1-30 Re:黄金の勇者は猫と踊る
朝はあんなに晴れ渡っていた空が、処刑場の不穏な空気を感じ取ったかのように厚い雲に覆われ、陽の光を遠ざけている。
ユーリさんの首が、断頭台に固定される。
断頭台って……普通に生きてたら、絶対目にする機会ないよなぁ……とかどうでも良い事を思いながら、屋根の上からその光景を見下ろしている俺。
「首を台に固定される前に助け出した方が良いんじゃないか?」とかも思ったのだが、魔族達が複数でユーリさんを囲んで居るので手が出せない。
今助けに入って、俺の姿を見た魔族が「はっはっは馬鹿め!」とユーリさんをぶっ殺したら笑えないからな。
行動起こすのは、ユーリさんに張り付いてる魔族が1人か2人……出来れば居なくなったタイミングが望ましい。
「よく見ておけ人間どもッ!! これが、我等魔族に歯向かう人間の末路だ!!」
おや? 狼男にしか見えない魔族が、選挙運動のスピーチのように叫び始めた。
演説中は流石に誰も動かんだろうし、今のうちにコッチの準備しておくか。
【仮想体】を創る。
オリハルコンの鎧一式を着せて、兜を頭に乗せる。
完成―――と行きたいが、これダメじゃない? 今まで人に見られる事を考えてなかったから気にしなかったけど、頭と胴体は隠せてるから良い。しかし、腕と足の露出部分は完全に空っぽなのが見えてしまっている……あ、首元も微妙にアウト。
どうしたもんかねぇ……? バレたらバレたで、まあ別に良いっちゃ良いんだが……。ただ、無用なリスクは背負いたくないし、正体に気付かれないならその方が良いに決まってる。
さてさて、何か無いかな……?
目を閉じて、収集箱のリストをペラペラと捲る。
あ、ぶっ殺した見張り達から奪った黒いインナーが有るじゃない。これこれ、こう言うのが欲しかったんだよ。
むっさいオッサンが着ていた物を【仮想体】に着せるのはちょっと嫌な気分だが……まあ、別に俺が直接着る訳じゃないからいいや……。
鎧の下に全身タイツを着たような感じになり、程良く人っぽくなった。若干インナーの盛り上がり方が筋肉質っぽいのは、俺の理想体型が反映されたせいだろうか……?
まあ、ともかく……良かったな【仮想体】。これでお前も、●まよう鎧卒業だぞ。つっても結局中身は空っぽだけども……。
盾とか持たすか? いや、でも手持ちの盾ってウッドシールドだけだしな……。
全身黄金の鎧なのに、盾が木ってのは……色々どうなのさ?
……まあ、盾無くても困んないし別に構わんか。どうせ【仮想体】はダメージ受ける事ないし。
武器は―――旭日の剣一択だな。そこ以外じゃ火力出せる気がしないし。
あれ? そう言えば旭日の剣って装備制限ついてたよな?
改めて詳細情報を開いてみる。
『【旭日の剣 Lv.382】
カテゴリー:武器
サイズ:中
レアリティ:★★★★★
属性:超神聖
装備制限:特性【勇者】
付与術:審判の雷
所持数:1/1
第一神器。
神が人類に与えたと言われる武具の1つ。
装備効果として“神聖・超神聖属性の天術の消費エネルギーを2分の1”“天術の効果プラス補正”を持つ』
あ、やっぱり間違ってなかった。
特性【勇者】。
え? これアレですか? 引き抜いた奴が魔王を倒す使命を押し付けられる、伝説の勇者の剣か!?
まあ、別に装備制限が付いてる事自体は別に構わないんだ。どうせ【制限解除】の効果で無視できるし。
いや、でもさ? この武器振り回すと、そいつが勇者って事になるんじゃない?
…………ま、いっか。どうせ中身空っぽの鎧だし。俺は俺でただの猫だし。
少しだけ溜息を吐きたい気分になっていたところに―――下で悲鳴があがった。
ん?
「ミ?」
視線を下に戻すと―――魔族が集まった人間達を襲っていた。
えぇっ!!?
目を離した3分足らずの間に何があったの!?
逃げようとした人達が拘束魔法で動きを封じられ、やけくそで魔族に向かって行った人間の首が空中を舞う。
いかんっ!? 完全に突っ込むタイミング逃したッ!? こうなる前に行くつもりだったのに、バカか―――!!?
一方、処刑台の上でも事態が動いていた。
「なぁーに、お前は他人の心配をする必要はない」
笑いながら狼男が、台に固定されたユーリさんに斧を振り上げる。
やっべぇって!?
ユーリさんの顔が恐怖に歪み、腫れ上がった瞳から涙が溢れる。
「ははっ、死を前にしてようやく人間の分を理解したらしいな? それで良いんだよ家畜! その我等を恐れる顔のまま死ねッ!!」
数秒後に訪れる死にユーリさんが目を瞑る。
狼男が二ィッと最高の笑顔で、斧を振り下ろ―――
させねえよ!
