9-26 本気×2
赤鬼の動きが変わる。
先程までの動きをギア1とするのなら、構えてからの動きはギア3か4だ。
速い……そう速くなってる。
けど、それ以上に動きのキレがヤバイ。
さっきまでは阿修羅の攻撃を受けてから、隙を見て拳を叩き込んでいた。それなのに、今は阿修羅の攻撃1つ1つにカウンターをきっちり返している。
そして何よりヤバイのが――――火力!
さっきまでの普通の拳では、耐久力増し増しになった阿修羅の腹に穴を空けるのがやっとだった。しかし、“魔導拳”とか言う技で魔力を纏わせた今の拳だと1撃当てるごとに阿修羅の体が“半壊”する。
赤鬼の拳が当たった場所を中心に、波のように衝撃が駆け抜けて、風が雲を散らすが如く阿修羅の体が黒い霧になって吹き飛ぶ。
体が半壊する度に高速再生で一瞬で元通りになり、すかさず赤鬼への攻撃を再開するのだが、それをカウンターを合わせられて再び体の3分の2が吹き飛ぶ。
そんなやり取りを、5回、6回、7回と絶え間なく続けている。
…………ヤバイわ。
何がヤバいって、俺の出る幕が無い事がヤバイ。
気合い入れて【全は一、一は全】を発動させたのに、何もせずに終わりそうな勢いなんだけど……。
赤鬼マジでクッソ強いんですけどぉ……。
バカスカ殴っているけど、多分だが、赤鬼はこれでもまだ本気出してない気がする。
必死さ? が足りないような気がするし…………それに、なんだろう? 構えが微妙に硬い気がする。
もしかして、あのシンプルなボクシングスタイルは赤鬼の本来の構えじゃねえんじゃねえかな?
いや、でも、俺の推測が正しいとすると恐ろしいぞ……。
この戦闘力で、まだ本気じゃないって……どんだけよ?
“本気の構え”をしたら、いったいどこまで戦闘力が上がるのか想像もつかない。
「む」
赤鬼の視線が一瞬、目の前の阿修羅から離れる。
集中を乱した――――訳ではない。
状況が変わった。
敵が、目の前の1匹だけではなくなった。
赤鬼に殴られる度に阿修羅から飛び散っていた黒い霧が、四散せずに俺達を囲むように円状に集まっている。
その黒い円の中から、数え切れない程の黒い手が伸びて来る。
1つ1つは阿修羅の腕よりもずっと細い。普通の人間の腕と同じくらいなのだが……とにかく数が多い!
そして、その無数の腕が、解けたチーズ並みに伸びて……これは、うん、マジで無いわぁ……。
一昔前のお化け屋敷なら、障子を突き破ってこう言うのが飛び出して来た物だが……今の進化したお化け屋敷じゃ、まず見れねえなぁ……。
と、どうでも良い事を考えて若干現実逃避してしまう程気持ち悪い。
だが――――現実から目を逸らしている場合ではない!!
優に400を超える黒い手が、四方八方から俺と赤鬼に殺到する。
俺の方に向かって来た腕は片っ端から切り落とす。
硬度は阿修羅程じゃない。
スピードも然程じゃない。
ただ……パワーは有りそうだな?
俺に向かって来た数は大した事ないから対処出来ている。
問題なのは赤鬼の方だ。
阿修羅の奴がそちらの方が脅威度が高いと認識しているのか、細い腕の殺到率が圧倒的に高い。
半分くらいは凄まじい速度で捌いているが、残りの半分くらいにはボコスカ殴られている……が、ダメージを食らっている感じはしねえなぁ……。
もしかして赤鬼、体が硬いだけじゃなくて……【物理耐性】とか持ってない? じゃなきゃ、あそこまでの無敵っぷりが説明出来ない。
しかし、群がる腕達は、ダメージの無い攻撃を繰り返してくれる程馬鹿じゃなかった。
すぐさま行動を切り替える。
「ぬっ!?」
“攻撃”から“拘束”へ。
赤鬼の腕や足に、何重にも腕が巻き付いて掴み、行動の速度と精度を確実に奪う。
「クッ――――」
何とか引き剥がそうと頑張っているが、その間にも腕が増えて更に拘束がきつく、厚くなっていく。
そして、動けない赤鬼目掛けて、阿修羅が武器を振り被る――――
「ミャァアアアアアッ!!」
その阿修羅を、【仮想体】が全力で蹴り飛ばす。
っしゃぉらあああああっ!!
