1-26 魔族の中間管理職
「仕留めたか?」
ジェンスは1人廊下で呟く。
遡る事10秒前。
深淵の匣と、魔王アドレアスより下賜されたオリハルコンの鎧一式がどこに有るのかと考えながら部屋を行ったり来たりしていた。
昨日捕まえた侵入者はどれだけ痛めつけても何も吐かない。「もしや、荷を盗んだ者とは無関係ではないのか?」とその可能性が頭の中で大きくなって行き、不安や焦りでイライラしながら自室を出た。
そんな精神状態では良くないと、「軽く食事でも取るか…」と冷静になって心を落ち着かせようとしていた。そんな軽い気持ちで角を曲がった瞬間
――― 金色の鎧が立って居た。
ジェンスの部下にあんな色の鎧を使う者は居ない。
つまり―――目の前の鎧の中身は、敵だ。
即座に手持ちの中でも3番目に威力のある爆炎魔法を叩き込んだ。
直撃だった。
避ける素振りも、防御する素振りもなく、火球の直撃を受けて黄金の鎧の敵は吹き飛んで燃えるカーペットの上を転がった。
魔法を撃つ直前に、本気で放つと屋敷が粉々になると思って若干手を抜いた。それを差し引いても、鎧に身を包んで居たとしても人間ならほぼ死ぬ威力がある。
実際、爆炎魔法の直撃を受けた敵も、床に転がったままピクリとも動かない。
微かな焦げ跡のついた黄金の鎧。上級魔族のジェンスが放つ魔法の直撃を受けて粉々にならないとはかなりの物―――と、気付く。
「ん? まさかオリハルコンの…!?」
主人である魔王から下賜された鎧も確か話では黄金の輝きであったと聞く。
翌々見てみれば、床に転がる黄金の鎧の装飾は、完全に特徴が一致している。そして、そのオリハルコンの鎧は今現在盗人の手に有る。
つまり―――鎧の中身が犯人だ。仮に盗んだ本人ではなかったとしても、その仲間である事は確定している。
「ふんッ、ようやく現れたか?」
今までジェンスの心に渦巻いていた色んなグチャグチャした思考が溶けて行く。
ジェンスを苦しめていた悩みは、この鎧の中身を締め上げれば全部解決する。
敵に対する怒りすら、今のジェンスには心地良く感じる。
「中々用心深いようだが、詰めが甘かったな?」
まだ息があるかもしれない―――と言うより、あって貰わなければ困る。深淵の匣の在り処を吐かせなければならないのだから。
魔法の直撃でまともに動けない程度には弱っているのは確実だが、それでも思わぬ反撃を警戒しつつ近付く。
片手は何があっても対応出来るように緩く構え、もう片方の手には拘束魔法を準備しておく。
「さあ、顔を見せて貰おうか?」
まったく動く気配のない兜をコンッと蹴る。
少しずれるだけかだと思っていた予想に反し、兜がコロンっと横に転がる。
「!?」
驚く。
どんな顔が現れてもジェンスの予想の反中だった。それなのに驚いたのは、兜の下に……いや、鎧の中に―――
中身が無かったからだ。
「空っぽ……?」
構えていた片手で鎧を掴んで持ち上げてみる。
固定されていない籠手と脛当てが床を転がった。
鎧を覗き込むと、確かに空っぽだった。パッと調べた限りは、誰かが着て擦れた形跡も、体臭も残って居ない。
ジェンスが魔法を叩き込んだ焦げ跡がなかったら、完全に新品の下ろし立ての鎧だった。
(逃げた…? いや、そんな暇はなかった筈。だとすれば、始めから空っぽの鎧がここに立って居たのか? 何の為にだ……?)
「ジェンス様!?」「何事です!?」
遅れて部屋や階段から魔族達が騒ぎを聞きつけて集まって来る。
そして、半壊しかけた廊下を見てギョッとする。
「こ、これは一体……?」「まさか、敵襲ですか!?」
部下達の言葉に思考を中断し、鎧の代わりに兜を持ち上げて集まった魔族達に見せる。
「そ、それは!?」「オリハルコンの兜…!?」「で、では、まさか魔王様から下賜された物ですか!?」
「そのようだな」
盗まれた筈の鎧が床に転がっていて、廊下はこの惨状。部下達も事情をボンヤリと理解する。
周りが黙った事を確認し、もう1度思考の世界に戻ろうとしたジェンスだったが、外から声をかけられてそれを中断した。
「何事ですかッ!!?」
窓の外を覗くと、庭に門番をしていた魔族が立って惨状を見上げていた。
爆発音を聞いて慌てて敷地内に戻って来たらしい。
(どいつもコイツも騒ぎ過ぎだ……)
やれやれと溜息を吐く。そして―――ハッとなった。
門番がここに居ると言う事は、門は今どうなっている?
