10-8 港町の夜
日が暮れて暗くなった港町。
まあ、暗くなったと言っても、この国の町は何処に行っても大抵夜も元気らしいが。
他の魔王の支配する町は、大抵陽が落ちれば静かになるものだが、この国では「え? 陽が落ちた? じゃあこれからもうひと騒ぎな!!」と言う感じのノリである。
今が国の一大祭事である闘技会の真っ最中と言う事もあり、町の何処に行っても店が火を付けたままにしている。
元の世界では夜も明るいなんて当たり前の事だったが、こうしてそれが非日常であると体感している身としては……何と言うか嬉しいと言うか、テンションが上がる。
そして、そのテンションに任せて、おっさんと2人(1人と1匹)で、食い倒れツアーを勝手に開催し(全部おっさんの奢り)、胃が破裂せんばかりに肉やら魚やらを食いまくった。
途中で、子猫を連れ歩く強面の魔王に「可愛い」などとコメントされていたが……まあ、それは気にしないでおく。
「久方ぶりに、心ゆくまで食ったな……」
俺を肩に乗せたおっさんが、町の出口に向かいながら腹を擦る。
そんなおっさんの肩でグデッとしている俺。
やはりおっさんは肩幅広くてガッシリしてるから、何と言うかミニサイズの俺には座り心地が良い。
「(おっさん結構大食いだったんだな?)」
俺も子猫の体にしては相当食ったと自負しているが、おっさんの食いっぷりに比べれば可愛い物だ。
昼に魚食った時はそこまで大食いだとは思わなかったんだけどな……?
「うむ。普段は体が重くなる故、過度に食べないように気を付けているのでな? あまり周りには大食漢とは思われていないのだが」
だが、まあ、考えてみれば、この体の大きさなのだから相応に食うのは当然だろう。
全身筋肉で贅肉付いて無さそうだしな?
「(今日は調子に乗って食っちゃいましたか?)」
「食っちゃいましたな」
食い過ぎで苦しいのか、おっさんが「フゥっ」と大きく息を吐く。
「では急いでブルムヘイズに戻るか。お前は明日試合だろう?」
「(朝っぱらからな……。この強行スケジュールなんとかならんの?)」
「それは我ではなく闘技場の管理者に言え。闘技会のスケジュールまで我が管理している訳ではない」
「(国を支配してる魔王なのに……)」
「国を支配している魔王だがな……」
潮の匂いの混じる心地良い夜風に吹かれながら、おっさんが早足気味に門を出ようとした瞬間、
―――― 嫌な臭い
満腹感で気持ち良く蕩けていた感覚が、冷や水を浴びせられたように目を覚ます。
臭いのした方向――――海の方にバッと首がねじ切れる勢いで振り返る。
おい、待て……この臭い……。
「どうかした――――むっ!?」
一瞬遅れておっさんも何かに気付いたようで、俺と同じ方向に視線を向ける。
今までの、どちらかと言えば“温和”な感じの目ではなく、何かを警戒する鋭い鬼の目。
「…………」
「(…………)」
無言のまま2人で視線を交す。
「(なあ、もしかしてここにおっさん以外の魔王って居る?)」
そうだ。
この臭いは……魔王特有のヤバ気な臭いだ。
俺の問い掛けに、おっさんが更に目を鋭くしながら返答する。
「いや、居ない。少なくとも、我のところには他国の魔王が来るとは報告が来てない」
「(って事は?)」
「本当に居るのだとしたら密入国だな…………いや、だが、この魔力波動……居るな」
「(だよね……)」
だって、魔王の臭いするし。
近くにおっさんが居るから臭い強くて誤魔化されそうになるけど、間違いなくおっさんじゃない別の魔王の臭いだ。
いや、でも、少し遠いな? 距離的には300mか、それ以上って感じか?
