9-25 本腰入れる
阿修羅の7本腕をフルに使った、息つく暇も無い程の超高速連続攻撃。
それを、赤鬼は当たり前のように左手1本で捌く。
極小のモーション。
一切の無駄が無い足と手の動き。
分かり辛いが、攻撃を受ける時に、それに合わせて細かい重心移動もしている。
傍目に見れば、簡単に……適当に、パシパシと阿修羅の武器を弾いているだけのように見えるが、実際は凄まじい技術の凝縮された、生半可な修行では真似できない達人技。
首から生えた黒い腕の攻撃を、手の甲で押し退けるように捌いたところで、阿修羅に拳1つ叩き込める隙が生まれる。
赤鬼はそれを見逃さない。……いや、その隙は、赤鬼が始めから狙っていた隙だ。
「ふっ!!」
容赦の無いボディーブロー。
先程のように、ゴギンッと拳が阿修羅の腹にめり込む。
だが、さっきとは違う。
半身が吹き飛ぶような事はない。
腹に拳1つ分の穴がぽっかり空いただけ……!?
「むっ!」
ダメージが浅く、阿修羅の動きが止まっていない。
即座の反撃――――
「(おっさん、避けろ!)」
1つ、2つ。
予想外の反撃にも、赤鬼は特に慌てる事なく淡々と攻撃を受け流す。が、先程までのような動きのキレが無い。どこか手や足捌きに濁りがある。
だが、そこから立て直そうにも後方に逃げるだけの余裕が無い。
だったら――――その余裕は俺が作りましょう!
【仮想体】がドンッと地面が抉れる程の踏み込みで突っ込む。
走りながら天術を発動。
【拘束術式】
阿修羅の足元の地面から光る紐が伸び、体と7本の腕をそれぞれに締め上げる。
しかし、拘束の天術を気にするような事もなく、阿修羅は平気で動く。
馬鹿かコイツ!? ちょっとパワー凄過ぎじゃない? コッチは魔王の魔力で天術放ってんだぞ!? 並みの奴なら拘束するだけじゃなくて締め殺せるくらいの拘束力があるってのに!
無視されるとムキになる!
じょーとーだオラッ! テメェ、意地でも手と足を止めさせてやんぜ!!
【縛鎖】
【拘束術式】と絡み合うように、地面から錆びた鎖が生えてきて阿修羅を縛り上げる。
若干動きが鈍くなるが、まだデカブツが動く。
絡め取れねえなら、コイツはどーよ!
【グラビティ】
重力魔法。
でかいって事はそれだけ重いって事だ。
重力魔法は相手が重ければ重い程威力を発揮する。
動きを縛る術式3つ同時に食らい、流石の阿修羅も動きが止まる。
上から襲って来る圧力に負けて、7本の腕が地面に吸い寄せられるように下がる。
「お前、今魔法を……いや、良い、後だ。忝い」
赤鬼が呟きながら大きく飛び退いて距離を取る。
それと入れ替わるように【仮想体】が躍りかかり、首の代わりに生えた黒い腕目掛けて旭日の剣を振り下ろす。
「ミャァぁあッ!!」
落ちろやぁあッ!!
重力と拘束術に縛られ、垂れ下がった黒腕に刃が食い込む――――が、刃が全然入って行かない!?
さっきは両断出来たのに、明らかに硬度と耐久力がアホ程上がっている!!
そうだ、そうだよ……! 赤鬼のパンチもダメージ下がってたじゃんか!
