤバ……。そう言えば、アビスにこの魔法使われた時は放たれたとほぼ同時に死んだから、ちゃんとこの魔法見た事なかったっけ。カッコいいな……無駄に。
赤い閃光が走り去ると、天空闘技場を形作る岩の塊の表層半分程が抉り取られていた。
……威力ヤバ……けど、5km先まで吹き飛ばすアビスのあの異常な威力に比べれば可愛いもんだろう。
今の俺なら撃てると言う確信はあった。だからこそこのタイミングで迷わず使えたんだし。
いや、撃てたのは良いんだけど……この魔法、何……? 尋常じゃないくらいMP消費が激しいんだけど……? 【全は一、一は全】の効果で魔力消費100分の1にしてるにも関わらずこの疲れ方、ヤバ過ぎるでしょ……? 1発しか撃てんぞコレ……。
まあ、でも、この魔法の1番ヤバい点は、耐性や魔法での防御を全部貫通してしまう点である。
食らえばほぼ即死が確定する、インチキのような魔法。
「(…………だってのに、さ……)」
閃光が通って抉られた地面には、全身に黒い傷を負って血を流すおっさんが、防御の姿勢で立っていた。
もし仮に1度死んで【ダブルハート】で蘇ったのなら、体の傷は全快になっていなければおかしい……って事は、おっさんは死んでないって事だ……!
「(なんで普通に、今のを耐えて生きてる訳……?)」
「また……驚いた。まさか、最古の血の御方々の他にも究極魔法の使い手がいるとは、な」
全身から血を流しながらも、それを感じさせない自然な動作で構えに戻る。
嘘でしょ……? 究極魔法を直撃させたのに、1アウトさせる事も出来ないどころか、大ダメージにすらなってないの? どれだけコッチに都合良く見繕っても、良いところ中ダメージ……浅すぎる!?
ヤベェ……完全に見誤った。
おっさんに【審判の雷】が効かなかったのは、強い耐性を持ってるからじゃねえぞコレ……!?
【ドラグーンノヴァ】は耐性と魔法での防御を貫通する。それなのにダメージがこんなに浅いって事は、答えは1つしかねえ!
スキルや魔法とは関係無い防御――――おっさんは、元々肉体が持ってる素の魔力防御値が異常に高いって事だ……!
それに、魔導拳の防御膜が有効になったままって事は、アレは“異能”による防御じゃなくて素の能力値として数値化されてるって意味だ。
……最悪過ぎるだろ……!!
……いや、待てよ!? 俺は【全は一、一は全】の効果で収集箱内の全ての特性を装備した状態になっている。そしてその中には、人型の敵に対してスキル、魔法、天術での防御貫通効果が付いてる【処刑人】の特性も含まれている。っつー事は、物理攻撃に関しても同じって事じゃねえか!?
「(おっさんの防御力の高さ……それ、スキルの力じゃなくて、ただ単純に能力値が高いだけだったんだな?)」
「スキルで防御してるなどと1度も言った覚えはないが?」
確かに……俺が勝手に勘違いしてただけだ。
いや、誰だってこの異常な防御力を見たら何かの異能で防御してると思うだろ? 誰が素の能力値だけでこんな強固な体だと思うよ?
だが……クッソ、マジか……。
おっさんは今まで俺が戦ってきた魔王とは違う。
魔王スキルを中心に戦い方を組み立てる“一芸特化型”じゃない。鍛え上げ、磨き上げた肉体の能力値の高さに物を言わせる、どこまでも純粋なパワータイプ。
―――― 俺がもっとも苦手な相手……!




