10-13 盗人ではありません
おっさんがピーナッツと一緒にブルムヘイズに馬車で戻って行ったので(馬車もおっさんサイズでやたら大きかった)、俺は1人港町に残った。
明日の早朝から試合があるとは言え、俺には【転移魔法】があるからブルムヘイズに戻るのは一瞬だし、そこまで急ぐ必要も無い。
ッつー訳で、有無を言わさず軍艦に侵入した。
流石に正面突破をかける程バカではない。
【隠形】で周囲から認識されなくした状態で、更に念を入れて【欺瞞と虚構】の魔眼で俺の姿を幻で消失させる。
ぶっちゃけこの状態で俺を見つける事が出来る奴がいたら、そいつは相当ヤバい。冗談無しに色々な事情をぶん投げてでも即行で殺しにかからなければならない。
まあ、そんな危険な奴が、ヤバい臭いの弱いピーナッツの下にいる訳ないけど……。
とりあえずバカでかい軍艦の甲板まで【空中機動】で空中をトトンっと蹴って上がり、様子を窺う。
でかいだけあって相応の数の魔族が乗っているのか、忙しなく色んな姿の魔族が行ったり来たり。
多分降りる準備の為かな? もしくは、さっさと1人でどこかへ行ってしまったピーナッツを追いかける為にバタバタしているのか……まあ、どっちにしても勝手に頑張ってくれ。
「ミィ……」
小さく鳴いてみるが、声に反応する奴はいない。
よし、【隠形】の消音効果を抜けるような強者は一先ずいねえな? 当然、突然甲板に上がって来た子猫に反応している奴もいない。
大丈夫そうだな。
気付かれないとは言え、よく知らない魔王の船に長居するのはどう考えたってリスクが高い。やる事やってさっさと帰るべ。
で――――俺が何しに軍艦に乗って来たのかって?
決まってるじゃん。
収集だよっ!!
え? 収集と言う言葉で誤魔化しているけど盗みじゃないかって?
いいえ。私はただ、このアルバス境国の支配者である「おっさん」こと、魔王ギガースの友人代表として、この国に危ない物が持ち込まれていないか検閲しに来ただけです。
もし危ない物を持ち込もうとしているのならば、この国の安全の為……そう、安全の為! 仕方なく!! 仕方なく、ね!! 本当はそんな真似したくないけど、安全の為に! 仕方なく! そう言った物を没収せざるを得ない訳です!!
はい、と言う訳で、俺の行いは一切悪くないですね? はい。
おっさんからは騒ぎ起こすなって釘刺されてるし、敵を殺すのはなしだ。貰うもの貰って……いやいや、「貰う」じゃねえや、「没収」するだわ、うん。
魔王スキル――――【全は一、一は全】を発動。
ガチンっと体の中で何かが噛み合い、強大な力が全身に巡る。
微かな全能感に身を委ねていると、心の奥の方から「この軍艦を粉々にして、魔族共を皆殺しにしてしまえ!」と凶暴な破壊衝動が湧きあがって来る。
「ミっ」
チッ。
暴れ出したくなる衝動を、理性で抑えつけて心の奥に押し戻す。
前々から破壊衝動が湧いて来る事はあったが、近頃はそれが露骨に俺を“喰い”に来ているような気がする。
それに……ずっとこの破壊衝動は【魔王】の特性から来ているんだと思い込んでいたけど――――本当に、そう、か?