元々臭いに敏感で、かつ【魔王】の特性で感覚器官強化されてる俺じゃなきゃ気付かねえよ……ああ、いや、おっさんも気付いてんのか。流石上位の魔王。
「こんな微弱な魔力波動を良く気付いたな?」
「(魔力波動たらが何かは知らないけど、猫だから鼻が利くんだよ俺)」
「なるほど」
「(それより、行かなくて良いの? 他の魔王が居るんだったら、おっさんが出張らないといけない場面じゃない?)」
「もっともだ。お前も付き合うか?」
他の魔王か……。
この臭いはアビスじゃない。あの野郎の臭いは忘れたくても忘れられないからな。
それに、そこまで格上なヤバい臭いって感じじゃない。
俺の経験と感覚で判断するに、多分だが、おっさんどころかバグなんたら以下……“帰還組”じゃねえな? 新参組の誰かだろう。
最古の血じゃない事は間違いない……と思われる、多分。
そう言う事なら、近付いてコッチの顔見られてもそこまで危険は無いよな?
だったら、その魔王の面を拝んでおくか? どうせその内ブチ転がす事になる相手だし、面拝んでおいて損は無い。
「(邪魔じゃないなら)」
「問題無い。鎧を出していないお前なら、奴も剣の勇者だとは気付かんだろうしな」
奴?
「(もしかして、密入国魔王の正体が分かったんか?)」
「うむ。この魔力波動は、恐らくヴァングリッツだ」
言いながら、巨大な体に似合わぬ素早さでノシノシと港の方に走り始めた。
ってか……ヴァングリッツ?
「(それって、例のおっさんの事嫌ってるって言う奴?)」
「そうだ」
おっさんの事が嫌い……と言うか、人魔共生を押しているこの国の事が嫌いなんだっけ? そのヴァンなんたらさんは。
だが――――これは、とても悪い予感がする。
魔王の間での入国審査がどうなってんのかは知らないが、国のトップであり支配者である魔王が、そう簡単にポンポン他国に気軽に足を踏み入れるなんて出来る訳ないのは間違いない。
しかも、そのヴァンなんたらはこの国とおっさんを嫌っている。
嫌っている国に、不法に立ち入って来るなんて……そら、もう、悪い予感しかしないですよ、ええ、本当に。
「(そのバンパーだか、ピーナッツだか言う魔王は何しに来たんだ?)」
「2つとも名前がかすりもしてないぞ……。ともかく、良い予感はしないな? 大抵の事なら伝令でも出せば済む。それを敢えてヴァングリッツ自身が来たという事は何かしら大きな意味があるだろう」
「(しかも、おっさんに内緒でコソコソ来た訳だしな?)」
「そう言う事だ」
これはいよいよ怪しい……ってか、キナ臭い感じになってんじゃない?
「(おっさんの暗殺しに来たって可能性は?)」
「無いな」
即答。
ピーナッツの事を信頼してるって訳じゃないが、「そんな事は起こらない」と確信している顔と声。
「前に言った通り、魔王同士の戦いは禁じられている。それを破れば、他の魔王達が即座にルールを破った魔王を狩りに動くだろう。無論アビス殿達もな」
もし仮にアビスや他の最古の血に狙われたら、どれだけ実力に自信がある魔王だろうと確定死だ。
仮にピーナッツがおっさんを暗殺しに来て、それが万が一にも成功したとしよう。しかし、魔王を暗殺したのが自分であると特定されればその瞬間に全てが終わる。そんなリスクを負う訳ないって事だ。
「ヴァングリッツは強かな男だ。仮に我を狙うのだとしたら、自身が動く様な危険はまず冒さない。別の魔王を炊きつけて実行させるような奴だ」
なるほど。
「それに、奴は我が最古の血の方々同様に魔力波動で相手を認識出来る事を知っている。暗殺なぞ出来ない事は百も承知だろう」
「(……とすると、本当に何しに来たん? そのピーナッツは)」
「分からん。直接会って確かめるしかあるまい」
その為に走っている、と続けながら、更に足の回転を速くする。
「と言うか……」
ジト目で、右肩に乗っている猫を見る。
「お前……まさか、ピーナッツ呼びで通すのか……?」
うん。




