1-28 自分らしく、猫らしく
夕刻を告げる鐘の音で目を覚ます。
陽が傾いて町が冷え込んできているが、猫団子の真ん中で寝ている俺に隙は無かった。
ん~…よく寝た~。
ガッツリ不貞寝……いや、色々収穫有った事に気付いて良い気持ちで寝られたから、普通の昼寝だな……まあ、ともかく昼寝したお陰で元気いっぱいです。
………元気いっぱいなのは良いんだが……なんか騒がしくない?
いつものこの時間は、皆が家に引っ込んで町が静かになり始める筈なのだが、今日は表通りの方がガヤガヤと騒がしい。
祭りか何かやってんのか?
周りの猫達を起こさないように猫団子から脱出し、1度伸びをしてから表通りに向かう。
暗い路地を抜けて表通りに出ると―――人波が流れていた。
やっぱりお祭りか? と思ったが、そうではないらしい。何でって? だって、歩いている皆の顔がヤバい位に暗いし。
死刑台に上がる囚人みたいな顔してるぞこの人等……大丈夫か?
気になるので、人波を追いかけて俺も歩く。
10分程歩いて―――
辿り着いたのは魔族屋敷の前にある広場。
夕暮れに照らされた広場は、まるで燃えるように赤く染まり、広場を囲む魔族達の姿は差し詰め真っ赤な炎を纏う悪魔だった。
魔族が居るのはチとマズイですな? ……昼に屋敷脱出して来たばかりだし、もしかしたら屋敷に侵入して見張り2人をぶっ殺した犯人が俺―――ってか、猫だって気付かれてるかもしれないし。
踏み潰されないように気を付けながら、広場に続々と集まって来る人々の足元に隠れる。【隠形】は使わない。使うと、人が気付けずに踏まれそうだしな。
……一応言っておくけども、スカートの女性の下には隠れたりしてませんよ? よしんば隠れたとしても上を見上げるような失礼はしないよ、元人間として。
暫くの間、広場に人が集まるまでの待ち時間。
広場に来た人間は皆一様に口を閉じ、出廷した被告人みたいな顔で微動だにせず立っている。
マネキンに囲まれているような気持ち悪さを感じつつ、俺も魔族に見つかるとヤバいのでジッとしている。
俺が少し眠気を感じ始めた頃、ようやく人が集められた理由が判明した。
「聞け! 愚かな人間共!!!」
猫の目線では姿が見えないが、屋敷の方から偉そうな声だけが聞こえる。
【バードアイ】を使えば喋っている奴の姿を確認出来るが、屋敷を覗こうとして逆探知された事が頭を過ぎって止めた。
ただ、まあ、姿を見なくても、あの偉そうな物言いは魔族だろうって事だけは分かる。
「今日貴様等を集めたのは、私の怒りと悲しみを伝える為である!」
怒りと悲しみ?
え? 何? 失恋しました的な話? 皆に聞いて貰う事で気持ちが軽くなります的な?
「先日、我が屋敷に人間が侵入した!」
人間達がざわつく。
「馬鹿な事をする!」と怒る者。小さな声で「よくやった」と称賛を送る者。何かを諦めたように笑う者。
色んな声が入り混じる。が、それを気にした様子もなく魔族は続ける。
「私達魔族は、貴様等との良好な関係を築こうと心を砕いて来た。だと言うのに、これは明確な裏切りである! 私はとても憤慨し、そして同じくらいに悲しい」
何、良好な関係って? 良好って言葉を辞書で引いてから出直して欲しいわ。
「故に―――明日、その侵入者の処刑を行う!!」
え!? 急展開!?
処刑って、処刑って事ですよね!? ………いかん、動揺し過ぎて馬鹿な事を思ってしまった。
侵入者ってのは間違いなくユーリさんの事だよな? このタイミングで処刑の告知が来たってのは、間違いなく俺が侵入した事が何かしら関係してる筈だ……。
くそ……ヤバいな……。
「場所はこの広場で、時刻は昼の鐘と同時に」
しかも公開処刑なの!?
おい、ふっざけんなよ!? ユーリさんを皆の前に引き摺り出されたら、コッソリ助け出すなんて不可能だ。助けようとするなら、魔族と直接戦闘で奪い返すしかなくなるじゃねえか!?
