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10-16 サメの話をしよう

 穏やかな海だった。

 夜の闇に飲み込まれた海は、どこか寒気がするような静けさで満ちていた。

 船が停泊しているのは、世界を支配する13人の魔王――――現在は魔族の仇敵である“剣の勇者”によって3人の魔王が討たれた為10人の魔王――――のうちの1人、ギガース=レイド・Eによって支配されているアルバス境国。

 船を指揮するのは、同じく魔王の1人であるヴァングリッツ=フラ・J・フィルタル。

 同じ魔王……と言っても、名に入っているアルファベットが示す通り、その実力にも古さにも大分開きがある。

 その辺りの上下関係が気に食わないヴァングリッツは、それを口にする事を部下達に禁じている。もしその禁を破れば、事情が有ろうが無かろうが、問答無用で慈悲も例外もなく殺している。

 とは言え、そんなルールを主に強いられなくても、元々部下達もギガースを持ち上げるような発言はする気は一切無い。

 魔王ギガースは、下等で無能な人間と、自分達魔族を対等な存在として共生を押しているからだ。

 無論、ヴァングリッツの下の者達が最初から全員が全員“人魔共生”の反対派だった訳ではない。しかし、そのような者達は先の禁を破って早々に死に、今頃は冥府の王の小間使いにでもされている事だろう。

 そして、今現在ヴァングリッツの下に残るのは、当のヴァングリッツと同じく、魔族が選ばれた至高の存在だと信じて疑わない選民意識の塊達だった。


「チッ……何度来てもこの国は胸糞悪ぃな……」


 甲板で見張りと言う名の「待機」を命じられている魔族は、言葉と共に唾を眼下の海に向かって吐き捨てる。

 停泊中とは言え――――魔王自身が率いて来た船団とは言え――――密入国である事には変わりはない為、ヴァングリッツのようにルールや道理を無視して船から降りる事は出来ないのだ。

 下船の許可が出ているのは、ヴァングリッツと数人の文官だけだ。それ以外は船の中で待機と言う訳である。

 船から見下ろせば、夜の闇に呑まれた真っ黒な海。反対を向けば、闇を遠ざけようとするかのような港町の明かり。

 魔王2人が首都であるブルムヘイズへ移動した事で場が落ちついたと判断し、集まっていた者達もさっさと散り、今では“いつも通り”の光景が戻っている。

 人と魔族が当たり前に同じ食卓で食事をしたり、酒を飲み交したり。

 町のどこにも……いや、国中のどこにも種族の垣根が存在せず、皆が自然と笑い合っている。

 

 船上からそれを眺めるヴァングリッツの部下達は――――それが気に食わない。


 何故生まれた瞬間から高い能力を持つ魔族が、下等で無力で魔族に使われる事以外に存在する意味の無い奴隷共と対等に接しているのだ……と。

 魔族を恐れていない人間共に怒りが湧く。

 人間共を見下した目で見ないこの国の魔族共にイラつく。

 だからと言って、その怒りに任せて暴れ出す程バカではないが……。

 それでも沸々と湧き上がって来る怒りの波は止められず、もう1度「チッ」と舌打ちを漏らす。

 それは彼1人だけではなかったようで、仲間の魔族が寄って来る。


「この国は相変わらずか」

「ああ……相も変わらず、人間共がのさばってやがる」


 吐き捨てるように言って、2人で憎々しい視線を向ける。


「いや、だが、待て……ヴァングリッツ様がいつぞや仰られていた。奴等は惰弱で無価値な人間と言うゴミを、使うのではなく抱える事を選んだ敗北者だ、と」

「なるほど、流石我等が魔王様だ素晴らしいお言葉だな! そうか、奴等は人間が“消耗品”だと言う当たり前の事も理解出来ない馬鹿者どもだったか!」


 ムカついていた連中が自分達よりも劣る存在だと確信して、ささくれ立っていた気分が幾分か心地良さに変わる。

 怒りの代わりに、自分達が選ばれたエリートであると言う揺るぎない自信が湧きあがり優越感が全身を満たす。


「そう言う事だ。ならば、そんな愚かな連中の為に腹を立てるなんて馬鹿馬鹿しいだろう」

「そうだな、もっともだ。敗北者を見下ろす勝者として、我々は寛大な心でこの腐った国を見てやるべきだな」


 フッと笑い合う。

 完全な勝者の笑みだった。

 相手が自分達の主より上位の魔王の配下だと言う事は関係ない。――――自分達は生物としての勝者なのだから。


「やはり、ヴァングリッツ様に見出された俺達こそが、真に選ばれた者……と言う事だ」

「ふっ、何を今更。そんな事は分かっていた事じゃないか」

「確かに」

「それに、どうせこの国の連中はもうすぐ笑えなくなるさ」

「ククっ、ああ、そうだったな。その時の連中の顔が見物だ」


 勝者の笑みを更に深くした時――――ふと、何か大きな影が船の下を横切った。


「なんだ……?」

「どうした?」

「いや、今、何か大きな影が……」


 2人で見下ろすが、そこには夜の闇で真っ黒な海が広がるだけ。


「何も見えんぞ……」

「いや、今確かに、何かが動いたような気がしたんだって! ちょっと待ってろ、明かり出すから! 【ライト】!」


 魔族の手に黒い魔力光が灯り、その光が集まって周囲を照らす光る球となる。魔法で作りだした光源を眼下の海に向かって放る。

 懐中電灯1つ程度の光量。

 元々、夜道を歩く時に使う程度のお手軽な魔法だからだ。この船に備え付けられている魔法の増幅器を使えばもっと光量を上げられるが、アレの使用はヴァングリッツか幹部の|

名前持ち(ネームド)の許可がいる。勝手に使う事は出来ない。

 ともかく――――微妙な光量だが、船の下を確認するだけならばこれで十分。

 

