9-24 殴る
バスケットボールのような大きさの阿修羅の首が地面に落ち、1度バウンドしてから黒い霧になって四散する。
この手のデカブツを相手にする時の“首狩り”が微妙に上手くなっている気がする……。いや、まあ、良い事なんですけどね? ちゃんとトドメが上手くなってるのは良い事なんですけどね?
俺の根っ子にある一般人感がちょっと首を傾げているってだけで。
「やはり剣の扱いが雑だが、力技で捻じ伏せる強さは嫌いではない。流石だな、剣の勇者よ」
「(ど――――)」
どうも。と答えかけて、剣の勇者に言った言葉に猫が反応するのは変だと気付いて口を閉じる。
代わりに【仮想体】に小さく頷かせると、赤鬼が「うむ」と頷き返す。
よし、バレてない。セーフッ!!
さて、アイテム回収しましょかねっと。
動き出そうとした――――足が止まる。
気付いたから。
まだ、背中を這う悪寒が消えてない事に。
「(おっさん……)」
「気付いている」
赤鬼は、首の落ちた阿修羅の体から目を離していなかった。
阿修羅は倒れていなかった。
右半身を失い。頭を飛ばされて尚、そこに1本足の不気味なオブジェとなって立っていた。
また――――周囲が黒い霧に包まれる。
視覚で認識出来る程の濃い瘴気。
黒い霧が阿修羅の体に集まり、失った部位を凄まじい勢いで再生させる。
「なるほど、真っ当な肉体ではない故、簡単には死なず、再生も容易と言う訳か」
特に慌てる事も無く、淡々と冷静な分析してんなぁ赤鬼……。
潜って来た修羅場の数が違うからか?
「お前なら、この手合いをどう倒す?」
「(殴る)」
「分かり易いな」
「(おっさん、好きだろ?)」
「否定はせん」
言ってる間に、阿修羅の再生が終わ――――ってない。
3本の右腕や右足は元通りになっているが、俺が吹っ飛ばした首の再生だけが終わっていない。
首だけは急所だから再生できない……って事かな?
ぼんやりとそう考えたが、違った。
首は再生できないのではない。再生させなかったんだ。
より一層濃い黒い霧が首元に集まり、新しい首を――――否、
新しい腕を創り出した。
頭の代わりに、首から巨大な黒い腕が生えた。
他の腕よりも太く、鋭く、禍々しい真っ黒な腕。
腕の長さが阿修羅の身長とほぼ同じ……って事は、約3m。
まるで獲物を求めるように指先が怪しく蠢いているのが不快感を煽る。
「(腕が増えたぞ)」
「見れば分かる」
首から生えた腕が横薙ぎに振るわれる。
「む!」「(っと!)」
俺と赤鬼が同時に後ろに飛び退く。
が。
射程広ッ!?
飛び退いても、未だ腕が届く――――届いてしまう。
嘘でしょッ!?
思った以上に相手の腕の“伸び”が広い。それも、格段に。
くっそ、避け切れない!
回避行動を諦めて、着地するや否や防御に切り替える。
まあ、防御するのは【仮想体】であって、猫じゃねえけどな。
大きく広げられた黒い腕は、さながら黒い壁のよう。
その黒い壁を、旭日の剣を盾にするように受ける。
ドンッと凄まじい衝撃が【仮想体】を襲う。まあ、襲うっつっても、衝撃を受ける肉体が無いから別にダメージにはならんのだが。
全力で踏ん張ってみるが――――この野郎、パワーも尋常じゃねえんだけど……!! ただでかいだけの木偶じゃねえってか、コンニャロウがッ!!
