10-10 猫と赤鬼はピーナッツを出迎える
沖に並べられた、魔王ピーナッツの率いているっぽい軍艦10隻。
その真ん中の1隻だけが港に向かって、無防備に進んで来る。
そんな様子を、この国のトップであり支配者であるおっさんを中心に、国民である人間と魔族が見守っている。
まあ、見守っているのはそれ相応に偉い人間か、またはそれなりに戦闘に長けた者だけで、一般人はおっさんが「危ないから」と、家の中に引っ込めさせたが。
周りが、他国の魔王の接近に緊張だか恐怖だかで静かになる中、俺は特に気にする事もなく、おっさんの右肩でコソッとミィミィ鳴く。
「(本当に船近付けさせちゃって良いのかよ? 沈めるなら今がチャンスだぞ?)」
おっさんが、周りに聞こえないように唇を動かさない無声音で返す。
船を睨んで俺の方に一切顔を向けようとしないのは、ピーナッツを警戒してるからじゃなくて、単純に俺と会話しているのを周りに悟らせないように気を付けてくれているからだろう。
「必要無い。奴の方も、別に侵略しに来た訳ではなさそうだ」
まあ、そうね。
侵略や攻撃の意思があるのなら1隻で向かって来ずに、沖からあの大砲みたいな魔法の増幅器で撃って来ている。
「無防備に近付いて来ていると言う事は、アチラもコチラが攻撃しない事を知っているからだ」
「(まあ……他国の魔王の旗を掲げてるのに、いきなり攻撃はせんだろう)」
「お前以外はな」
そら、俺はするだろう。
モドキとは言え、一応勇者側の人間……じゃない、猫ですし。
実際、ここがおっさんの国じゃなかったら、問答無用で【審判の雷】を“連鎖起動”で100発くらい同時撃ちしていた。
それで船に乗ってる魔族は全滅。
まあ、ピーナッツは【魔王】の特性についてる【ダブルハート】の効果で蘇って来るから、船に【転移魔法】で突っ込んで、相手が状況を認識するより早く“デッドエンドハート”で心臓を粉々に吹っ飛ばして終わり。
我ながら完璧なプランじゃない?
全部沖で行うから、この国の魔族を【審判の雷】に巻き込む危険性は無いし、デッドエンドハートを見られる心配も無い。
終わった後は、アイテム全部回収して爆裂魔法か何かで粉々にして海に沈めてしまえば良いし。
「それに、我がここに居るのが見えているだろうからな? 『魔王同士の戦いを禁ずる』のルールのせいで我が何もしないのは分かっているのだろう」
うーん……。
この魔王対魔王を出来ないルールが地味に面倒臭いな? おっさんの立場を考えれば……って意味でも、同志討ちをさせられないって意味でも。
等と俺等が秘密の話をコソコソしている間に、軍艦は港に辿り着く――――。
近くで見るとでっか……。この大きさの船が入港して、海の中大丈夫なのかしら? 底の方地面擦ったりしてないかしら?
呑気に見上げながらそんな心配をしていると、船から橋が降りて来る――――が、その橋が地面に設置されるのを待てなかったのか、誰かが甲板から飛び降りて来た。
―――― 嫌な臭い。
魔王だ。
結構な高さから飛び降りたにも拘らず、ストンっと間抜けに思えるほど静かにそいつは桟橋に着地した。
銀色の髪……いや、髪じゃない。揺れる度に、ジャリジャリと金属が擦れ合う音がそこから響いて来る。髪じゃなくて、細い針のような物が髪の代わりに生えているのか。って事は、針鼠のような種族なのかな?
