10-18 やるじゃんロールパン……
まあ、このロールパンが俺が人間でも魔族でも半魔でもないと気付いたのは良い。ぶっちゃけて言ってしまえば、特に隠してる事でもない。
確信である“鎧の中身が空っぽ”な事がバレていないのならば、大抵の事はセーフなのだ。
とは言え――――なんでこのタイミングで言うの? コッチが秘密にしてるっぽい事を突っついて脅しでもかけるつもりかしら?
とか不安が頭を過ぎったのと同時に、シアが閉じていた目を開け、真っ直ぐにコチラを見据える。
「もし動揺させたのなら謝罪しておきますわ。誓って、そう言う意図があっての発言ではありません。ただ、気になったので言わずにはいられなかった……ただ、それだけですわ。先程言った通り、適当に聞き流して貰って結構です」
なるほど……。
まあ、どう言う意図で言ったのか……正直なところはどうなのか分からんけど、少なくともコイツもバルトやおっさんと同じ系統の“正直者”タイプな奴だってのは間違いない。……って、そんな事は船旅1ヶ月一緒した段階で分かってたけど。
「私は貴方の正体がどこの誰であろうと構いませんわ。貴方は私がライバルと認めた戦士、その事実1つで十分」
言うと、気を引き締め直す為か、持っていた錫杖で地面をトントンっと叩く。
「さあ、無駄話はこれでおわりですわ! 皆様も御待ちになっているようですし、ショウを始めましょう」
ショウを始めましょう……え? このタイミングでギャグじゃないよね……?
スタート位置へ下がって行く背中を見送りながら、内心でちょっと焦る。
俺も何か返した方が良いかしら?
「ミィミ……」
ショウ(そう)ですね……。
よし、オッケィ!
何がOKなのかは自分でも良く分かんないけど、とりあえずオッケィ!!
俺もシアに倣って、スタート位置まで下がる。
8m程の距離が開いてお互いに止まって振り返る。
闘技会の出場者は様々だ。
近接型から弓兵やら魔法使いや天術士、その得意分野が別の者達が戦う上で、ギリギリ公平な距離。
『両者準備オッケーかこおのやろうぉ!! 俺も観客も、もう待ち切れねえ、本っ当っにもう待ち切れねえから!! 昨日の夜からワクワクして全然寝てねえかんなっ!! 俺寝てねえかんな!! 分かってる!? そこんところ!!』
いや、知らんがな……。
今日髭さんがテンション高いのって、アレじゃん? 徹夜明けのテンションなんじゃん? スイッチ切れた途端に睡魔と疲れが襲って来る奴だろこれ? 寿命縮めるよ、気をつけなさい。
『始めっぞ! 誰が何と言おうと始めっぞ!! はいっ、始めぇえええええッ!!』
待ち切れない気持ちが前に出過ぎて、開始の合図が若干雑……ま、良いけどさ。
俺が髭さんにツッコミを入れている間に、シアの方は既に動き出していた。
「【スロー】!」
シアの手の平が白い魔力光を放ち、天術の発動。
【スロー】って事は減速系の天術だよな……敏捷性落とし的な奴。
『【スロー】
カテゴリー:天術
属性:支援
威力:-
範囲:F
対象の肉体速度、感覚速度、詠唱速度を低下させる』
お、やっぱりか。
弱体化は持ってて損はないから有り難い。
まあ、大変残念な事に、俺とシアじゃ魔力値の桁が違い過ぎて天術が効果を発揮しねえんだけども。
攻撃術だけじゃなくて、弱体化の術まで効かないってのは結構精神的に追い詰められるよなぁ……? 俺もアビスに効かなかった時は絶望感味わったし……。まあ、俺は究極天術の【サンクチュアリ】で無理矢理弱体化させられたから良かったけど、普通の人間じゃほぼこの状況を引っ繰り返せない。
術士系相手にする時は楽で良いけど……色々「ごめんなさい」な気分になる。
「【拘束術式】!」
俺の周囲の地面から紐状の光が伸びて、【仮想体】の体を絡め取る。
この天術は持ってるか要らん。