崩れかけた窓枠に齧り付くように飛び付き、視線を門に向ける。
半開きになった入り口の門を、茶と白色の毛の子猫がトコトコと走って居た。
(猫如きが抜けられる程の警備の隙―――これが狙いかッ!!!?)
ジェンスの視線に気付いたのか、子猫が振り返る。
猫らしからぬ、野生味を欠片も感じない目をしていた。覇気に欠ける……どこか人間臭さすら感じるような目。
視線が空中で交差すると、ビクッと1度体を跳ねさせてから慌てて町に駆けて行った。
猫の事などジェンスにはどうでも良かった。
(門番が持ち場を離れるなど、どんな間抜けだッ!!)
庭でジェンス達を見上げている門番を今すぐにでも焼き殺したいが、その衝動は何とか我慢する。
今は制裁よりも先にやるべき事がある。
「馬鹿者ッ!!! さっさと持ち場に戻って門を閉めろ!!」
怒鳴られて、慌てて持ち場に走って行く背中に少しだけ怒りの視線を向けて、すぐに向き直る。
(敵は―――もう外か…? いや、外に出たと見せかけて中に居る可能性もあるか)
侵入者が屋敷の外に出たとしても、町の外までは出られない。
であれば、まずは屋敷の内部の事だ。
ジェンスの指示を待っている部下達の顔を見回してから、一瞬命令を考え、それをそのまま口に出す。
「屋敷の中で異変が無いかただちに調べろ! 敵がまだどこかに潜んでいる可能性がある。お前達が後れを取るなどとは思っていないが、十分に注意しろ」
「「「はっ」」」
その後、誰がどこに向かうかを雑に分けて指示を出す。
屋敷中に散って行く部下達を見送り、報告が来るのを待つ。
(敵の狙いは……深淵の匣を開ける為の鍵か…)
ジェンスの私室のある3階まで来ていたとなれば、そう考えるのが当然。とは言え、鍵はジェンスが肌身離さず持っているので、奪う事など出来る筈も無い。
だが、敵が狙う物がもう1つある。
捕らえている侵入者だ。だが、侵入者の女はまともに歩けない程痛めつけてある。敵の正体は未だ掴めないが、動けない人間1人抱えて逃げるような余裕はないだろう。
(まあ、全ては報告待ちだな)
大きく息を吐いて気持ちを落ち着けて、改めて足元のオリハルコンの鎧を丁寧に拾って回収する。
盗まれて居たとは言え、主たる魔王からジェンスの働き対して下賜された物。ぞんざいに扱って良い物では無い………とは言っても、既に魔法で焦げ跡をつけてしまっているが……。
(鎧がここに放置されて居たのは、恐らく騒ぎを起こし、逃げる為の警備の隙を作るのが目的……)
ジェンスは、まんまとその敵の策に乗って自ら騒ぎを起こしてしまった。
「チッ……間抜けは私も一緒か…」
自分の首をかっ切りたい衝動を何とか心の奥に押し戻すが、ふつふつと煮えるような自身への不快感が込み上げてくるのは止められない。
その時、下の方から声が上がる。
「ジェンス様!!」
後悔も反省も後回しだ。今は敵を捕らえて奪われたままの深淵の匣―――延いては中に入って居る神器を取り戻す事が先決。1度頭を振って気持ちを切り替え、近くに居た部下にオリハルコンの鎧を私室に運ぶように言ってから、声のした庭に向かって窓から飛び降りる。
人間ならば死……よくて両足複雑骨折の落下の衝撃を、魔族の圧倒的な身体能力で受け流し、声をあげていた部下の元へ向かう。
件の部下は、壁沿いの植え込みの前でジェンスを待って居た。
庭の手入れはほとんどさせていないせいで酷い有様だ。と言うのも、基本的に魔族に自然を愛でるような感性はないからだ。輝く様な美しい花が咲いていようが、枯れ果てた大地だろうが、どれ程の差とも感じない。
そんな半分枯れたような植え込みに辿り着く。
「こちらを」
部下の緊張を含んだ重い声。
その理由を、植え込みの先を覗きこんで理解する。
――― 折り重なって倒れる裸の魔族が2人。
確かめるまでもなく2人共死んでいる。頭を貫かれているのだから当然だ。
両方とも見覚えのある顔だった。
片方は地下室の扉を守らせていた者。
もう1人は捕らえている侵入者の女の見張りだ。
2人を殺ったのは十中八九オリハルコンの鎧を放置して行った、もう1人の侵入者だ。
(この2人が始末されていると言う事は、狙いは鍵ではなく女を助け出す事か)
ジェンスの思考を部下の声が断ち切る。
「敵にやられたのでしょうか?」
「それ以外にあるまい」
「……なぜ、裸なのでしょうか?」
敵が奪って行ったから―――では、何故鎧を剥いで行ったのか。
(鎧を着て、部下のふりをして外に出た……と言う事か?)