【全は一、一は全】状態の俺のパワーは、通常時の比ではない。そして、勿論【仮想体】にもその強化値は乗っている訳で。
強化阿修羅だろうが、容赦なく吹っ飛ばす!!
俺をシカトぶっこいてんちゃうぞハゲコラッ!!
ついでに――――
「(退けぃっ!!)」
赤鬼に巻きついている腕を、旭日の剣でバッサバッサとぶった切る。
「(おっさん1つ貸しな!)」
「先程鎧を受け止めてやったのだから貸し借り無しだろう」
「(……あれはサービスでは?)」
「では、これもサービスだろう」
「(ケチ臭いな……)」
「どちらがだ」
言ってる間に、俺達を取り囲む黒い霧の円から、次々と腕が再生されて場に戻って来る。
増える。
更に増える。
数え切れない……ってか、数えるのがしんどくなる数。
「どうする?」
赤鬼の方からそれを訊くとは……。
まあ、良いさ。
少しだけ――自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが――対抗心が湧いて来たしな?
「(ここは、おっさんの国だ)」
「うむ、そうだな」
それがどうした? と続けようとしている赤鬼の言葉を遮る。
「(だから――――大将首は譲ってやる)」
振り返って、阿修羅に背を向ける。
巨大な阿修羅に変わって、俺の目の前には虫のように群がる黒い腕。
「(鬱陶しい取り巻きは任せろ。“俺の土俵”を荒らされて、ちょっと頭きたから、俺が相手する)」
「だが、どうやって?」
問われて一瞬躊躇する。
だが、一瞬だ。
すぐにその躊躇いは、体の奥底から沸々と湧いて来る破壊衝動で消えた。
「(おっさんの“正々堂々”の精神を汲むつもりはない。だが、そうだな……これは迷わず俺に“本気”を見せたおっさんへの敬意だ)」
閉じていた収集箱の蓋を開ける。
武器が――――自らの意思を持ったかのように、喜んで外に飛び出す。
一瞬。
瞬き1つの間に、空間を埋め尽くす武器の群。
「これは……!?」
赤鬼が息を呑んだのが分かった。
俺は近いうちに、この魔王と戦わなければならない。だから、その前に手の内を――――それも奥の手を晒してしまうのは、どう考えたって阿呆か馬鹿のする事だ。
そうだ。
だから、これは、俺の、阿呆で、馬鹿な、ただの意地と、我儘だ!
「(あの世で自慢しな――――本物の軍団を!!)」
数多の武器が、俺の意思に応えて、周囲の腕の群れを牽制するように刃をピタリをロックオンする。
その光景を見て、赤鬼はフッと顔を崩すと、声を出して笑った。
「ハハハハハっ、なるほど! これが、お前の奥の手……と言う訳か。戦争の折り、バグリースがこのように武器を操る姿を見た事があるが、これはそれ以上……いや、比べる事すら失礼なレベルだな?」
一頻り笑うと、猫を見る。
どこか面白い物を見る子供のような……それでいて、挑戦的な獣のような……そんな目。
「お前が奥の手を見せたのならば、我も見せぬ訳にはいくまい」
言うと、構えを一旦崩し、静かな呼吸を共に1から構えを作り直す。
肩幅に足を開き、腰を落とす。
左を前にして半身に構え、左手は開いたまま低く、右手は拳を握って腰だめに。
この構え……見た事有る。
アビスが最後の1撃で一瞬だけ見せた奴だ。
「“纏光”」
ドンッと空気が弾ける。
赤鬼の全身から凄まじい黒い魔力光が噴き出し、それが体の表面に張り付くように留まる。
さっきまで拳だけに纏わせていた物とは違う。
もっと深い奴だ!!
ビリビリとした圧力が空気と大地を震わせる。
凄ぇ……魔力光自体には何の力もないのに、濃過ぎる魔力が物理的な力になって世界に干渉してんのか……!?
「阿修羅よ、お前が何故ここに存在しているのか我は知らん。この地の溜まった瘴気に引き寄せられて来たのか、それともここの瘴気から生まれたのか……。どちらにせよ、哀れな存在よ。その“生”を……いや、その“死”を、我が拳にて打ち砕く!」
チラっと俺に視線を向けて、笑う。
「我と剣の勇者の“本気”は、冥府への手向けとして持って逝け!!」