単純なパワーの押し合いでなら、【仮想体】と良い勝負……とは言っても、コッチは魔王スキル使ってないから、正確には100%の本気じゃねえけど。
しかし、その押し合いは2秒も続かなかった。
何故なら――――他の腕が襲って来たから。
真っ直ぐに振り下ろされた斧。そのまま行けば、【仮想体】だけでなく猫にも直撃コース。
とは言え、受けようにも【仮想体】は絶賛黒い腕を受け止め中でそれどころではない。
っつー訳で、緊急回避。って言うか緊急脱出。
「ミャっ」
とうっ。
【仮想体】をその場に置き去りにして、金色の肩から後ろに飛ぶ。
途端に、振り下ろされた斧がゴガンッと轟音をたてて【仮想体】の右肩にめり込む。
そこらの鎧なら間違いなく真っ二つにされていた。
オリハルコンの鎧だからこそ、へこむ程度で済んだ。……いや、流石にオリハルコンの鎧でも、俺が魔力を流して耐久力増し増しにしてなかったらアウトだったかも……。
まあ、ともかく――――1秒前まで俺が丸くなっていた鎧の右肩はベッコベコにされた。
そして、その衝撃で体勢を崩した【仮想体】を、黒い手の張り手が容赦なくぶっ飛ばす。
ゴガンッと金属の打楽器を叩いたような気持ちの良い音が響き、回避運動から攻撃に転じようとしていた赤鬼に向かって一直線に金色の鎧が飛んで行く。
叫ぶ余裕は無かったので、とりあえず心の中だけでも「おっさん避けてー」と言っておく(現実では意味無し)。
砲弾のような速度で吹っ飛ぶ重量級の鎧なんて、もう誰がどう考えても凶器でしかない。
だと言うのに、赤鬼は当たり前のようにそれを真正面から受け止めた。
しかも、ガシッと受け止めるのではなく、なんか流れるような……柔らかいような動作っての? なんか、上手い事衝撃を受け流して、【仮想体】にも赤鬼自身にもダメージが行かないようにキャッチしている。
「ん?」
鎧をキャッチした赤鬼が、怪訝な顔をして手の中の金色の鎧を見る。
……なんでそんな顔してんの?
訊こうかと思ったが、怪訝な顔と視線は直ぐに引っ込んで、いつも通りの怖い鬼の顔に戻る。
「今まで出会った敵性霊体の中ではコイツが間違いなく1番だな」
「(…………なんで俺が連れて来られた時に限って“大当たり”引当てんの……)」
「運が良いな?」
「(どう考えても悪い方の“大当たり”だろ)」
呆れながら「ミャァ……」と溜息を吐く。
「グチグチ言ってても仕方ない」と、気持ちを締め直し、改めて――――
【冥府還】
悪いが、のんびり相手するつもりはねえ! ちゃっちゃと即死攻撃ぶち込んで終わらせる。
赤鬼に抱えられたままの【仮想体】が天術を発動。
阿修羅の頭上に魔法陣が現れ、一直線に下降し――――。
途端、阿修羅が今まで以上の機敏な動きでダッキングしてその場から一瞬で離脱し、魔法陣の範囲外まで一気に逃げる。
「ミャァあああッ!?」
ええぇえええッ!?
お前、天術避けるの!? 意識があるのか無いのか分からない霊体系の敵のくせに、ちゃんと自分に有効な攻撃は避けるのお前ぇッ!?
「(お前避けんのかよッ!?)」
思わず心の叫びが口からも出てしまった。
「避けれる攻撃なら避けるのが当たり前だろう」
「(そら、そうですよね!!)」
納得してしまった。
そりゃ、敵が素直に立ち止まっていてくれる訳もないよね。自分に対して即死攻撃だってんなら尚の事。
今までの奴等が【冥府還】から逃げれらるだけの機動力が無かったってだけで……。
「(おっさん、対処法は!?)」
「さっきお前が言った通り、“殴る”だ」
「(再生されるぜ?)」
「奴は周囲の瘴気を吸収して再生しているようだが、瘴気が無限に湧き出ている訳ではあるまい?」
「(ああ、なるほどね……)」
つまり、絶えず攻撃を叩き込んでダメージを与え、野郎に瘴気を消費させろって事だ。
瘴気が無限でないのなら、どこかで底をつく。
だから、“殴る”だ!
「(サンドバッグが破けて使い物にならなくなるまで殴り続けろって事ね!)」
「意味は分からんが、多分そうだ」
赤鬼が適当に答えた。




