9-14 赤鬼と老人の勇者考察
アルバス境国を支配する魔王、ギガース=レイド・Eの屋敷。
人間にとっても魔族にとっても、あらゆる物が規格外の大きさ。
扉も、廊下も、机も、椅子も、照明も、食器も、何もかもが巨大。
それもその筈、この屋敷の主人である魔王ギガースは、鬼族である。しかも、鬼族の中でも希少な赤鬼。
赤鬼は、鬼族の中でも潜在的な能力値が異常なほど高く、生まれながらに体格に恵まれ、高い魔力適正を持つ。だからこそ、赤鬼のギガースが魔王の座についた事は必然。
その魔王の為の屋敷が巨大なのも、また必然であった。
そして、魔王の屋敷には数分前まで客が来ていた。
もっとも、来ていたのは“お客様”ではなく、ギガースの部下の魔族だったが。
来ていた理由は、報告の為。
先程終わったばかりの剣の勇者の試合の報告。
試合結果に始まり、どのような戦い方をしたか? どんな立ち回りをしたか? 能力は? 攻め方は? 守り方は? 力はどの程度? 速度は? 魔法は有効か? 魔力攻撃は?
試合の中で見てとれた情報が、事細かに魔王へと報告された。
報告が終わるや部下は再び闘技場へと戻って行き、魔王の私室には、魔王ギガースと側近の人間の部下の老人だけが残されていた。
「勇者殿は勝ちましたか……まあ、順当でしょうな?」
「ふっ、剣の勇者の実力を疑っていたのは、どこの誰だったかな」
「さて? そのような者は知りませんな」
すっ惚ける老人に、魔王は口元を手で隠してもう1度「ククっ」笑う。
人間が魔王相手にこんな態度をとれば、間違いなく殺される。
だが――――このアルバス境国……いや、魔王ギガースに関してだけは別だ。
魔王の部下は、基本的に戦闘能力順に選ばれる。だが、人と魔族を平等に扱うギガースだけは違う。
魔族には魔族の得意な事が。
人には人の得意な事が。
それを理解し、その力の生きる役職に置く事で、人魔共生を実現させている。
「改めて訊くが、お前の目に剣の勇者はどう映った?」
魔王が人間の、ただの老人に問う。
老人は戦士ではない。
相手の力量を計るような能力も無いし、相手の持つ特異性を見抜ける異能を持つ訳でもない。
では、何故ギガースはわざわざ老人に問うたのか?
ギガースは老人の“人を見る目”を信用している。
その人となりや、心の在り方を見通す目は、異能などではなく長い時間を生きて来て培われた老人の力だ。
年齢的には老人とギガースはそう変わらない。と言うより、ギガースの方が歳を食っているくらいだ。
だが、人間に比べて圧倒的に長い時間を生きる事が出来る魔族には無い、“老いて得る力”が人間にはある事をギガースは知っている。
それこそが、人間の……ただの老人を重用している理由だ。
「そうですな……。立ち振る舞いから見るに悪い人間ではないと思われますな? もっとも、“悪い人間”では勇者は務まらないでしょうから、当たり前と言えばそうかもしれませんが」
「ふむ、他には?」
「物事に動じない硬い心の持ち主に見えました、が……」
「が、なんだ?」
「私のただの勘ですが、勇者殿はもっと人間らしい人間のように思えましたな」
人間らしい人間、の意味が分からず老人に「と言うと?」と問い返す。
老人も自分の言葉に自身が持てないのか、少し考えを纏める間が空く。しかし、それを急かす様な真似をギガースはしない。
時間にして3秒足らずの沈黙の後、老人は頭の中で整理した言葉を話す。
「勇者殿は、一見何事にも動じない鉄のような心の持ち主に見えました。ですが、どうにも雰囲気がそれとは真逆だったように感じました。もしかしたら、勇者殿は本来感情豊かな人間ではないかと愚考致します。であれば、あの頑ななまでに兜をとらぬ姿も、異常なほどの寡黙さも、そう言った自身を隠す為のマスクではないのかと」
「なるほど」
ギガースも、勇者の姿には何かしらの“噛み合わなさ”を感じていた。
だが、それを具体的に口に出来る程の確信も無い。だからこそ、自分には無い視点で相手を見ている老人の意見を聞いたのだから。
「私からも訊いて宜しいですかな?」
「構わん。なんだ?」
