9-19 跡地
ブルムヘイズを出て1時間程経っただろうか?
結構コッチに遠慮なくズンズン歩く赤鬼こと魔王ギガースにトコトコと着いて歩く。
……いや、待て、「遠慮なく」歩いてる訳じゃねえな? 体長3m越えの赤鬼の巨体であれば、多分もっと歩幅を大きくして速く歩ける筈だ。俺も【仮想体】を小走り気味に動かしているけど、「走る」と言う程のスピードは出していない。
って事は……むしろ、俺に気を使ってスピード緩めてくれてるくらいなのかな?
そんな事を思いながら、一歩先を歩いている巨体を見上げる。
赤鬼さんは、俺の視線に気付いているのかいないのか、真っ直ぐ進行方向だけを見ている。
そして、俺を退屈させない為にか、色々話をしてくれている。
この国の美味しい食べ物から始まり、闘技場で活躍していた舞うような剣技で戦う戦士の話やら、森の中で傷付いた馬を手当てしたら懐かれただの、魚釣りをしたら魔物が釣れただの、色々魔王らしからぬ世間話っぽいチョイスをしてくる。
そして今は、この国の言語云々の話になっていた。
「アルバス境国の人間は、今でこそ皆共通語で話しているが、昔はほとんどの者が北ウィンラード語しか話せなくてな? 我がこの国を支配した時も言葉が通じずに難儀したのだ」
その時の苦労を思いだしているのか、少しだけ苦笑いを浮かべる。そして笑った顔もやっぱり怖い。
「正直、その時の我は言葉の通じぬ者は殺してしまっても構わんと思っていた」
おっとー……唐突に魔王味を出して来やがったー。
「そんな時に、我等魔族と人間の間に立って話を進めてくれたのが語学に堪能だったワムス……ああ、覚えているか? 我の屋敷に人間の老いた男が居ただろう?」
ああ、あの地味に俺……ってか勇者をディスって来る爺さんか。
「(覚えてるよ……って、勇者が)」
「うむ。あの男が上手い事話を収めてくれてな? もっとも、別に魔族と人間の関係を良くする為に――――なんて大層な考えは無かったらしいがな? 当時は我が今にも皆殺しにしそうだったから、人間の被害が少しでも小さくできるようにと必死だったと後で聞いた」
「(その時の縁で、魔王お抱えの文官になったって事?)」
「そうだな。あの時の事が、我の人間を見る目が変わった転機だったのは間違いない。人間を傍に置くのも悪くない……と」
それで、人魔共生の国が出来上がったってか。
もしかしたら人間皆殺しになってたかもしれないのを考えれば、爺さん超ファインプレーじゃん。
「(1つ、訊いて良い?)」
「構わん」
「(本音で言って欲しいんだけど……正直、人間の事どう思ってるの?)」
今まで、魔王とゆっくり話す機会なんてなかったら、訊こうとも思わなかった事。
多分、コイツ以外の魔王に同じ質問をすれば、返って来る答えは「家畜」「奴隷」「ゴミ」「弱者」とか、まあその辺りだろう。
そう言う魔王であれば、問答無用で敵としてかかれる。
だが、この1時間程歩きながら話していて、ふと思ってしまった。
―――― コイツは、戦わなくても良い魔王なのではないか? と。
そら、俺は強くなりたい。
アビスとの再戦。いずれ来る、他の最古の血との戦い。
それを潜り抜ける為には、今の俺では圧倒的に力が足りない。だから、強い魔王と戦って力を付けなければならない。
だが――――。
だが……。
良いのか?
俺の中の良心が、俺自身に問うている。
人と共にある事を肯定する魔王は、味方なのではないか? と。
この魔王は、敵対する人と魔族を繋ぐ懸け橋になる存在なのではないか? と。
この世界の為には、この魔王と戦うべきではないのではないか? と。
だからこそ、聞きたい。
お前は俺にとって本当の意味で敵なのか?
