10-2 裏通りにはイベントがいっぱい
某ロールパン頭と別れてから、特にする事もなくブラブラとブルムヘイズの町を歩く。
この町はデカイ。
どれくらいデカイのかって、1日歩き回っても町の3分の1も回れていないってくらいにデカイ。
大きな通り沿いは昨日の間にほとんど見て回ったけど、裏通りは全然まったくちっとも入ってない。
と言う訳で、上手い飯屋か、珍しいアイテムを転がしてる店でも見つかれば良いなぁ……と淡い期待を抱きながら裏通りに入ってみる。
元々人の集まる大きな町な上に、現在は今季の闘技会――――御祭の真っ最中で、どこもかしこも大賑わい……と思っていたのだが、流石に裏通りにまで人はそこまで流れて来ないか……。
「閑散としている」って程じゃないが、大通りに比べれば明らかに人通りが少ない。
まあ、でも、人多過ぎても歩き辛いし、店を見て回るだけでも苦労する。だから、このくらいの方が俺は有り難いけど。
「あっ、剣の勇者だ!」
通りの先から走って来た子供達に指をさされる。
まあ、その……この事情もあるからね?
ただでさえ目立つ全身金色の鎧なのに、闘技場でガッツリ勝ち抜いて注目されているものだから、人目を引く事この上ねえ。
握手を求められて、「はい、どーも」と心の中で塩返事をしながら子供達の手を握る。
そして、女の子の1人が握手している隙に、鎧の肩で丸くなっている猫に手を伸ばして来るので、魔王と戦ってる時くらいの俊敏さで逆の肩に逃げる。
「あっ! 猫ちゃん逃げないで!」
いや、逃げるよ。
逃げるに決まってるでしょうが!? 子供怖い! マジで超怖い!!
アザリアの“猫可愛がり”が可愛く思えるくらいのヤバい“可愛がり”をして来やがるからな!!
一撫ですらさせない猫に「猫ちゃんのケチ!」とぷりぷり怒った子供達が去って行き、俺は裏通り探索に戻る。
暫く歩いていると――――
「ΣΛ◆Λ!!」
何か騒がしい。
様子を見に行くと、2m以上有る巨人が飲食店の中で騒いでいた。
「Φ☆αΛΛΘっ、ΛΘΔΝ!!」
……けど、何言ってるか全然分かんね……。
この国の奴は、人も魔族も全員共通語で話す。だから俺にも言葉が分かる。
別の言語で話してるって事は、他国の魔族か?
人通りが少ないと言っても、騒ぎが起きれば野次馬が集まる訳で……店の周りには小さな人だかりが出来ていた。
ここが他の国だったら、絶賛イキり中の魔族を見に来るなんてしないだろうに。この国は人魔共生なのは良いんだが……他国の魔族にまで警戒心が薄くなってるのはまずくないか?
その野次馬達が、俺に気付いて声をあげる
「ぉわっ、金鎧!?」「剣の勇者だ!?」「あれが!? 初めて見た……」
一応「どうも」と軽く手を向けて挨拶しておく。
そんな外での騒ぎに、店内で騒いでいた巨人が気付いてコチラに振り返る。
「ΦΘα……!? ΣΛΔ剣の勇者Σ◆!!」
俺に向かって何か叫ぶ……が、やっぱり何言ってるか分からん。いや、でも「剣の勇者」って言ったよな? 言語違っても単語は同じとか、かな?
巨人は、俺を見るなり店内での騒ぎがどうでも良くなったのか、ドアを蹴破るような勢いでで路地に出て来る。
「ヒッ!」「ひゃぁ!」
流石にあの剣幕の魔族は怖いらしく、野次馬達が10m先まで逃げて行く……が、それ以上離れようとはせずにコチラの様子を見ている。
…………野次馬根性逞しいなこの人等……。
一方、店から出て来た巨人の魔族は、俺の……と言うか【仮想体】の前に立って蔑むような目で見下ろしながら、ギャーギャーと何かを叫んでいる。
「ΣΛΛΦв▼〒Σ!!」
何言ってるか全然分からんが、多分「魔族の敵め!!」とか、「忌々しい!」とか、「マ●カーのトゲゾ●ってドンケツにとってはハズレアイテムじゃない?」とか、まあ、そんな感じの事を言っているんだろう。
「ッッαΛ☆в!! ΓΠΔ!!」
唾を吐き散らしながら、武器に手をかける巨人。
え? いやいや、それを抜くのはマズくない?