「ありがとうございます。では、魔王様から見た勇者殿はどうでしたか?」
他の魔王であったなら「それを貴様に言う必要があるのか?」とでも言って殺すところだが、ギガースはしない。
老人が、勇者に対する認識を自分と同じにしておこうとしているのは分かっている。
上と下の認識を一致させておくのは重要だ。
魔王が警戒している相手を、部下が舐めてかかって状況を悪くした――――なんて阿呆な展開になっては困るからだ。
「アドレアスを倒したのはまぐれなどではあるまい。最古の血の御方々の言っていた、旭日の剣の“因果切り”の話が本当ならば、バジェットとバグリースを倒したのもあの者だろう」
「なんとっ、では、あの勇者殿は、既に3人の魔王様方を狩ったと言うのですか!?」
「我も直接見るまでは半信半疑だったが、アレならば魔王を3人倒していても不思議ではあるまいよ」
「……魔王様の相手として不足無し、と言う事ですか?」
「そうだな」
少し深い戦力評価の話になるので、敢えて老人には話さなかった事がある。
それは、剣の勇者には魔力波動が見えなかった事。
生物が発する、普通なら誰にも……何者にも観測できない微弱なエネルギー、それが魔力波動。それを見る術を、ギガースはアビスの下に居た時に身に付けた。
魔力波動は、生きている物であるのならば例外無く発している。人や魔族は元より、虫や植物ですらも。
だと言うのに――――剣の勇者にはそれが見えなかった。
その事実から考えられる可能性は2つ。
勇者が魔力波動を隠せる特異な能力を持っている、または――――金色の鎧の中身が死んでいるか。
恐らくは前者だろうとギガースは予想している。
先程の老人の勇者評の「感情豊かな者」と言う部分を汲んだからだ。
死人であれば感情も何も存在しない……故に前者の答え、と言う事だ。
魔力波動を見えるようになる技術よりも、それを隠蔽する技術の方が圧倒的に難易度は高い。
であれば、剣の勇者のスペックはギガースに比肩する――――もしかすれば上を行っている可能性すらある。
そして――――もう1つ勇者に関わる事で気になった事がある。
魔力波動が見えない剣の勇者に対して、その肩で丸くなっていた子猫の魔力波動があまりにも巨大で、濁りの無い物だった事。
あれだけの純粋なまでに巨大な魔力波動を放出するのは、そう見られる物ではない。
いや、「そう見られない」どころの話ではない。
あれ程の魔力波動は、魔王の中でも上位の数名だけにしか見た覚えが無い。
(あの猫は、いったい……)
勇者の猫が普通の猫で無い事は知っている。
何故なら、あの猫は、
―――― 喋っていたのだから。
昔―――まだギガースが魔王になるよりずっと前、アビスの元で修業に明け暮れていた頃、師たるアビスから「必ず出来るようになっておけ」と言われて身に付けた事がある。
それは、戦闘とは一切関係の無い事で、どうしてそのような事を覚えるように言われたのかずっと疑問であった。
猫語の理解。
アビス曰く「いずれ魔族を滅ぼしに現れるかもしれない猫がいる」との事だった。
その時が来た時に、何も出来ずに死にたくないなら猫と話せるようになっておけ……と。
猫に近しい種の魔族に教わって何とかそんな技術を身に付けた訳だが、今まで話す猫とは会った事がなかった。
しかし、それが、魔王の天敵たる剣の勇者と共に現れたのだ。
(まさか、あれがアビス殿の言っていた『魔族を滅ぼす猫』なのか……?)
答えは出なかった。
勇者の事も、その共をしている猫の事も、情報が足りな過ぎる。
ギガース自身が勧めた事ではないが、勇者が闘技会に参加してくれた事は結果的に良かったかもしれない、と現状の情報の少なさを見て思う。
勇者の戦う姿を見れば、何かしら正体が掴めるかもしれないからだ。勿論、勇者と一緒に行動している謎の猫に関しても、だ。
正体不明。
実力不明。
存在不明。
不明だらけの1人と1匹の姿を思い出し、ギガースはニッと笑う。
「中々楽しい展開ではないか? やはり、剣の勇者に決闘を挑んだのは間違いではなかったな」
「楽しまれ過ぎて、足元を掬われぬようにお願いいたします」
「ふっふふ、分かっている。問題無い」




