9-23 ふんだくる
「(おっさん、ここでこう言う手合いの処理一杯して来たんだろ? 専門家として、どう攻めるよ?)」
「殴る」
分かり易ッい!
凄まじい脳筋! 見た目通りの回答ありがとうございます!
「力一杯殴る」
なんで言い直した!?
なんで「力一杯」足したし!?
こちらが戦い方を決めていると、黒い影が割って入る。
巨大な――――6本腕!
俺達に向かって振り下ろされる2本の大剣。
―――― 速ぇ!?
が、舐めんな――――ッ!!
こちとら、もっと速い敵と散々戦って来てるっつうの!
息を止める。
【アクセルブレス】発動。
猫の肉体と思考速度が倍速になり、振り下ろされる刃がスローになる。
この速度の中で通常通りに動けるのは俺だけ――――ではなかった。
赤鬼が、3mの巨体を鋭い足捌きで動かして大剣の軌道を躱していた。
おい、マジか。
スキルも魔法も使っている様子は無い。って事は、あのでかい体で……素の能力だけで、俺の加速と同レベルの速度を出しているって事だ。
…………いや、まあ、アレですし。俺もまだ本気の速度出してる訳じゃねーですし。全然ちっとも焦ってないですし。ええ、本当に。ちっとも、全然、うん、本当に本当に。
自分でも良く分からない言い訳を心の中で垂れ流しつつ、加速から置いてけぼりにされている【仮想体】をゆっくり右にステップさせて、大剣の軌道から逃がす。
これで良し。
「ニャフっ……」
止めていた息を吐き出して加速を解除。
途端、スローになっていた阿修羅の動きが元に戻り、大剣が轟音をたてて今まで【仮想体】の居た場所に突き刺さる。
大地がドンッと爆発したように土煙を巻き上げ、視界が砂色に染まる。
っと。
1撃避けたら安心……と、なるほど俺も阿呆ではない。
経験則から、この手の突っ込んで来る系の攻撃には――――
土煙を引き裂いて、斧の刃が襲って来た。
――――追撃があるのを知っている。
来ると分かっていれば驚く事もない。
そもそも、腕6本で武器6つ持ってて連続攻撃してこない理由が無いしな?
【仮想体】にバックステップさせつつ、持っていた旭日の剣で斧を受ける。
ズドンッと来る重い衝撃で吹っ飛ばされるが、元々バックステップで後ろに飛んでいたのでダメージ的には0。
「無事か」
阿修羅を挟んで反対側で、俺と同じように連続攻撃を避けたらしい赤鬼が軽く手を振っていた。
アンタ、普通に余裕ぶっこいてんな……。まあ、俺もあんまり人の事言えんけど……。
「(初撃で首持ってかれる程間抜けじゃない)」
「それは重畳」
頂上? え、何? 山の頂きでも見えたの?
赤鬼が何を言ったのか首を傾げていると、阿修羅が俺をスルーして赤鬼に攻撃の動作をとる。
多分、俺と赤鬼の能力云々とか脅威度云々とかで判断したんじゃなく、もっと単純に体のでかい方から狙ったんだろう。
6本の腕が、蛸の触手のような滑らかな関節稼働で武器を振る。
大剣、槍、ハンマー。
流れるように次々と襲いかかるその攻撃を、赤鬼は――――片手で払い除ける。
大きな動作は無い。
ただ、静かに、ゆっくりと。
目の前を飛ぶ虫でも払うように、軽く左手でヒョイッと振る。大剣の軌道が変わって大地に刺さる。
更に左手を振る。ハンマーが盛大に空振る。
赤鬼の手が少し触れるだけで攻撃が全て逸らされる。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しい程に――――極まった技だった。
赤鬼は、極小の動きで敵の武器の腹に触れ、最低限の力でそれを押す。
ただ、それだけの単純な行動。
だが、それを実行するのにどれだけの能力と技が必要なのかは、戦いと無縁に育った俺にだって分かる。
相手の動きの先読み。
そして、実際の攻撃を見切る。
相手の攻撃のタイミング、モーション、速度を拾って、自分の体が傷付かないギリギリのラインで武器に触れる。
武器をそっと押して軌道を逸らす。相手の次の攻撃を予測し、その動きを潰すように……。
それを全部左手1本で――――。
化物かよ……。
ああ、クソっ、そうか、当たり前だよな……!