武器抜かれたら、流石に俺も反撃しなきゃならなくなるのよ、立場的に。
この巨人、他国の魔族だよね? って事は、おっさんとは別の魔王の配下の可能性が高い。それをおっさんの国で、勇者(偽)がぶち転がすって色々マズイでしょ……。
まあ、転がすつっても、死なない程度にするにしたって……ねえ? 親玉の魔王の所に「勇者にやられました!」って報告されたら、どう考えてもその魔王が俺に喧嘩売る口実になる……いや、俺に喧嘩を売るなら良い。どうせ勇者モドキの俺は、事情が有ろうが無かろうが魔王に狙われる身の上だ。
けど、それがキッカケで、おっさんとその魔王との仲が悪くなって国家規模での揉め事にでもなったらマジで笑えない。
……ああ、いや、でも、魔王同士での戦いは禁止してるっておっさんが言ってたっけ? じゃあ、そこまで大きな話にはならんか……。
つっても、いちゃもん付けて来る可能性はあるしね? やっぱり穏便に済ませるに越した事はない。
叫び散らす巨人に手の平を向けて「まあまあ落ち着きなさいよ」と雰囲気で言ってみる。
「◆ΛΝッ!!」
ダメだこれ、むしろ怒っちゃった感じだわ。
どうしよう……? 今からでも見なかった事にして静かに立ち去ると言うのはどうじゃろうか? 無理ですか? 無理ですね。
アホな事を考えている間に、巨人の怒りのゲージが振り切ったらしく、顔を真っ赤にしながら、腰の剣を抜こうとする。
しゃーない、ですねっと!
「ミィ」
一声鳴いて【仮想体】を動かす。
俺の意識に即座に反応し、金の鎧が自然な動きで一歩踏み出し、巨人の腰の剣の尻を片手で叩いて鞘に押し戻す。
同時にもう片方の手を伸ばして巨人の喉を軽く掴む。
あくまで“優しく”だ。相手の首を圧し折るつもりはないし、首絞めて窒息させる気もない。
ただ触れる程度に喉を掴んで居るだけ。
だが、それで十分だ。
敵意を向けている相手に首を掴まれるってのは、それだけで体が震える程の恐怖だ。その恐怖心が、この巨人のカッカした頭に冷静さを取り戻させる。
暴力振るわずに収拾つけるには、相手に退いて貰うのが1番早い。そして「恐怖」は、生物が逃げる最大の理由である。
え? 首を掴むのは現代的には暴力? いえいえ、ここ現代社会ちゃうし、相手人間ちゃうし。って言うか、コッチも掴んでるのは生物じゃないし。ね? アレよ? 言ってみればマフラーを首に巻いてるのと同じ事よ? だから全然まったくちっとも暴力じゃないのよ、うん、本当に。ね?
心の中で、特に意味の無い言い訳を一生懸命並べる俺。
一方【仮想体】に剣と首を押さえられている巨人は、指先1つ動かさずにプルプルと震えている。
まるで、「少しでも動けば殺される!」って感じ。
さっきまで殺気混じりだった目が、一瞬で怯えた小動物みたいになってて……なんか、絡まれてる俺の方が「ごめんなさい」って言いたくなってしまう。いや、実際には言わないけども。
「凄……」「何今の……?」「全然動きが見えなかったぞ……!?」「勇者凄……闘技場での活躍は嘘じゃないんだ……」
野次馬達が称賛の声をくれる中、その人波を掻き分けて誰かがコチラに向かって来る。
「ちょっ、皆どいてくれ! 通してっ、通してくれ!」
どっかで見たような、二足歩行の虎だった。
正確には、虎とよく似た獣人型の魔族。
「他国の魔族が騒ぎを起こしていると通報を受けて来た!」
人波を越えるや否や、金鎧と、その手に首を掴まれている魔族を見てギョッとする。
「ちょっ!? ちょっとぉおおお!? な、なな、なんで剣の勇者殿が!?」
それはね虎君?
俺にも分からない。