驚いている間に、阿修羅が自分を縛る術式を全て引き剥がし、俺が反応する間も無く黒腕にぶん殴りに来る。
【全は一、一は全】は使って無い――――って事は、今の俺の耐久力は普通の子猫と同じ。
阿修羅のパンチを食らえば間違いなく即死。【魔王】の特性スキルである【ダブルハート】があるから1度は死んでも蘇れる。
だが、だからと言って死を受け入れて良い理由にはならない。
最短の防御方法は――――頭で考えるより早く、体がそれを実行する。
目を閉じて収集箱のリストをオープン。
カテゴリー防具のリストを開き、下にスクロール。
深淵のマントを選択。
突っ込んで来る黒くて巨大な拳に向かって広げる。
ボフンッと深淵のマントに突っ込んだ拳は、マントに包まれたまま【仮想体】に直撃する――――が、深淵のマントの脅威的な衝撃吸収力のお陰で、大したダメージはない。
ふっ飛ばされはしたが、【仮想体】が着地で衝撃を殺してくれて、猫自身には影響なし。
「無事か!?」
「(余裕)」
嘘。ちょっと危なかった。
ンな事より。
「(おっさん、なんかコイツ強くなってない!?)」
「ああ、それも“大分”な。コイツが我の国に現れてくれて良かった。下位の魔王の所に現れたら返り討ちに遭っていたかもしれん」
確かに言えてる。
コイツ、魔王スキルを勘定にいれなければ、アドバンスやガジェットよりは確実に強い。バグなんたらと比べたら……ううん、どうだろう……結構微妙なラインな気がする。
「(溜まりに溜まったり10年分の恨みと怨念ってか?)」
「本腰入れてかかるぞ。危ないから下がっていろ」
赤鬼の事だから、「邪魔だから退いてろ」って意味じゃなくて、“お客様”を傷付ける訳にはいかないから、安全な所にいろって意味だろう。
心配してくれてどうも。
気を使ってくれた事についても素直に嬉しい。
だが――――断固として、御断るッ!!
「(冗談。ぶっ飛ばされて黙っていられる程、温厚な性格してねえし)」
「巻き添え食らって怪我をしても、我は責任をとらんぞ」
「(そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ)」
赤鬼がニヤリと笑ってから、静かに構える。
緩く握った両手を視線の高さで構える、シンプルなボクシングスタイル。
今まで1度も“構え”は見せなかったのに……。
本腰入れたって訳ね。
だが、赤鬼の“本腰”はここからだった。
「魔纏」
小さく息を吐き、そう呟くと、赤く大きな両拳が黒い光を纏う。
途端、押されるような……ビリビリとした圧力が吹き付けて来る。
あの黒い光は見覚えがある。と言うか、俺が日常的に見ている光だ。
「(それ、魔法を発動する時の魔力が発光する奴だろ?)」
天術の時は消費される魔力が白く光り、魔法の時は黒く光る。
今、赤鬼の両拳が纏っている黒い光は正しくそれだ。
けど……どう言うこった? 魔力が光ったら、その後は魔法が発動する筈だが……そんな様子が一切ない。
「うむ。魔導拳と言う技でな、アビス殿より教わったのだ。魔法と格闘術の複合……多少違いはあるが、無手で行う魔法剣とでも思って貰えば間違いではない」
アビス直伝の技……絶対碌でもない必殺技な予感がするわ……。
いや、でも待てよ? アビスに教わったって事は、あの野郎もこの技を使うって事だ。奴との戦いを想定するなら、先に見ておいて損は無い。
さってと、コッチも本腰入れて行きますか?
俺は赤鬼のような正々堂々な精神は持ってないから、「相手の技を見たら、俺の技も見せる」なんて考えは一切無い。…………一切無いが、阿修羅が強敵である以上、俺だけ手を抜いて戦うのも気分が悪い。
出来るだけ手の内見せないように……な。
【全は一、一は全】
俺の中にある、力を循環させる歯車がカチンッと噛み合い全身を熱が駆け抜けていく。
いつもなら武器カテゴリーのアイテムが収集箱から飛び出して行くところだが、蓋を閉じてそれを止める。
【全は一、一は全】の最大の武器である物量戦術は赤鬼の前じゃ使えないが、コイツを発動する恩恵は決してそこだけではない。
おっと、ついでに頭痛くなるからアクティブセンサーも切っておかねえと。
「(さあ、それじゃあラウンド2と行こうか)」
書籍化させて頂く事になりましたので皆様にご報告させて頂きます!
詳しい事は活動報告をどうぞ!