魔族の話は続く。
「だが、私は慈悲深い」
自分で言うな。と言うツッコミは仕舞っておく。
「貴様等も、同族が罪人として死ぬ姿を見るのは心が痛むだろう? そこで―――1つ提案だ。貴様等が、何か私の心の響く様な貢物をするのなら、侵入者は無事に解放しよう。その後侵入者をどうしようが、それは貴様等の自由だ」
うわっ……そう来ましたか。
魔族は「盗んだ物を持ってくれば、人質を解放してやる」と俺に言っているのだ。
制限時間は処刑が決行される昼の鐘―――正午までだ。それまでに返せって事かい。
……まあ、急かされたところで持って行く気なんてまったく無いんですけどね。
いや、別にビビって自分可愛さに言ってる訳じゃない。
確かに、のこのこ俺が神器と深淵の匣を持って行ったら、間違いなく「待ってました!」と魔族達にリンチされて終わりだろう。だが、今の問題はそこではない。……いや、俺の命に関わる事だからそれも問題なんだけどさ……。
仮に俺が魔族に盗んだ物を渡したとする。するとどうなるか?
魔族達は「ふははは、馬鹿め!」と高笑いしながら、俺の目の前でユーリさんをぶっ殺す訳だ。そして次は俺の番。
はい、終わってますね。
持って行ったって、絶対何も解決しねーのが目に見えてるよ! むしろ持って行ったらその瞬間に色々終わるだろう。
「では、明日の昼の鐘が鳴るまで暫しのお別れだ」
話が終わったのか、話していた魔族が引っ込む気配。
集められていた人間達が目に見えてホッとしている。多分、話していたのは魔族の中でも偉い奴で、そいつの事を人間達は相当ビビってるって事かな?
広場から人が散り始めたので、俺もその流れに乗って広場をあとにする。
………どうしたもんかねぇ……。
トコトコと当ても無く町を歩く。
正直、ここまで来たら手が出せなくないか?
明日処刑って宣言したって事は、それまでの警備は今までの比じゃないくらいガッチガチになっている筈だ。当然ユーリさんにも何人もの魔族が張り付く。
もう1度侵入するなんて無理だし、まして気付かれずにユーリさんを連れ出すなんて不可能だ。だからと言って直接戦闘で突破する……なんて、もっと無理じゃない?
助けるタイミングがあるとすれば、処刑台に上げられた瞬間か?
流石にそこまでは魔族が何人も張り付いてる事なんてねーだろうし。ただ、処刑台の周りには人や魔族が囲んで居る。
戦闘はどうやっても避けられないから、周囲の人間に被害が出る事も覚悟しなければならない。
……ユーリさんを助けたいって言うのは、俺のせいで捕まったって言う罪悪感から来る、俺の自己満足な行為だ。それに他人を巻き込むような事になるのは、是か非かって話。
正直、ここで止めちまって良い気がしないでもない。
俺が猫の体でやれるところまではやった………まあ、それで事態が良くなったかと言えば……アレですけども……。
それに―――連中が、敢えて町中の人間を集めてあんな処刑宣言したってのは、俺の正体が分かってないからだと思う。
もし俺の正体に気付いてんなら、あんな事する前に町中の猫を捕まえて回ってる筈だ。って事は、騒ぎが収まるまで、ただの猫のふりしてれば俺は安全って事。
心がどんどん逃げる方向に向かっているのが自分でも分かる―――
だって……怖い。
この町に居る魔族の詳細な数は知らないが、多分100人以上は居るだろう。その全てを相手にする事になる訳で……怖くない訳が無い。
諦めたって、そりゃ仕方無いじゃん? だって俺、ただの猫だし。
うんうん、しょうがねえよ。
だって魔族だぜ? 人間ですら平伏す異形の化物を、こんな子猫でどうにか出来る訳無いじゃん。
納得する。
逃げる事に納得する。
何も見なかった事にしよう。
何も聞かなかった事にしよう。
どうせ俺には何も出来ないから。
よし、納得した―――筈なのに……心の中で、人間だった俺が囁いている。
――― お前は、本当にそれで良いのか?
その囁きに呼び起こされるように、脳裏に地下室に繋がれた姿が浮かぶ。
息をするのも忘れる程の逡巡。
良いのかって?
これで良いのかって?
――― 良いわけねーだろうがっ!!!
俺が危なくなるのも、誰かを巻き込んじまうとかも……全部、知るか!!
やるべき時に何もやれない程の根性無しか、お前は?
違うだろう!
たとえ今が根性無しなのだとしても、今、この瞬間が、それを捨てる時じゃねえのかよ!
今の俺は、ただの猫だ。
だったら、猫らしく、やりたい事をやってやる!




