9-15 2日目の朝
おはようございます皆様、アルバス境国2日目の猫の俺です。
皆様って誰だよ……と言うツッコミは無しの方向で。なんたって、俺のただの独り言を誰かに話してる体でしてるってだけだ。
……ちょっとだけ自分の精神状態が怪しく思えてきたぞ、うん。
まあ、そう言うデリケートな問題は後で考えるとして――――決して見なかった事にした訳ではない――――今の問題に目を向けよう。
現在、アルバス境国首都であるブルムヘイズの宿の一室。
やたらと硬い木製ベッドに、薄いマット(?)のような物が敷かれただけの質素な寝床の上で目を覚ます。
「ミュ~っ」
寝起きの伸びをしてから、丸っこい手で軽く髭を整える。
別に身嗜みに気を使ってる訳じゃない。髭が変な方向を向いていると、なんつーか“気持ち悪い”のだ。
さて――――で、だ。
昨日は、闘技会予選の2戦目が不戦勝で終わった事を虎君に聞いた後、「宿の用意はしてあります」と案内されたのがこの宿。
……用意して貰って、料金も魔王持ちって事で至れり尽くせり……なのだが、正直、あんまり「御客様」に用意するランクの宿じゃないよね?
もうちょい何とかならんかったんかよ……?
コッチはこの国のトップの魔王に呼ばれて来てる、ガチの御客様やっちゅうのに。
ホテルのスイートを用意しろとは言わんが、せめてデラックスレベルは用意して欲しかったよ……。
とグチグチ言いながら昨日は眠りについた。
しかし、一晩眠って頭をスッキリさせると、この宿だったのも仕方ないのかなぁ……と思うようになった。
言っておくが、宿に納得した訳ではない……ないが、今この国――――ってか、この街は闘技会っつうお祭り騒ぎの真っ最中で、当然色んな所から人が集まる。もしかしたら他国の魔族も集まっているかもしれない。
って事は、この街にある宿は大盛況になる訳です。
魔王の赤鬼を始め、この国の連中は俺――――剣の勇者が、いつこの国に到着するのか分かってなかったから、そんないつ来るか分からない俺の為に高級宿を押さえて置く事が出来る訳ない。
だから、昨日船で俺が着いてから慌てて宿を押さえてくれたんだろう。
赤鬼の側近をしていた爺さんが闘技会の説明をする時に、「3日前から始まってる」って言ってたから、その3日で宿なんてどこも満員御礼で空きなんて無かったのは想像に容易い。
そこを無理して捻じ込んでくれたんだろうから、この宿のランクは、もう仕方ない事だろう。
くれぐれも言うが、俺は納得してないが。
んで、今日の予定は――――闘技会の予選突破を目指す。
予選突破に必要なのは3勝。
昨日は1回勝って、不戦勝でもう1勝、残りは1つ。
今日中に1つ勝てばそれで予選突破。まあ、昨日闘技場で戦ってみた様子から察するに、勝つ事は問題無いだろうから楽勝でしょ――――と、余裕こいてる訳にも行かねえわな?
本戦まで進めるのが何人なのかは知らないが、昨日の時点で爺さんが「そろそろ本戦に進む奴が出る頃」って言ってたからな? 実際、昨日の俺の試合に出て来たダンデは、後1勝のところまで行ってたらしいし。
本戦出場枠が埋まる前に1勝しなければ。
そうと決まれば、飯食って闘技場に向かいますかね!
* * *
宿の女将に挨拶をし、外に歩き出して約数分。
コッチの世界じゃ正確な時刻は分からないが、陽が昇ってからの時間を考えるに、多分AM6時~7時ってところだろう。
元の世界じゃ、ようやく人が起き出す時間。けど、コッチの世界じゃ陽の出が1日の始まりだから、こんな時間でも結構な数の人が街をうろついている。
まあ、もしかしたら、祭り真っ最中の街だから、皆テンションが上がって早起きなだけかも知れんけど。
ツヴァルグ王国よりも大分北に位置するだけあって、この国の朝は大分冷える。しかも、雪季とか言う、日本で言うところの冬の季節だってんだから尚の事寒い。
正直冷気に激弱な子猫の体には結構しんどい、って言うか、もう帰りたい気分になっている……。
宿の中で丸くなってた時は気にならなかったんだけどな? もしかして、冷気遮断的な建物だったのかな、あの宿?
まあ、どうでも良いか。あの宿が実は高級宿だったとしても、金払うのは俺じゃないし。
冷たい金属の鎧の肩で揺られながら、闘技場に歩く。
真っ直ぐ闘技場に向かおうかと思ったが、「そう言えば昨日はバタバタしてて、この街ちゃんと見て回ってねえなあ……」と思いなおし、ちょっとブラつきながら向かう事にした。
朝も早よから、皆様はせっせと店を開けて御苦労様です。
何処かのパン屋が朝一のパンを焼き上げたのか、美味しそうな匂いが通りに漂っている。他にも、通りに面した飲食店の仕込みの匂いが混ざり合い、飯食ったばかりなのに腹が空いて来る。
……店が開く時間になったら、もう一回来よう。
俺が腹の虫と共に決意を固めていると、店から出て来た肩掛けのエプロン姿の男と目が会う。
まあ、目が会うって、相手が見てるのは猫じゃなくて【仮想体】だけど。
「剣の勇者……!」
驚いたような、それでいて嬉しそうな笑顔でトトッと男が近付いて来る。
「昨日はどうも」
言いながら、エプロンで軽く手をゴシゴシしてから【仮想体】の手をグッと握って来る。
え? 昨日?
……んー? 誰じゃ?
……。
……。
……。
…………あッ!? 誰かと思えば、昨日の試合で戦ったダンデか!?
雰囲気も服装も全然違うから分かんなかった……ってか、何より顔つきが別人みたいだ。昨日は「追い詰められた野獣」みたいな怖い顔してたのに、今は「気の良い兄ちゃん」って感じの柔らかい表情をしている。
まあ、これが素の姿なのか、それとも昨日の試合から今日までの間に何かしらの心境の変化でもあったのか、そこは俺には分からないが……まあ、怖い顔してるよりは今の優しい感じの顔してた方が良いんじゃない?
ダンデが良い顔しているのは、とっても良い事だと思うの。思うのだけれど…………むっちゃ気まずい……。
いや、だって、俺昨日この人の武器奪ってるし……。
そっと目を逸らしたい衝動に駆られる。
いや、いやいやいやいやいやいや、待て! 何故俺が罪悪感を感じて視線を逸らす必要があるんだ!! そう、そうだよ! 俺別に悪くねえじゃん? だって敗者から武具奪って良いってルールが言ってるんだもの! 俺はルール通りの行動をしたんだから、全然まったくちっとも俺悪くねえじゃん? うん、そうだ、そうに違いない、うん!!
若干(凄く)自分に言い訳して正当化してる気がするが、大人ってそう言うズルイ生き物だもの、仕方ないよね?
「魔王様に勝つのは夢のまた夢だろうが、もしかしたら勇者になら勝てるかも……と皆で向かって行ったが、まさかあそこまで強いとは思わなかった」
それは見通しが甘過ぎる。
勇者が魔王より格落ちしてる点はおおむね同意だが、だからと言って“強い一般人”が勝てる相手ではない。
まあ、そもそも俺勇者ちゃうけど。
「魔王に勝つのが夢のまた夢」なら、そら、俺には勝てねえだろう。だって、俺、魔王やし。




