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10-17 準決勝

 なんだか……様子がおかしい気がする。

 え? そもそも俺がおかしい? いや、それは自覚してるから良い。

 いやいや、良くはないんだが今は別に良いんだ。猫になった時点で、もう色々諦めてるし。

 俺の話じゃなくて、おっさんの話だ。

 例の魔王ピーナッツがアルバス境国にやって来た翌日、俺は2回戦を朝一で勝利して準決勝進出を決めた。

 おっさんがその戦いをVIP席で観ていたのだが、様子が変だった……気がする。

 特別何かあった……って訳じゃないが、少し顔つき……っつか雰囲気? が、険しかった気がする。まあ、本当にあくまで“気がする”レベルの話だが。

 それに、それが気になって後でおっさんの家に訪ねてみたが、有無を言わさず門前払いされた。

 初日に来た時はむしろ歓迎されてたくらいなのになぁ……とか思いもしたが、よくよく考えれば俺とおっさんの関係は「勇者」と「魔王」な訳だから、そら門前払いされるわ、うん。

 裏で仲良くはしているが、まあ、あれは一応コッソリだ(普通に人に見られてるけど)。

 そんな訳で、何か引っ掛かる物を感じつつも、その正体を確認する事も出来ずに、もやもやしたまま次の日――――今日を迎えた。

 今日は本戦(トーナメント)4日目、準決勝の日。

 そして、その相手は…………


「さっすがっ! 流石は(わたくし)の終生のライバルですわ!!」


 闘技場の前で、会場を今か今かと待ち侘びていたワクワク顔の人と魔族が、響き渡った阿呆のような声に反応して振り返る。

 そして、その視線の集まる先には頭クルクル……じゃない、髪の毛がクルクルしたロールパン頭。

 そしてその後ろには、ピタリと影のように付き従う「よいしょ役」の老執事。

 どこから湧いてるのか分からない自信に満ちた、堂々とした立ち姿。

 見るからにサイズの合っていないブカブカのでかい鎧。

 余りにも特徴に溢れ過ぎているその女に、周りの皆様方がワッと歓声をあげる。


「シアさんだ!?」「すげぇ! 初出場で準決勝まで進んだ2人だぜ!?」「今日の試合楽しみにしてるぜ御2人さん!!」「勇者様! 俺達はアンタの勝利を信じてるぞぉ!」「バカ野郎! シア様に勝てる男がいるか!! こちとら全財産賭けてんだぞ!?」


 そう、そうなのである。

 このロールパン頭どんな手品を使いやがったのか、あれよあれよと勝ち進んで準決勝まで上がって来やがったのである。

 マジか。マジだったわ。

 こんな事なら、コイツの試合1回くらい観とけば良かった……。面倒臭くて全スルーしてたのが悔やまれる。

 まあ、でも、負ける気はねえけど。

 1ヶ月船の上で一緒してたから、コイツの基本的なスペックは分かってる。

 鎧の重さのせいか、頭突(あたまつ)き合わせての殴り合いは雑魚も良い(とこ)だが、天術の扱いがやたらと上手い。それに、手持ちの天術がバリエーション豊かで、支援役でも大砲役でもこなせる万能型の魔法使いタイプ。

 VITとAGI捨てのINT先行の次点DEX、ガチガチの後方役……って感じ。

 まあ、アザリアとよく似たタイプと考えればやり易い相手だ。


「お静かに!」


 騒ぐ民衆に、ズビシっと手を向けて静かにさせるロールパン。

 元貴族を名乗るだけあって、こう言う時の姿だけは無駄に様になるんだよなぁ……この変じ……女性は。


「皆様が騒ぐのは当然の事! 何と言っても私、シアレンス=レア・レゼンスと、その生涯のライバルである剣の勇者との戦いの日なのですから!」


 周りが「おぉ~!」とどよめく。

 いや、どーでも良いけど「終生」とか「生涯」とか、今後も関わりそうな言葉を使うの止めてくんないかしら? 俺の経験から言わせて貰うと、その手の発言をされると現実になりそうで怖ぇんだよ……。

 コッチはオメェとの縁はここ1回限りで終わらせたい訳よ?


「剣の勇者! 私はここに貴方に宣言しますわ! 今日、貴方を倒すと!!」


 さっきの「おぉ~!」より、3倍くらいでかい「おぉ~!」が周囲に響き渡る。

 視界の端で賭け師連中がダッシュで「ヤベェ! 賭け率(オッズ)が変動するぞ!」と離れて行ったが知った事ではない。

 そして、ロールパンの実質勝利宣言も知った事ではない。

 俺が異世界に転生して理解した事が1つある。世の中の大抵の事は面倒な理屈で雁字搦(がんじがら)めになっているが、こと“戦い”の1点に関しては単純明快だ。


 強い者が勝つ。


 周到に準備しようが、相手の情報をどれだけ分析しようが、何万通りの対策を用意しようが……最後に勝つのは強い奴なのだ。

 無情に――――非情に――――強さとは理不尽なものだ。

 俺がどう足掻いてもアビスのクソッ垂れに勝てなかったように、シアがどう頑張っても、どんな対策練って来たとしても、俺には勝てない。

 それは過信している訳でも、シアを過小評価している訳でもない。そこにある、絶対的に無慈悲な現実だ。


「さあ、ライバルとして! 1人の戦士として! 何か言い返してみなさいな!」

「ミャァ」


 パス。

 悪いね?