「ふむ……我等魔族に使われる事以外に価値を見出せない絶対的弱者――――」
……マジか。
「――――と、この国に来る前の我だったら答えただろう。今は、ふむ……正直、我自身も良く分からん、と言うのが偽らざる本音だ。このような答えだが、納得して貰えるか?」
元営業職の嘘を見抜く能力で見た限り、嘘は言ってないと思う。
多分だけど、この赤鬼はバルトと同じカテゴリーの人物だと思う。
嘘をつくのが下手糞な、所謂“正直者”だ。
「(ああ、変な事訊いて悪かった)」
俺の方も、今のところ、この魔王の事は「良く分からん」だな。
その後も、魔王2人で――――より正確には、魔王1人と1匹と鎧1つで歩きながら話しながら軽い散歩気分で歩く。
そして、ブルムヘイズを発って約2時間が経過しようとした頃、辺りの様子が急に変わる。
今までは、枯れ色の木々と草が辺りを満たしていたのに……急にそれが途切れて、腐って濁った色をした土が剥きだしの大地が広がっていた。
それに、今までのように平坦な地形じゃない。
あちこちに巨大な穴が空いたり、不自然に大地が抉り上がっていたり、普通なら有り得ない状態がそこら中に見える。
それに……なんだろう?
自殺の名所にでも来たかのような、背筋が寒くなる感じ。
「(なんか、雰囲気変わった?)」
「猫がここの事を知らんのだとすると……剣の勇者が我が国に来た理由はここの事があったから、と言う訳ではなかったのだな」
「(……? どう言う意味?)」
俺の問い返しに、赤鬼が少し【仮想体】の様子を窺うような視線を向ける。
「てっきり、剣の勇者はここに来る為に我が国に来たのかと思っていた……と言う話だ」
「(だから何で? ここって、何か特別な場所なの?)」
「特別と言えば特別だな? 我等魔族にとっても、人間にとっては尚更。何故なら――――」
言葉を切って、先に広がる腐った大地に目を向ける。
その赤鬼の目は、どこか悲しそうに、何かを憐れむように……むっちゃ怖い顔の赤鬼なのに、「何か慰めの言葉をかけなくては」と思わせる目だった。
「――――ここは、10年前に人間と魔族が雌雄を決した場所だからな」
「ミ?」
え?
……雌雄を決した? って事は……ここが、10年前にコッチの世界で起きた人と魔族の戦争の戦場って事。
ああ、そっか……このボッコボコな地面は、戦争の痕だからか。土が腐ってるっぽいのもそのせいかな?
「この荒野の真ん中に、あの戦争で死んだ全ての者を弔う為の慰霊碑が有る。そこまで行くぞ」
ここまで着いて来たから、今更文句は言わないけどもさ……。
「(花でも供えに行くんなら、何か摘んでった方が良くない? こっから先は、草木1本生えてないって感じだし?)」
「いや、別に霊を慰めに来た訳ではないのだ」
「(……え? じゃあ、慰霊碑に向かうのに、何しに行くのさ……?)」
「ふむ……まあ、ここからは危険だから気を付けろ、と言う事だ」
「(は?)」
何、唐突に不穏な事言ってんの?
と問い返そうとした瞬間、辺りの空気が変わる。
クンっと鼻の奥を突くような、危険を知らせて来る嫌な臭い。
無意識に体がピクンッと反応して、丸くなっていた体を起き上がらせる。
猫の警戒心に反応して、【仮想体】が腰の旭日の剣に手をかける。
「ほう……気配感知が上手いのか、敵意や殺気に敏感なのか。どちらにせよ、流石だな勇者よ」
何か……嫌な気配が近付いて来る……?
いや、違う。近付いて来てるんじゃねえ、すぐ傍に、急に現れた!?
この感じ、知ってる。
幽霊船の中で散々味わった、
―――― 敵性霊体の気配だ!
「(おい、ここ……何かいるぞ!)」
「知っている。10年前の戦いの怨念でも残っているのか、“そう言う連中”を引き寄せているらしくてな? 騒ぎにならんように、偶に処理しに来るのだ」
来るのだ……じゃねえよ!!
もしかしなくても、そのエクソシスト紛いの事を俺……ってか剣の勇者に手伝わせる為に連れて来られた?




