9-22 顕現する
何か……ゾワゾワとした、背中を虫が這うような感覚。
まあ、実際に背中を虫が這っていたら、こんな呑気な事思ってないで悲鳴上げて飛び上がるんだが……。
ともかく、なんか悪寒にも似た、“嫌な感じ”が俺の中を走り抜けて行く。
見えない何かが、ヒタリヒタリとゆっくり近付いて来ている。
「(確かにコレは……、今までのゾンビとは格が違うっぽいね?)」
体が無意識に警戒して、思わず毛が逆立ちそうになる。
そこらの雑魚相手じゃ、俺の体はこんな反応しない。
近くに居る“何か”は、最低でもベリアルクラスだろう。
「(どうする? 逃げとく?)」
「こう言う奴が騒ぎを起こす前に処理しに来ているのだ。逃げてどうする」
ですよね。
この赤鬼に逃げる選択肢なんて無いですよね……。
「そもそも、我とお前達がいる。最古の血の御方々でも出て来ない限りは負けんだろう?」
まあ、それは……そうだな、うん。
相手がベリアルクラスだとしても、俺が本気でかかれば勝てる。
もし、仮に、もっと上のヤバい奴だったとしても、赤鬼と2人がかりで勝てない相手なんて、それこそアビスやらの世界トップレベルの化物くらいだろう。
「魔王と勇者の共闘なんて、毎日闘技場に通う観戦者達が聞いたら、さぞ喜びそうな事だろうしな?」
「(まあ、確かにマニアには堪らんイベントかもねぇ?)」
つっても、「勇者と魔王の共闘」じゃなくて「魔王2人の共闘」だけど。
「(観戦者が居れば、ガッツリ金取ってやるところなのに……残念)」
「その分は敵からふんだくってやれば良い」
「(なるほど。おっさん頭良いな)」
「おっさん言うな」
あれ、やっぱりそこツッコむんだ……。呼ばれるの諦めた訳じゃなかったのね?
でも、言う程嫌がってる感じしないんだよな? 本当に嫌がってるようなら俺も呼ぶのやめてるし。
なんての? 魔王としての威厳っての? そう言うのがあるから、一応「やめろ」って言うけど、本人的にはそこまで気にしてない……ってか、好ましく思ってる気がする。……多分。
「来た」
「(うん)」
突然、辺りに黒い霧がたちこめる。……いや、“たちこめた”ってか、元々周囲に満ちていた妖気? だか、霊気? だか、瘴気だか……まあ、ともかく、そんな感じの奴が見えるようになった。
普通に見えるレベルまで濃くなった!?
黒い霧が一点に集まり、木枯しに巻かれるように回転し、更に濃く、更に“深く”変化していく。
あやふやだった気配が、急激に形になり、そこに何かが生まれる。
集まった黒い霧が、人型に変化して行く。
「(どうする? 今のうちに攻撃するか?)」
変身中の敵に攻撃するのは、変身ヒーロー物のマナー違反ではあるが、そんな物俺には関係無いですし。俺も赤鬼も悪の魔王ですし。
「いや、待とう。正直、何が出て来るのか非常に興味がある」
それも嘘じゃないだろうが、赤鬼の場合は無防備な相手に攻撃するのが嫌なだけな気がする……。
まあ、別に良いけども。俺も興味があるし。
“何か”の変身が終わるまでの間に、戦いで慰霊碑を傷付けないように離れる。
変身が始まって十秒程。
人型に集まった黒い霧が、実体化する。
あやふやな輪郭が定まり、質感と共に色が生まれ本物の肉体と見分けがつかなくなる。
足。腰。胴。肩。腕。腕。腕。そして――――首。
なんか腕多くない? 全部で6本くらい有るように見えるんだけど。俺の目が腐った訳じゃないよね?