 周りが期待の眼差しを向けて来るが、俺はマイクパフォーマンスで客を沸かせるような目立ちたがり屋じゃない。

 丁度良いタイミングで開場したようなので、ビシッと【仮想体】を指差すシアの横を素通りして闘技場に向かう。


「ふっふふふふ、良いですわ! それでこそ私のライバル!! 戦いの前に不必要な情を持たないように敢えて冷たくする……と言う訳ですわね? 本気で(いくさ)に臨むその姿勢、私1つ教えられましたわね」


 後ろの方で何か言ってる気がするが気にしないでおく。

 ついでに「流石勇者様だ!」と歓声があがっている気がするが、それも気にしないでおく。



*  *  *



『ォォぉええええアアアアアアアッ!! 本戦4日目突入だクソ観客共がぁああああッ!! 準決勝ですこの野郎! やって来ました準決勝、準、決、勝っ!! 大会のメインイベント決勝戦で戦う2人が今日決する!! 楽しいかオメェら!? 俺は超クソ楽し過ぎて、さっきから鼻水が止まらねえんだよぉおオオッ!!』


 今日も今日とてテンションの高いMC髭。

 っつか、日ごとにテンションの上がり幅が酷くなってる気がする……。準決勝でこれだとすると、明日の決勝になったらいよいよ血管ブチ切れるんじゃなかろうか?

 無駄な心配をしていると、アリーナに続く扉が開かれる。


『準決勝1戦目、1人目は――――闘技場の猛者共を軽々と千切っては投げ千切っては投げ、魔王アドレアスを倒した実力は伊達じゃねえ! 勇者の筆頭! 伝説を継ぐ男! 太陽を呼ぶ者! どんな呼び名も意味はねえ! コイツの呼び名はただ1つ――――剣の勇者ァああああッ!! あと使い魔の猫!』


 俺の姿が――――【仮想体】の姿が見えるや観客席から声が降って来る。


「勇者様ぁああッ!!」「恰好良いッコッチ向いてぇ!」「今日もスカッと勝ってくれよ!」「ウチのパン食べに来て下さぁい!」「ウチの魔王様と仲が良いようですが、どっちが攻めでどっちが受けですか!?」

 

 歓声なんだか罵声なんだか判断に困る……。

 一応応援されてると思っておこう、精神衛生上の為に。


『剣の勇者は今大会初出場にして負け無しでここまで上がって来たガチ中のガチだ! しっかぁぁも! 全試合通して、“剣の勇者”にも拘らず必殺の武器である噂の“旭日の剣”を1度たりとも抜いてねえ!! これは自信の表れか!? それとも不必要に相手を傷付けないようにする為の優しさか!? 個人的には後者を押しておくぜ!!』


 観客席から「私もー」「俺もー」と賛同の声があがる。

 まあ……そうね。旭日の剣を抜かないのは、使うと相手を確実にぶっ殺しちまうからだし、合ってるっちゃ合ってる。


『だぁァがぁああッ!! 今回ばかりはそう簡単に勝ち進めると思うんじゃねえぞコンチキショウの金ぴか野郎!! 言いたくねえが、今日の相手はこの闘技場で食ってる連中よりもヤベエかんな!!』


 対面側のアリーナの扉が開き、シアが重そうな鎧で若干よろ付きながらも真っ直ぐに俺に向かって来る。


『元エルギス帝国貴族の令嬢、現在は荒事で金を稼ぐ傭兵!! 元お嬢様だからと侮るなかれ!! あのお嬢さんは、闘技場きっての魔法使いの名前持ち(ネームド)をブッ倒して準決勝に上がって来た本物の実力者だ!! シアレンス=レア・レゼンス!!』


 アリーナの真ん中で、2m程俺から離れた所でシアが立ち止まる。

 クスッと笑う。


「貴方が戦いの前に敵と話したがらないのは先程理解しましたけど、少しだけお話させて貰いますわ。いえ、答えは結構ですわ。私が勝手に喋るだけですから、適当に頷くなり聞き流してくれるなりしてくれれば結構」


 ふっと目を閉じて、喋る。

 観客席からは始まりを今か今かと待ち侘びる声が響いて、そんな声に掻き消されそうになる。

 相手が「聞き流せ」と言っているのだから別に聞かなくても良いのかもしれないが、まあ、一応礼儀として猫の鋭い聴覚を澄ませて聞く姿勢になっておく。


「私、貴方と最初に会った時からずっと感じていましたの。貴方の前に立った時に、魔族と相対した時のような恐怖にも似た悪寒を」


 おぉう鋭い。

 野生の動物や魔物なんかは【魔王】の特性の気配を敏感に感じ取ったりするけど、普通の人間は大抵気付かない。と言うか、アザリアを始めとした勇者連中だって気付いているか怪しい。

 それを気付けたって事は、コイツはそう言う“気配感知”の能力が元々鋭いか、その手のスキルを持っているか……。


「それは、ずっと貴方が半魔であるからだと勝手に思っていましたが、今、こうして敵として立ってみて確信しましたわ。貴方――――半魔ではないですわね? かと言って人間や魔族でもない。もっと異質な何かですわ」


 俺が人のままだったら「ヒュ~」と口笛吹いて称賛を送っていた。

 そこまで気付けた奴は居ない。

 魔王連中ですら、鎧の中身が無い事を確認してようやくそこに辿り着いている。だが、シアは鎧に触れてすらいない。

 コイツの鋭さがスキルから来てるのか、元々持って生まれた感覚から来てるのかは分からないが、こりゃぁ本物でしょう……。



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[一言] お嬢座噛ませっぽい何かだと思ったらガチガチの天才で笑う。
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