いや、待て。髪だけじゃないぞ! 口の中にうっすら見える歯……それに手の指が鈍色の輝きの鋭利な刃になっている。
もしかして……髪も針なんじゃなくて、極細の刃って事か? 全身刃物って事か? 物理耐久力や硬度は高そうだけど、そう言う意味で言えばガジェットの全身金属な体の方が上だろう。
……いや、まあ、そこら辺の分析は置いておくか。
背はそれ程高くない。
3mのおっさんの肩に居るから、相手の頭が遥か下に在る。ぶっちゃけ、普段見上げてばかりの俺としては、魔王を見下ろしているのはかなり気分が良い。
まあ、俺の優越感はともかく――――そいつがコチラに向かって足を踏み出す。
無防備、無警戒。
まるで子供が遊び相手に近付くように、自分が攻撃される可能性など爪の先程も考えていないような歩き方。
いや、実際攻撃される可能性が無い事を、この野郎は知っているのだ。だって……このクッソイラつく……ニヤニヤと……!! 俺を――――いや、違うな。おっさんの事を見下すような、それでいて嘲笑うかのような、相手の神経をゴリゴリとヤスリで逆撫でるような嫌な笑い方。
「久しいなギガース? 前回の魔王会議の時以来になるか?」
さも親しい友人に話しかけるような口調。
だが、その目の奥で……態度の端々が、言っている。「お前の事が大嫌いだ」と。質が悪いのは、この刃物野郎が相手にそれを隠そうとしない事だ。
「お前も俺が嫌ってるのは知ってるんだろ? だったら殴って来てみろよ?」と挑発している。おっさんが手を出せないのを知っているから、煽って来ている訳だ。
普通なら、こんな態度を見せられれば不快感と怒りで文句も言いたくなる……のだが、
「ああ。お前を我が国に迎えられて嬉しく思う」
受け流したぁああああッ!!
柔法も使わずに、相手の嫌味な態度を余裕ぶっこいて受け流したァああッ!! 流石おっさん! 人魔共生を掲げるだけあって器でけぇええ!! そして嫌味を受け流されて、器の小ささと底の浅さを露呈させたピーナッツの立場ねええ!!
クソッだっさ!! だっさ過ぎるっ!!
「ミャァッミィミィ!」
ヤバいってコイツクソ雑魚キャラ過ぎるって!!
ケラケラとおっさんの肩で笑い転げる。
「それくらいにしておけ」
おっさんの大きい手で軽くぺシッと叩かれてピタッと止まる。
「ミュッ」
ピーナッツが、おっさんの肩に居る俺をジッと見ていた。
反応無し……か。
煽ったのも笑ったのもほとんど冗談だ。……ゴメン嘘。半分くらいマジだったわ。
あれで反応無しって事は、コイツは猫語が分からんタイプの魔王か。もし分かるんだったら、警戒するなりコッソリ始末するなりしなきゃならんかった。
命拾いしたなピーナッツ。
「フンっ、魔王ともあろう者が、そのような矮小で脆弱なペットを連れているとは、恥ずかしいとは思わんのか? ああ……すまない。魔族と下等な人間が共生できるなどと馬鹿馬鹿しい有り得ない事を語る阿呆には、魔王のプライドや格など語っても無駄だったな?」
おやおや……無言の嫌味が受け流されたものだから、直截な嫌味に切り替えて来ましたよ?
……にしても、“矮小”で“脆弱”と来ましたか?
その言葉を特に否定しようとは思わない。
実際俺は、子猫で、しかも全然大きくならない矮小な存在だし、通常モードではそこらの雑魚魔物の1撃で死亡しかねない脆弱な存在だしな。
おっさんと顔を見合わせる。
「ふむ……まあ、矮小なのはそうだな。だが、脆弱なのは間違――――」
「ミャっ」
「――――い、ではない。と言う事にしておこう」
「……なんだ、その含みのある言い方は?」
「気にするな。本人から止め――――」
「ミャっ!」
「――――られる訳はない、うむ。気にするな」
嘘下手クソか!?
バカがつく程の正直者はウチの弟子1人で十分なんですけどぉ!?
ほらぁ! ピーナッツが「なんだコイツ、遂に頭がおかしくなったのか?」みたいな、ヤバい物を見る目で見てるし!!