ただの“パンチ力”だけで、魔王内での格闘能力2位になれる訳ねえもんな。攻守共にやれてこそのアビスに次ぐ2位だ……!
攻撃1つ捌く毎に一歩進む。
攻撃を避ける動作がまったく無い為、その足取りは真っ直ぐに。
一直線に、最短距離で、阿修羅に近付く。
左手で阿修羅の攻撃を捌きつつ、空いている右手が拳を握る。
小さく振り被り――――
「フッ――――」
――――殴る!
小さな、小さな動きのパンチ。
素人が見れば、ただの“お遊び”に見えたかもしれない。と言うより、実際俺もそう思ってしまった。
けど、違う。
小さな動きは、「殴る動作」から無駄を削り落とし尽くした結果の形。
力を入れたように見えないのは、無駄な“力み”の無い自然体だから。
ただただ、“殴る”と言う一点を突きつめ、何万、何億と言う反復を繰り返した先に生まれた、本人にとっては必殺でも何でもない――――ただの拳。
ゴッと重苦しい打撃音が俺の耳に届き、阿修羅の右脇腹に真っ赤な鬼の拳がめり込む。
次の瞬間、
―――― 阿修羅の右半身が粉々に吹き飛んだ。
肉片も赤い血も飛び散らない。
元々瘴気だか妖気だか、良く分からない物が集まって出来た、良く分からない生物だ。
吹き飛んだ肉片が黒い霧に変わり、傷口からも同じように黒い霧がブワッと噴き出す。その中に紛れて、3本の武器がクルクルと空中を泳いで地面に落ちる。
ただのパンチ。
そうだ。
けど――――それは、「本人にとっては」だ。
食らう側にとっては、1撃必殺の、渾身の拳。
だが、だが――――
「むっ」
まだ、阿修羅は動く。
右側の腕3本と右足を失って尚、目の前の敵に武器を振り被ろうとしている。
まあ、その展開は――――予想済みだけどな!
既に、俺は……【仮想体】は、阿修羅に向かって走っている。
赤鬼なら仕留めるとも思っていたが、幽霊船での戦いで、霊体だのアンデッドだのはそう簡単に殺せない事を俺は知っている。
だから、あくまで保険としての動き。
「無駄かもしれない」と思ってても、いざという時に「やってて良かった」と思うのが保険と言う物である。
阿修羅の動きにカウンターを合わせようとしていた赤鬼が、チラリと俺の方を見て動きを止める。
俺に良い所譲ってくれるってか?
そんじゃ、遠慮なく!!
ドンッと地を蹴って飛び上がる。
土が巻き上がり、一気に阿修羅の巨体の頭上まで跳躍。
阿修羅の残った腕の1本が俺に反応し、槍を突き出して来る。
普通の奴なら空中では逃げられないから串刺し。
が――――甘い!!
瞬時に【空中機動】で作り、トンっと跳ねて槍の射線を即座に外す。
「ミャァッ」
【仮想体】が、阿修羅に向かって落下しながら旭日の剣を大きく振り被る。
いただきだ……
「ミィッ!」
……ぜッ!!
無防備になっている阿修羅の後ろ首目掛けて、剣を振り下ろす。
グシャッと肉が引き潰れるような感触と共に、旭日の剣が首の4分の1程まで食い込む。が……それ以上刃が抜けて行かない。
何だこの野郎、むっちゃくちゃ硬いじゃねえか!?
赤鬼、この硬さを、あんな簡単にぶち抜いてたのかよ!?
阿修羅が、特に痛がる様子もなく、鬱陶しそうに俺を払い除けようとする。
舐めんな――――!!
硬かろうと、何だろうと、そう簡単に防がせませんよ、っと!
【エレメントブースト】。
旭日の剣が持っている超神聖属性を5倍化。
装備している【魔族】の特性を解除、空いた装備枠に【処刑人】の特性を装備。
人型の敵に対してのみ、スキル、魔法、天術の全防御を無効。
ガッチリ止められていた旭日の剣が急に軽くなり、スルリと刃が首に入って行く。
行ける!
剣を――――振り抜く。
大きな、ツルリとしたのっぺらぼうな首が宙を舞った。
「お見事」
赤鬼が少しだけ得意気に笑っていた。