湧き上がる衝動が大きくなればなるほど、何か……言葉に出来ない違和感が大きくなる。
「ミュゥ……」
ふぅ……。
やめやめ、考えるのヤメ。
出所がどこであろうが、強くなっていく上で避けて通れないのなら、もう覚悟決めて付き合って行くしかねえんだ。
抑えが利かなくなった時は……まあ、その時に考えよう、うん。
問題の棚上げ。いや、それが良くないのは知ってる。知ってますよ、知ってますって……。元の世界でこれをやって散々痛い目に遭いましたし……。でも、この問題に関しては一旦置いとくしかないじゃない。
はい、っつー訳で目の前の問題に思考を戻す。
さてっと……どう動くかな? と考えようとした瞬間、【星の加護を持つ者】の特性にくっ付いてる【アクティブセンサー】が勝手に起動して、頭の中に膨大な情報を捻じ込んで来る。
「ィッミャ……」
流れ込んで来る情報を処理し切れずに脳味噌がビキッと悲鳴をあげる。
ああ、くそ……【アクティブセンサー】は優秀なんだけど、性能が高過ぎるのが偶に傷。俺の方がその性能について行けてない。
目を閉じて収集箱のリストを開き、適当に目に付いた武器を装備状態にして空中に浮かべる。
【アクティブセンサー】が取得して来る膨大な情報を並列思考に割り振って、脳にかかっていた負荷を軽減……ヨシっと。
軍艦の中の情報に絞って検索。
めぼしいアイテムをピックアップして、そこまでのルートをマップで割り出す。
準備完了。
やっぱり【アクティブセンサー】は超絶優秀だな? これが有ると無いとじゃ、侵入時の苦労が雲泥の差だ。
1ヵ月、半年、あるいは1年……俺が今一瞬で手に入れた情報を揃えるに、本来ならばそれくらいの時間と手間をかけなければならない。
そう思うと……優秀ってか、もうコレはインチキのレベルだよなぁ……。
自分の持っている能力の強さに若干空恐ろしい物を感じつつ、忙しなく行き交う魔族達の足元を、スルスルと滑るように進む。
誰も足元をトコトコと歩く猫になんて気付かない。まあ、気付かれたら困るっちゃそうなんだが……。
「ミ~ミッミ」
ご機嫌に鼻唄を歌いながら硬い軍艦の廊下を歩く。
何と言うか……客船くらいしか乗ったことがないせいか、物凄く殺風景に思えるな? いや、これが船としては正しいんだろうけどもさ?
こんな楽しくない光景だと、船員だって参っちまうんじゃないの? 魔族連中はそう言うの大丈夫そうだけど、人間は――――あれ? そう言えばこの船って人間いたっけ?
歩みを止めずに、【アクティブセンサー】の情報をもう1度閲覧。
流石に細かい船員の情報までは見えないが、装備している特性くらいならば情報を拾ってきてくれる。
やっぱり居ないな……?
【魔族】の特性装備者しか船の中にはいない。
俺のような好き勝手に特性を付け替える事の出来る異常者がいるんでもなけりゃ、この船には魔族しかいないって事で間違いない。
おっさんの話じゃピーナッツは「魔族こそ至高」とかって選民思想な奴なんだっけ?
自分の大事な兵器に人間は乗せません、って事かな? それとも単純に、魔族の方が人間より体力有るからって話?
まあ、でも、どっちにしても、おっさんとピーナッツが話してた通り、魔族は海上での経験値が低い。
魔族が船で漕ぎ出そうとすれば、どっからともなく骸骨船長が来て襲い掛かって来るから――――まあ、それは良い。
問題なのは、海の上での技術力や経験値は圧倒的に人間の方が優れているって事だ。おっさんなら、間違いなくその辺を汲んで人間を乗せておく。
その辺りの取り回しが出来ないと言うのなら、ピーナッツはその程度の器って事だろう。
決してピーナッツを侮るつもりはないが、野郎がおっさん以上の魔王である可能性は万に一つもねえな、って話だ。
色々考えている間に目的の部屋に到着。
大きくはないが、狭くもない……六畳一間って感じの扉の無い部屋。
窓枠のような外に続く穴から突き出された筒。
筒の後ろに繋がれた金属っぽいチューブが、部屋の半分くらいを占領している……四角い箱……? 大き目のタンスくらいのサイズ感なんですが……?
これが噂の魔法の増幅器か――――。