旭日の剣に最大限の威力を乗せ、投射で収集箱から撃ち出す。
俺の手元から放たれた真っ白な刀身の剣は―――雷の輝きのように―――狙い違わず狼男の喉を貫通した。
「…な゛、に゛ぃ……っ!?」
首に旭日の剣を刺したままヨロヨロと歩く狼男。
口と喉からドバドバと壊れた蛇口のように血を吐き出し続け、2歩進んだ所で力が抜けて持って居た斧が手から滑り落ちる。
最後に剣の降って来た方向―――俺の方に怒りと困惑の混ざった視線を向け、そして力尽きて倒れた。
うん、やっぱり旭日の剣超強いな。
ってか、魔族ぶっ殺してもあんまり罪悪感が湧いて来なくなって来たわ俺。
「な、なんだ?」
突然の出来事に、魔族も人も、広場に居た全員の動きが止まる。
さあて、魔族連中がビビって足止めてる間にユーリさんを助けに行くかね? 【仮想体】を下に降ろそうかと思った次の瞬間―――
「そこだ!!」
処刑台の下に居た、4本腕の魔族が叫ぶ。と同時に、手の1本が火球をコッチに向かって放って来やがった!?
なんなの!? 魔族連中はとりあえず火球をぶっぱしないと気が済まないの!? 馬鹿なの!? バカの集まりなの!?
とりあえず俺は屋根の後ろギリギリまでダッシュで逃げ、【仮想体】を飛んでくる火球に向かってジャンプさせる。
屋敷の時と同じだ。【仮想体】を盾にして本体の俺はノーダメージって寸法よ!
……とか、考えていたんだが……、【仮想体】の筋力設定が俺の予想の遥か上を行っていたようで、高速で迫る火球を楽勝で飛び越してしまった。
嘘だと言ってよバー●ィ!!!?
屋根に直撃する火球。
爆発が巻き起こり、爆風と熱波、そして屋根の残骸が辺りに飛び散る。
「ミャァッ!?」
熱ぃいッ!!?
爆風で吹っ飛ばされないように姿勢を低くする。更に、強化された筋力に物を言わせて屋根に爪を立ててその場に踏み止まる。
爆発の余波はあっと言う間に過ぎ去り、腹の底から響いて来るようなビリビリとした振動だけが体の中に残る。
あっぶねえなぁ、もう!! 着弾したのが屋根の反対側の端っこだったから助かったけど、下手すりゃ余波だけで死んでたぞ!?
肉体強化されたところで、俺が脆弱な子猫だって事は変わらない……そんな現実を改めて認識させられた。
まあ、それはともかく―――空中を舞って居る【仮想体】が、爆風に後押しされたお陰でとっても良い感じの位置を飛んでいる。
クルッと体を一回転させ、軽く姿勢を整えてから、蹴りに移行する
イメージとしては、特撮ヒーローの必殺キック!
頭の中でキックを派手なエフェクトで演出しつつ(現実はただのキック)、【仮想体】の落ちて行く方向を微調整する。
処刑台に居た、緑色の肌をした魔族を全力の蹴りで下に蹴り転がす。
蹴りで落下の衝撃が和らぎ、殺し切れなかった分は、野生動物のようなしなやかな着地で受け流す。
……まあ、別に、全身の骨が砕けるような衝撃だったとしても、【仮想体】には擦り傷程の痛みもないから、恰好付けて着地する必要は無いんだけどね。
視線が集まる。
処刑台に立つ、あまりにも煌びやかで美しい黄金の鎧に、魔族も人間も、誰もが目を奪われる。
うんうん、そうでしょうそうでしょう。オリハルコンの鎧は、俺の目から見てもとっても格好良いもんな!
さて、ユーリさんは大丈夫かなっと。
本体の俺が観察すると、【仮想体】もそれに引っ張られて意味もなくユーリさんを観察するように兜を動かす。
うん、よし。
ちゃんと首は繋がってるし、台座もあれならすぐに外せそうだ。
「黄金の……騎士…?」
静寂の中、誰かが呟いた。
いいえ、騎士ではありません。ただの猫です。
心の中でツッコミながら、【仮想体】に旭日の剣を抜くように指示を出す。
狼男の首を串刺しにしていた剣を抜く。蓋をされていた分の血が一気に噴き出して若干……いや、かなりグロテスクな映像になったが、そんな事を【仮想体】は気にしない。【仮想体】が気にしないって事は、俺自身が気にして無いって事なんだが……まあ、どうでもいいか。
「黄金の……勇者…様…?」
か細く、掠れたユーリさんの呟き。
何かに縋るように、祈るような静かな言葉。
ただ、まあ、勇者じゃないですけどね。ただの猫ですし。