「(阿修羅かよ……)」
「亜種? なんのだ?」
「(違う。阿修羅って言う、顔3つで腕6本の神様的なのが居るんだよ)」
「なんだそれは……! そんな恐ろしい魔族が居るのか!?」
心配すんな。赤鬼も負けず劣らず怖いから。
……にしてもそうか……。元の世界じゃ、異形って言うと何かしら神聖な物とか、逆に邪悪な物とかに捉えられたりするけど、コッチの世界だと纏めて魔族扱いになるのか。
「(言う程恐ろしいか? 魔族にも腕4本とかざらに居るじゃん?)」
「4本腕は多腕種の普通の姿だろう。腕6本は多過ぎる。それに顔が3つとはどう言う事だ? 顔1つづつに意思があるのか? だとしたら体をどうやって動かしているのか……謎が尽きんな……」
ゴメン赤鬼。
阿修羅の名前出したの俺だけど、別にそんなに深く考察して欲しい訳じゃない。
さらっと流して終わってくれればええんやで?
そんな、特に意味の無い会話を2人でしている間に、腕6本の……魔物……で良いのか? カテゴライズは? 幽霊とかアンデッドって感じじゃないしな? まあ、ともかく、その6本腕の魔物が完全に実体化していた。
ムッキムキな筋肉の鎧に包まれた巨体。
3m近い……赤鬼とタメ張るくらいでかいな……。
頭はツルッとした一枚板のようで、目も鼻も口も、何も無い。完全なのっぺらぼう。それなのに、コイツが俺達を“見て”いるのが分かる。
「よし、ではコイツは“亜種の阿修羅”と名付けよう」
「(紛らわしい。普通に阿修羅で良いだろ)」
「阿修羅の本物が聞いたら怒るかもしれん」
多分存在してねえよ本物……少なくとも現世には。
件の阿修羅(仮名)が、突然膝を折って土下座をするように6本の腕を地面につく。
何? 俺等に勝てないと踏んで「ごめんなさい」してるのかしら? ……と思ったら違った。
地面についた手が土の中へズボッと吸い込まれるように突っ込まれ、微かに地面が揺れて、耳の奥を揺するような地鳴りが周囲に響く。
なんだ? と地面に視線を一瞬向ける、と同時に――――阿修羅の6本の腕が、それぞれ武器を地面から引き抜いた。
「おお」
「(えぇ……どっから出したのそれ……)」
大剣、斧、槍、ハンマー、大剣、槍。
どれもこれも、そこら辺の店先に並べられているような量産品の武器ではない。若干薄汚れていたり欠けたりしているが、間違いなく1級品。
レアリティBは固い。下手すりゃA……もしかしたら一点物が混じっているかもしれない。
欲っしぃな……。
「あの槍は見覚えがあるな」
「(知っているのか、ら……おっさん!)」
「10年前の戦争の時、人間の戦士が使っていた。恐らくだが、他の武器も戦争で使われていた物だろう」
「(……って事は?)」
「この土地には、戦争の際に文字通り埋もれてしまった武器が多数眠っている。奴は、それを自分の手元に呼ぶ込む力を持っているのではないか……と、我は推測する」
なるへそ。
さっき阿修羅が地面に手をついた時の地面の揺れは、土の中を武器が高速で移動してた揺れって事か。
武器呼びの能力持ちって事か?
俺の収集の能力と相性良さそう。スキル奪えたら奪っとくんだけどな……。やり方分からんし、っつか、そもそも奪える物なのかも知らんし。
「(アイツの持ってる武器、俺が貰って良い?)」
「我は武器に興味がない故、死者の物である事を気にしないのであれば持って行くが良い」
全然ちっとも気にしません。
何故って?
死人はアイテムの所有権を主張しねえからだよ。
そうと決まれば気合いを入れよう! 何と言っても、レアドロップアイテムが確定報酬で手に入る! しかも6個も! 美味しい、美味し過ぎる!!
どれくらい美味しいかって、悪魔共の経験値くらい美味しい!
魔王と勇者(実際は魔王2人)が共闘するギャラとしては中々良いじゃない! 存分にふんだくってやる!!




