9-17 予選3戦目
「朝っぱらから暇人共が闘技場に集まって馬鹿騒ぎ! これぞ闘技会! これぞアルバス境国! っつう訳で、今日の1戦目――――なんと、初っ端から昨日大暴れして力を見せつけやがった剣の勇者の登場だ! ファンの奴等は早起きした甲斐があったぞ、喜びやがれ!!」
朝からテンション高い髭さんのマイクパフォーマンスを聞きながら、戦いの舞台に入場する。
俺の姿が見えるや、観客席からワッと声があがる。
朝早いのに、観客席はほぼ満席だった。
大盛況だな……流石この国の祭典。
「待ってましたー!!」「今日も派手にやってくれよ!」「勇者様ーこっち向いてー!」「有り金全部賭けたんだから、死ぬ気で勝てッ! いや勝って下さい!」
陽が昇ったばかりでまだまだ暖かくなっていないのに、精一杯の声を出して声援を送ってくれる皆に軽く手を挙げて応える。
古人曰く「味方は大事にしろ」ってね。
何するにしたって、自分の背を押したり守ったりしてくれる人達は1人でも多いに越した事は無い。
「剣の勇者の実力は、昨日の試合を観た奴なら誰もが理解した筈! しっかぁぁああああし! 闘技場の猛者達を甘く見るんじゃねえ! 昨日のような楽勝な展開は無いと思え!! 分かったか、そこの金ぴか鎧!!」
あ、はい。
「おーし! それじゃあ軽く参加者紹介! 朝一だから気合入れてくぞぉラぁ!! ハンマー使いと言えばコイツ、ワルター! 舞うように敵をぶん殴るブリット! 懐まで踏み込んだコイツは止められねえ、3枚羽! 1撃必殺の尻尾を持つ斧尻尾! そして――――今代の旭日の剣の持ち主、剣の勇者ああああ! 以上5人の戦いだぁああ!!」
テンション高過ぎ。
そして、どうやって拡声してんのか知らんけど、声の大きさ設定間違えてない? 超ウルサイんですけど……。
でも、観客的にはこれで良いらしく、テンションが酒を飲んだみたいにガンガン上がっている。
で、だ……。
紹介されていた俺以外の出場者4人なのだが……全員が俺を見ていた。
警戒心が視線の中に見えるようだ。
ハァ…………今回も、当然のように全員が俺狙いって訳ね? まあ、別に良いですけど。
「剣の勇者は既に2勝! コレを勝ったら本戦行きだぞぉお! 他の4人は根性入れて勝ちに行けよぉおフォオオ!!」
高いテンションを更に上げてくの止めて……俺、本当にそう言うの着いて行けない人なの……。いや、人じゃなくて猫だけども。
「ではでは……『おはよう』代わりの1戦目行くぞぉおオオッ!! 始めええええっ!」
うっし、レッツらゴー。
昨日のように、構える前に先手取られるようなヘマはしない。
【仮想体】に素早くその場から飛び退かせる。
開始と同時に拘束術式を撃たれる昨日と同じ展開を警戒しての行動だったのだが……攻撃が何も飛んで来ない……?
おや? と思いつつ対戦者達に視線を向けると、位置取りを変えて全員が一カ所に固まっていた。
だが、4人が戦ってる訳じゃない。やっぱり、全員最初に俺を潰そうとしてる。
それに、無暗に突っ込んで来ない。
昨日俺が各個撃破して行くのを見たからかな? 1対1の状況に持ち込まれたら秒殺されるのを理解して、できるだけ固まって1対多数の状況で立ち回ろうって事か。
……なるほど。
観察、分析、対処、対応。それが出来る奴等が「闘技場の猛者」って言われる訳だ。
相手がどれだけ俺の情報を持ってるか知らないが、実際の戦いを見たのは昨日の試合1度だけなのは多分間違いない。
“剣の勇者”の噂は結構広がってるみたいだし、魔法と天術両方使える事くらいは知られてると見ておこう。まあ、だからと言って試合で魔法も天術も振り回す気は無いが。
相手が俺に対応して来ると言うのなら、対応された事に対して俺が対応する。戦いに拘らず勝負事ってのはそういう物だろう。普段の俺がそういう部分をサボって楽してるってだけで。
「ミュゥ……」
ふぅ……と一息吐いて気持ちを落ち着ける。
勝てる自信はある。だが、だからと言って気を抜くのは間違いだ。
余裕と慢心は決して同じ物ではない事を、コッチの世界で何度も思い知らされてきたからな……。
よし、大丈夫。行こう。
