9-16 剣の勇者とパン屋の話
なんか、普通に和やかな会話をしているけども……内心コッチの事をどう思っているのかは相当怪しいと思う。
いや、だって、何度も言うが俺、この人の武器奪ってるからね?
いやいやいや、待てよ? この罪悪感が鬱陶しいなら、武器返せば良くない? 昨日のうちに所持限界の20個まで不思議なポケットの法で増やしたし、別に1個くらい返したったらええんちゃうの? 減った分の補充なんて6分で出来るし。
さっさと武器返して関係を修復してしまおう。
……まあ、そもそも修復しなきゃならない程の関係なんて持ってないけど。ってか昨日初対面だし。
いや、しかし、アレですよ?
もし内心俺の事をクソ程憎んでいて、何かちょっかいかけられたら厄介ですやん?
まあ、“ちょっかい”って言っても、直接ナイフ持って「命とったらぁああ!」と突っ込んで来てくれるんなら問題無いんだ。
この人の身体能力じゃ、どう頑張っても俺の反応速度を上回れない。不意打ちされようが、寝込みを襲われようが、俺なら後出しで対処出来る自信がある。
問題なのは、闘技会への参加を妨害される事だ。
悪い噂でも流されて出場停止にでもされたら笑えない。
闘技会を勝ち抜いた先には魔王――――あの赤鬼との戦いが待っている。
正直、あのクッソ怖い赤鬼と戦いたい訳じゃないが……1度顔を合わせた以上は、もう逃げられん。
……いや、違うな。
逃げられるっちゃ逃げられる。
ただ――――逃げてる暇が俺にあるのかって話だ。
俺は良くも悪くも…………いや、これは悪い意味で、だな? 俺は、いろんな場所で派手にやり過ぎている。
魔王を倒してるのは勿論、七色教の騒ぎでも先頭に立ってしまった。その上、魔族の海上進出を抑えつけていた骸骨船長と幽霊船を潰している。
これだけ騒ぎを起こしていれば、“剣の勇者”の名前だけでなく、それに引っ付いている猫の事だって噂になる。……と言うか、既になっている。
アビスもそうだし、他の最古の血がいつ俺を殺しに来てもおかしくない状況まで来てしまっている。
あの預言者気どりの八咫烏の言葉を信じるなら、俺はどこかのタイミングで――――そう遠くない未来、最古の血の誰かとぶち当たり、そして――――負けて死ぬ。
その予言を聞いたのは船に乗る前だから1ヶ月も前の事。
どれだけの時間が残されているか分かった物じゃない。
鈍くさやってる場合じゃねえ! その瞬間の為に、少しでも強くならなければならない。
その為だったら、強面の赤鬼とだって喜んで戦ってやる!
っつー訳で、その戦いの邪魔はされたくない。
はい、と言う訳で、要らん横やりを入れそうな要素は極力排除する方向で行こう。
【仮想体】の手をさり気無く後ろに回し、ダンデから見えないようにシャークトゥースを取り出そうとすると、それを遮るタイミングでダンデが笑いながら言う。
「いや、だが、結果的にはコレで良かったんだと思う」
え? 何が?
もしかして、負けた事言ってますか? 負けて良かったって、どう言う意味だろう……。
俺が心の中で首を傾げていると、先程ダンデが出て来た店の方が声がかかった。
「アンター! いつまでサボってんの! もうすぐ焼き上がるって言ったでしょう!」
「っとと、スマンな? うちの嫁さんが呼んでるからこれで……。普段は優しくて大人しい奴なんだが、今日からパン屋の修行を始めるっつったら、途端にスパルタになりやがって……」
「父ちゃん、焼けたってばーっ!!」
「わーかってる! 今戻る!! じゃあ、これで。一家全員で応援してるから闘技会頑張ってくれよ!!」
言いながら、もう1度ギュゥっと何かを伝えるように【仮想体】の手を強く握る。
良く分からないが、「応援してる」と言われれば、とりあえず「ありがとう」と返すのが礼儀なので、一応ペコっとお辞儀をしておこう。
すると、ニコッと心底嬉しそうな笑顔を浮かべてダンデは店に戻って行った。
……なんだったんだろう?
あの様子だと、俺を恨んでるって事は無さそうだけど……どうしてあんな友好的なのかがまったく理解出来ない……。
俺が気にし過ぎなだけで、武器を取られるなんて日常茶飯事って事かな……? それとも、そう言う事をサラッと流せるくらい懐が深いって事か……?
……考えても分かんね……。
まあ、変な蟠りが残ってないなら良いや。
「ふぅ」っと息を吐いてから、改めて闘技場に向かって歩き出した。
* * *
ブラッと町をうろついてから、闘技場に到着。
昨日のように入り口で人波に臆する事なく――――と言うか、早朝過ぎてそこまで人波になってねえ――――さっさと闘技場の受付に向かう。
「お早う御座います剣の勇者さん」
朝も早から元気に営業スマイルで対応する受付さん。
仕事用の笑顔であっても、人への対応には笑顔は必要だよなぁ……。仏頂面で対応されたら相手も嫌な気分になるし、良い事なんて1つも無えし。
まあ、そう言ってる俺が仏頂面だけども……。まあ、猫だから表情分かんねえしセーフセーフ。
「良いタイミングでいらっしゃいましたね? 今は舞台が空いてますし、マッチングを待っている選手ばかりなので、直ぐに試合を組めますよ」
言いながら、手元の紙の資料をペラペラと捲る。
異世界の字で何書いてあるのか分かんないけど、まあ、多分選手名簿とかそんなんじゃねえかな? 多分。
「マッチングに入った人から順番に組んで行くランダムマッチと、相手を指定して組むネームマッチの2種類がありますが、どちらで試合を組みましょうか? ちなみに、闘技会の予選はネームマッチを出来るのは1度だけです。剣の勇者さんは既に2勝して残り1勝ですが、それで負けた場合は残りの試合は全てランダムマッチになりますのでご注意下さい」
別にどっちでも良いけど……。
良い武具持ってる相手を指定したい気持ちはあるけど、そもそもどの選手が何持ってるか知らねえしな……。
それなら適当に組んで貰ったら良いじゃない。
「指名無しで」と手を横に振って伝える。
「ではランダムマッチで組ませて頂きます」
手元の資料にある、人の名前と思われる部分に上から順番に黒く丸を付けて行く。
あ、何で書いてるのかと思ったら、黒炭かアレ。
「ワルターさん、ブリットさん、3枚羽さん、斧尻尾さんマッチングされましたので舞台に移動して下さい。剣の勇者さんはそこの突き当たりを右に曲がった先から入場になります。では、皆さん頑張って来て下さいね」
呼ばれたらしい人達がそれぞれ立ち上がり、俺を一瞥してから廊下の先へ向かって歩き出す。
2人は人間、2人は魔族。
3枚羽とか斧尻尾とか、どんな名前してんだと思ったけど……ああ、そうか、考えてみれば魔族って基本名前持ってない奴ばっかりなのか。
だから体の特徴で呼ばれてんのね。




