9-11 アンティルールだから仕方ない
医務室らしき、ちょっと綺麗な部屋に案内される。
まあ、綺麗と言っても他の場所が血痕で黒くなっていたり、武具をぶつけてひび割れてるとかで酷い有様ってだけで、現代の病室のように綺麗って訳じゃない。
コッチの衛生基準で言えば、ギリギリ“普通”のレベル。
現代社会の衛生基準で言えば間違いなくレッド判定。掃除の業者が入った後に、素人には良く分からない薬を撒かれるレベルだ。
…………けが人を運び入れて大丈夫なのだろうか? 変な病気にかかったりしない?
あ、病気と言えば――――俺もコッチの世界に来てから病気的な物にかかった事ねえな? 子猫の免疫力なんてたかが知れてるから結構不安なんだけど、全然全くちっとも病気の兆候すら無い。
まあ、元気で居られるのならそれに越した事は無いから別にええんだが……おっと、話が逸れた。
ともかく、この微妙に清潔感が有るんだか無いんだか分からない部屋に連れて来られた俺。
ベッドは無く、床に簡素な布の敷かれただけの治療場が、墓石のようにずらっと並んでいる。
あ、今、物凄く不謹慎な例えをしてしまった……スマヌ治療中の皆様方。
「ここが当闘技場の治癒室になります」
プライスレスの営業スマイルを俺に向けながら、案内係の女性が丁寧に説明してくれる。
「死なない限りはここで治癒を受ける事が出来ます。ただ値段が……その、結構な物なので、利用する場合は気を付けて下さいね? 払えない場合は、雇いの剣闘士としてタダ働きさせられたり、強制労働送りになりますので」
色々洒落になんねーよ……。
質の悪い闇医者かよ。
「ついでに言っておきますと、怪我人で一杯になると、大丈夫そうな人から順番に叩き出されますので、早く回復する事をお勧めします」
お勧めされても、回復するしないは自分の意思じゃねえだろ。
心の中で冷めたツッコミをしつつ、御姉さんに連れられて医務室の奥へ向かう。
医務室だけあって、色んな人が寝てるなぁ……。
バッサリ袈裟切りされた人。
片腕が黒く焼けた人。
背中の羽が片方無くなった魔族。
その他にも、グロかったり、グチャっとしてたり、ニチャっとしてたり……ボロボロになった人間と魔族が横になっている。
流石闘技場の医務室……結構重傷な患者がポロポロいらっしゃる。
そして、先程まで俺と戦っていた面々を発見。
4人とも並んで横になっていて、誰もまだ目を覚ましていない。
足元の辺りに並べられた装備品の数々。
「では、御好きな装備を御持ちになって下さい。勿論、全部持って行ってしまっても構いませんので」
さらッと言うなぁ……。
アンティルールだから、勝者が敗者の物を持って行くのは当然の行動だってのは……まあ、そうなんだろうけど。
こう、なんての? 事務的に、当たり前のように言われると、それはそれで微妙な気分になるじゃん? 普段の俺がそう言う事をやってるって言ってもさ。
まあ、グチャグチャ言いつつも、貰う物は貰うんですけどね。
何故って?
俺が勝者だからだよ。
さてと、何貰おうかな?
大剣……これ多分ただの鉄の剣だな? もう所持限界まで持ってる。要らん。
バニーボーイの剣は、ミスリルか。同じく限界まで持ってる。これも要らん。
防具類も大した事無い物ばかりで要らない。
1本角に関しては、装備品1つも無ぇし。
唯一気になるのは、ダンデの使ってた斧……これは見た事無い武器だな? 使い込まれているが、日頃から丁寧に手入れをされているのか、あんまりボロって感じがしない。
ノコギリのようなギザ刃が素敵な斧。
「あ、ダンデさんの斧ですね? 持って行くのはそれだけで宜しいのですか?」
うん。
正直、他のは大した物無いし。
「では、どうぞ御持ちになって下さい」
言いながら、手元の紙に何かさらさらっと書いて行く。
“一応”の書類上の手続き的な物だろうか? ってか、この国じゃ普通に紙使ってんのか? 現代社会を生きてた俺としては、紙を使うのなんて当たり前の事だが、コッチの世界じゃ紙はかなりの高級品だろう?
【仮想体】にダンデの斧を拾わせる。
うん、厳つくて良い感じ。
人前で収集箱に放り込む訳にも行かないので、それは闘技場の外に出てからコッソリとやるか。
良さ気なアイテムをゲット出来たのは良いんだが……これ、この斧さぁダンデの武器だった訳じゃん?
俺は武器1つ2つ奪われたって、替えの武器大量に抱え込んでるから別に構いやしないんだが……普通の人が武器を2つも3つも持ってる訳ないよね?
って事は、この斧持ってったら、この人戦えなくなるんじゃない?
いや、「他人の事なんぞ知った事か」と言えば、まあ、そらそうなんだがね?
しかし、しかしっだ!
武器が無くなるって事は、ほぼ戦えないって事だろ?
闘技場で戦う連中なんて、「戦う事が生き甲斐」とか生き方を戦いの中でしか見出せないような人間だろう……多分。
その生き甲斐だか、生き方だかを奪う事になってしまうんじゃないか?
良いのか? “これ”を勝者の権利の一言が片付けてしまって良いのか?
「どうかなさいましたか?」
貰った武器を黙って見つめる俺に、心配そうな声をかけてくる。
……この闘技場で働く彼女にとっては、他人の武具を取ったり取られたりなんて日常茶飯事で、その先にある事情を考えて迷っている俺の方が異常に思えるんだろうか?
だが、俺だって武器も防具も欲しい。
じゃあ、どう解決するのか?
…………うーん。
こう言う時は、アレだな?
元の世界で散々やって来たあの方法しかあるまい。
「美味しい物を食べれば、大抵の事はどうでも良くなる」説。
昔何かの番組で、食べる事の満足感は最高のストレス解消だって言ってたし。
会社や学校の嫌な事も、美味しい物を食べて「あー美味しかった」と食後のコーヒーでも飲めば一発解決。
実際は何も解決してないのだが、気持ち的には「まあ、何とかなるか」程度には軽くなるのでそれで良いのだ。
と言う訳で、ダンデ氏には何か美味しい物を斧の代わりにプレゼントする事で解決とさせて頂きましょう。え? 全然解決してない? 良いんだよ、俺が勝手に解決したと思えてれば。実際に相手の問題が解決してるかどうかまでは責任持てまへん。
とは言え、何か美味しい物持ってたっけか?
収集箱のリストをパラパラと捲る。
あ、グラムエンドでバルトと一緒に食った美味しいパンが有るじゃない。これで良いや。
斧とパンの交換が成立するかどうかは知らないが……まあ、そこはアレですよ。俺、勝者だし。
本当なら交換する必要すら無いのにパンをあげるだけでも慈悲深いし、うん。
【仮想体】の斧を持っていない方の手を背中に回し、コソッとその上に綺麗な布を置いて、更にその上にほんのりと焼いた温かさの残るパンをゲットイン。
どこからともなく取り出したパンがインした布を係員の女性に渡す。
「え? なんですかコレ? あ……良い匂い……。えっと……もしかして、斧を貰って行く代わりに、これをダンデさんにって事でしょうか?」
お、察しが良いね御姉さん。
虎君と言い、この人と言い、この国の人達は微妙に察しが良くて助かる。
「それは別に構いませんけど……勝者からの施しは、人によっては怒るかも知れませんよ? それで何かあっても、闘技場では対処しかねますので、その辺りはご了承下さいね?」
それは別に良いわい。
何か起こった時は、その時に考える。