グッと力を入れると、【仮想体】が俺の動きと連動して動き、ブチブチと【拘束術式】を引き千切る。
「……なるほど、ですわ。聞いていた通り、本当に天術が効かないんですのね……!」
天術が効かないのは織り込み済みってか……まあ、この大会で散々天術も魔法もまともに効いてない姿を見せて来たしな? 予め心の準備してたから精神的なダメージ食らわずに済んだか。
まあ、だからと言って状況が良くなる訳でもない――――とも言い切れないか……。
先に知っているって事は、その為の対策を用意しておけるって意味だ。それに、心の準備が出来ていれば冷静さを保って、焦りや絶望感に濁らされずに次の手を考える為に思考を回せる。
「私の知らない魔法か、天術か、スキルか。それともその黄金の鎧の力か……想像がつきませんが、実際に天術が効かないと言う事実は変わりませんわね? まあ、考えても無駄な事は考えない事にしましょう」
良い判断。
「どうして効かないのか」を考えるより、「効かないなら、その上でどう立ち回るか」を考える方がよっぽど建設的で勝ち筋がある。
「貴方は、今までの私の試合を観ていなかったでしょう? それは強者の驕りか、それとも相手へ手の内を実際にぶつかるまで知らずにいようと言う騎士道精神なのか――――貴方の事ですから、恐らく後者ですわね?」
いいえ、全力で前者だと思いまする!!
そもそも「相手の手の内見ないでおこう」って、船の上で散々見て来た後ですやん!? 騎士道精神もへったくれもないですやん!?
「船上での私の体たらくを見ていたら、どうして私がここまで勝ち抜いて来れたのかと思ったのでは?」
「ミィ」
うん。
「その答えをお見せしますわ!」
言うと、錫杖で地面をトンっと叩く。
シャンっと金飾りが鳴り――――空気が変わる。
周囲の空気が――――町の空気が、シアの元へ集まって来ているかのような錯覚。
空気が……シアの気配が重くなる。
「この子は海を大変嫌いますし、木造の船の上では危なくて喚べませんでしたの」
錫杖をクルンッと手元で回すと、回転の軌跡が残光で空中に描かれ、見た事も無い魔法陣となる。
「見せましょう、このシアレンス=レア・レゼンスの秘中の秘技を!」
秘中の秘技って、頭痛が痛いみたいな事言ってんぞ……。
どうでも良い事にツッコミを入れている間に、魔法陣の光が中心に収縮し、朝露が枝から滴となって落ちるように――――収縮した光が地面にポタッと滴り落ちる。
「来なさい――――」
ビキッとアリーナのど真ん中にひびが走り、真っ赤な炎が噴き上がる。
「ミュッ……」
熱ッ……。
噴き上がった炎から凄まじい熱量放射されて、2秒とかからずにアリーナをサウナにしてしまう。
ごく普通に熱いんですけど……?
猫の体は、寒さに比べれば熱さの方が耐えられる……つっても、それにも限度がある。こんな蒸し風呂みたいな熱の中で平気な顔をしていられるようには出来ていないのだ。
鼻の周りや足の裏の汗腺が開いて、必死に熱を体から出そうとしているのが自分でも分かる。
……この熱さ、ちとヤバいな……?
ダメージ判定になるくらいの熱量だったなら熱耐性や炎耐性の防具やアクセサリーで防げるが、ギリギリ判定が通ってないっぽいから自力で耐えるしかねえ。
「“ヴォルカヌス”!」
炎を噴き出していたひび割れがグシャっと押し広げられ、噴き出す炎が大きくなる――――いや、違う、何かが――――炎を纏った何かが――――地面から這い出して来る!?
それは、蛇のように見えた。
真っ赤に煌々と、禍々しく燃える、業炎の大蛇。
アリーナにギリギリ収まる程巨大で、シアを護るように尾を丸めてコチラを威嚇してくる。
「さあ、剣の勇者……私の生涯のライバル!! ここで、貴方に敗北を送りましょう!」