「やっぱり何も居ない……。幻でも見たか?」

「ぇえ……確かに何か居たような気が――――」


 言葉が止まる。ついでに呼吸も止まる。

 小さな光源に照らされた海。

 スポットライトのように、ぽっかりと闇の中に空いた光の穴。

 光の中で、海面でゴポンッと大きな泡が弾ける。

 泡は更に増え、ブクブクと音をたてながら、何か大きな影が海底から浮上して来る。


「ぁ?」


 浮上して来る物を確認しようと身を乗り出す。

 途端――――“それ”が勢いを増し、矢のように――――(ある)いは魚雷のように――――海面から飛び上がる。


「は?」「ぇ……?」


 鮫だった。

 ただの鮫ではない。鼻先が鋭く円状に尖り、ドリル状になっている。

 本来なら存在しない形の生物、


――― 魔物。


 それに更に、尋常ではない程巨大な魔物だった。

 自分達の乗る軍艦の半分程――――と言えばそれなりに可愛らしいサイズに思えるかもしれないが、実際は50m級の軍艦の半分だ。可愛らしいなんて言葉は馬鹿馬鹿しい。

 新幹線一車両分が海から飛び出して来たと思えば、その大きさの想像がつくだろうか?

 この大きさの化物が、今まで港の直下にどうやって潜んでいたのかと――――そんな疑問が頭を過ぎる。

 だが、次の瞬間、化物鮫が飛び上がった衝撃に海面が荒立ち、船が葉っぱのように弄ばれて暴れる。


「ぬわッ!?」「ウォッ!?」「なっ、何だおい!!」


 甲板に居た者達が一斉に近くのマストや柵にしがみつき、海に放り出されないように踏ん張る。


「魔物だああッ!! 戦闘体勢ッ!!」


 船に残っていた名前持ち(ネームド)の誰かが叫ぶ。

 だが、その声に反応して行動を開始する者達が少ない。

 声が聞こえなかった訳ではないし、命令に逆らっている訳でもない。

 船から落ちないようにする事で手一杯で、応戦に回れるような余裕が無いのだ。

 そもそもの話として、港についた時点で誰が巨大な魔物に襲われる事を予想出来ただろうか?

 出来る訳がない。

 実際、船に残っていた魔族の9割9分が警戒心を解いて、上陸許可が降りるのを呑気に待っていた。

 その油断を、巨大な鮫の魔物は一突きして来た。

 船上がてんやわんやの大騒ぎになる――――が、


(あれ……? こんな事態になってるのに、船内が妙に静かなような……?)


 異常事態に頭が思考を始めようとする。

 しかし、目の前に迫る魔物がそれを許さなかった。


 ドンッと、船が傾く程の衝撃と共に、周囲に響き渡る破砕音。

 何事かと思えば、海面から飛び上がった鮫の鼻先――――ドリル状の器官が、狙ったかのように1番狙われたくない場所……魔王の部屋にピンポイントで突き刺さっていた。


「うォわああああッ!!!? おまっ、バカっ!? どこ突っ込んでんだぁああッ!!」

「他のどこを壊しても、そこだけはダメだろお前えええっ!!」


 泣きそうになりながら叫ぶと、同時に静かだった船内が「何事だ!?」「魔物!? 魔物が出たのか!?」と、甲板の魔族達から大分遅れて騒ぎだす。

 そんな魔族達の騒ぎにビックリしたのか、鮫は尻尾をビチビチと振り回す事で何とか突き刺さっていたドリル部分を引き抜き、出て来た時以上のスピードで海底へと泳ぎ去る。


「くっそバカ!! 逃げるな貴様ッ!!」「魔王様の部屋を壊された上に逃げられたなんて洒落にならんだろうがっ!!」


 慌ててグラつく甲板で何とか立ち上がり海を見下ろす。


 穏やかな海だった。


「え?」「は?」


 同時にバカな声を出してしまう。

 1秒前まで荒立っていた海が、何事もなかったかのように静かになっていた。

 鮫の巨大な影もない。

 転覆しそうな程傾いていた船が、元通りの姿勢になっている。

 甲板に居た魔族全員が、同じようにポカンと阿呆のように口を開け、近くに居た者と顔を見合わせている。

 まるで――――全員が夢でも見ていたかのような気分だった。


「なん……だったんだ?」

「さあ……?」


 いっそ全て幻だったのなら良かった……のだが、船に空いた大穴――――滅茶苦茶に壊された魔王の部屋だけが現実として残っていた。

 陸地の方でこの国の人間と魔族が必死に「何があった!?」と叫んでいる。

 バカな言葉だった。

 やはりこの国の連中はバカで愚かなクソ共だと、甲板の魔族達は納得した。

 「あんな巨大な魔物の姿が見えていなかったのか?」と。


 

 誰も事態を飲み込めない。

 故に気付かない。

 

 船の上空で、右目に魔眼の光を宿らせた子猫が【転移魔法(テレポート)】の光に包まれて消えた事など……。



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[良い点] サメ出しとけばなんとかなるとか猫の前世はアメリカ人だった説ワンチャン
[一言] メガロドンかな?w
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