【仮想体】を4人に向かって歩かせる。
途端に、
「【スラッシュ】!」
天術が飛んでくる。
下手に避けずに、【仮想体】に腕を振らせて“見えない魔力の斬撃”を防御する。別に直撃食らっても猫にも【仮想体】にもダメージ無いから良いっちゃ良いんだが……まあ、一応のポーズだ。
目の前にいる4人もそうだが、観客席には本戦で俺と戦う事を想定して、俺を観察、分析している連中が確実に居る。
そう言う連中に見せる為の受ける振り。
昨日の試合では魔法も天術も無防備に受けていたのに、今回はちゃんと“受け”の動作をしてみせる。すると見ている連中は「あれ? 今のは何で防御した?」と考え、そこに俺を倒す糸口を見出したりするだろう。そんで、実際に対戦する時に的外れな作戦でも立ててくれれば楽出来るなぁ……と、まあ、そんな事を考えての防御だ。
目の前の4人は、まんまと俺の作戦に引っ掛かってくれたらしく、揃って「あれ?」と言う顔をしている。
「【ファイア】!」「【ライトニングボルト】!」
天術で生み出した火の球と、魔法で生み出した雷撃。
真っ直ぐ俺に向かって来る2つを、今度は敢えてギリギリのタイミングで避ける。
本当はもっと余裕を持ってヒョイッと避けれるんだけど、敢えてのギリギリです。
また、4人が「あれ?」と言う顔。
よしよし、考えろ考えろ。
色々考えてる隙に、俺はササッと近付かせて頂きますっと。
そして――――
……。
…………。
………………。
「勝者、剣の勇者ああぁぁぁぁッ!!!」
髭さんの試合終了宣言を聞きながら、心の中で「ま、こうなりますよね」と自嘲する。
俺の前に転がる白目剥いて倒れている4人。
文字通りの“一蹴”でした。
相手が多少対策練って来たところで、それでどうこう出来るような実力差じゃねえんだよそもそも。
色々「油断するな」とか「余裕と慢心は違う」とか恰好良さ気に自分を戒めていたけど、俺がこの人等と“良い勝負”になるのは、相手を殺さないように俺が手心を加えているからであって、殺すつもりで行けば全員1秒で肉片に出来る。
そんだけの差があったら、ぶっちゃけ色々どうしようもない。俺とアビスとの戦いくらいどうしようもない…………本当にどうしようもねえな……凹むわ。
「おめでとぅっ!! 剣の勇者はこれで3勝!! 見事、み、ご、と、にっ本戦出場だっぜ!! 今後もバリバリ活躍して闘技場の収益に貢献してくれよな!!」
そんな大音量で金の話をするのは止めて頂きたい……俺が金に汚い大人だと思われるでしょうが。
俺はただアイテムを貰ったり奪ったりするだけで、そこまで金銭に執着したりしないんだからね!!
と言う訳で今回も敗者からアイテムを頂戴しよう……と思ったけど、コイツ等大した物持ってないのでスルーだな……。
もうちょいマシな装備してろよ……と言う気持ちを、命一杯の溜息にして吐き出す。
「ミャァァァァァ……」
舞台に留まっても仕方ないので、運ばれて行く4人の敗者を見送ってから、俺も建物内に戻る。
廊下をカツカツと靴音を響かせて歩いて行くと、昨日も世話になった係員のお姉さんが待っていた。まあ、「お姉さん」とか呼んだけど、多分俺のが年上だけど……。
俺……と言うか【仮想体】が近付くと、お姉さんがペコリと丁寧なお辞儀をする。
「本戦出場おめでとうございます」
どうも、と軽く会釈で返す。
「きっと本戦に進むと確信していましたが……流石は勇者様ですね? それで、本戦出場に伴い少し説明をさせて頂きたいのですがお時間宜しいですか?」
うん。
どうせこの後の予定もないクソ暇人ですから。
「本戦開始は2日後の昼の鐘からです。まだ本選出場者の枠が埋まっていませんが、恐らくこの2日中に埋まる事になると思います。ただ、枠が埋まらなかったとしても本戦の開始時刻は動かないので、その場合は欠員扱いとなります」
枠が埋まらなかった場合は、本戦出場者の誰かが1回戦免除でシード枠になるって事ね。俺がシード枠になれたら面倒事が少なくて済むんだが……。
「本戦でのルールは基本予選と一緒の何でもアリですが、対戦は1対1になります。ここからはより純粋な戦闘力勝負……と言う事ですね」