確かに人間の姿そのまま門を出るよりは、鎧を着ている方が多少は姿を誤魔化せるだろう。もしも巡回している魔族に見られたとしても、顔さえ見られなければパッと見では人か魔族かの判断は困難だ。
死体で気になる事はもう1つ。
2人共碌に戦った形跡がなく、傷が頭の1つだけだと言う事だ。
死体の状態だけで判断するのなら、何も出来ずに1撃で仕留められた……と言う事になるのだが……。
地下室への扉を守って居たのは、魔王アドレアスの部下の中でもかなりの強者である。上から数えて15番目には入れるだけの実力があった。
強者故の慢心もなく、魔族らしからぬ油断や余裕を見せぬ武人のような男だった。
その男が何も出来ずに殺されたのがどうにも腑に落ちない。
(奴の実力なら、敵の接近を逸早く察知して警戒した筈……。警戒する前に殺られた……とすると、不意を打たれたと言う事になる。敵は隠密行動に特化している…? その上一撃で仕留めたのなら相応の攻撃能力も保有しているのは間違いない…か)
ジェンスの中で姿を見せない敵の姿が、“暗殺者”という言葉でボンヤリ形になる。
「チッ……」
敵の能力が予想以上に高い。
隠密能力が高く、戦闘能力も1級品。
明らかに普通の人間の数段上を行く能力を保有している。しかも、小賢しい事にやたらと知恵も回るらしい。
(死体をこんな場所に捨てて行ったのは、3階に鎧を放置して行ったのと同じ理由か…。騒ぎを起こす為―――上と下、どちらかで騒ぎが起これば良し、両方で起きれば尚の事良し……と言う訳か)
ギリッと奥歯を噛む。
いい様に見えない敵に引っかき回されているのに、その尻尾すら掴めていない現状に苛立ちだけが心の中に降り積もって行く。
その時、屋敷から部下の1人が飛び出して来た。
「ジェンス様!!」
視線が一瞬庭を彷徨い、壁際に居たジェンスの姿を見つけて慌てて駆けて来る。
「なんだ……?」
「地下室と侵入者を見張っていた2人の姿がどこにも―――!」
言い終える前に、顎で植え込みの先を見る様に促す。
示されるまま覗き込み、2人の死体を見つける。
「うぉお!?」
「それで女は?」
「ぁ…はっ、地下室に居ます!」
流石の“暗殺者”もそこまで万能ではなかったらしい。
とは言え、捕まえている女に何かしている可能性がある。1度自分の目で何も無いか確認しておくべきだろう。
「分かった。お前達はこのまま死体を見張っておけ、地下室に行って来る」
「「はっ」」
………
………
2分後、ジェンスの姿は地下室にあった。
新しい見張りと2、3言葉を交わしてから鎖に繋がれたままの侵入者の女に近付く。
「【探知】」
魔法や天術の効果の有無を確認する為の低級の魔法を発動する。
現在発動されている魔法は、屋敷を覆う【閉目結界】と女にかけてある【警報】の2つだけ。周囲100mには発動中や発動待機状態の魔法や天術は存在していない。
(女には何も仕掛けられて居ないか)
近付いて始めて気付く。
地下室の血や何かが腐った臭いに混じっている何かの匂い。
クンっと鼻を澄ます。
女の方から匂っている。
意識が無いのか俯いたままの女の髪を掴んで上を向かせる。
顔が濡れている―――いや、体中に微かに濡れているのも汗かと思ったが違う。人間の体液が緑色な訳が無い。
「回復薬……か?」
女の髪を掴んだまま、手の先……壁に繋がる鎖に目を向ける。
鎖が途中で割れかかって居た。
今朝方の報告ではそんな事は何も言っていなかった。つまり、これは、“暗殺者”が無理矢理鎖を外そうとして、途中で断念した後だろう。
(女の手から外すのではなく、鎖ごと連れて行こうとしたと言う事は……【警報】に気付いたのか……。まったく、つくづく腹立たしい奴だ……!)
【警報】は条件が満たされると発動し、山が割れるような音を辺りに撒き散らす魔法だ。今回設定されている条件は“女の手から鎖が外れる”にされている。
女を助け出そうとするのなら、鎖は縛ったままにしておくのが正解なのだ。
(だが―――やはり、甘い!)
警備を抜け、好きに歩き回られた事に関しては腹が立つ事この上ない。しかし、決してコチラに何も収穫が無かった訳ではない。
1つ、女が荷を盗んだ者の仲間だと言う事が確定した。
2つ、“暗殺者”の大雑把な戦力を知れた。
3つ―――盗人は、仲間を救うつもりがあるらしい。それも、盗んだ物を犠牲にしてでも。
「くっくっくっ」
敵の出方が分かれば、コチラの動き方も必然決まる。
「ジェンス様、いかがなされましたか?」
「この女を処刑するぞ」
「よ、宜しいのですか!?」
「構わん」
まずは町中に告知を出す。
当然大きな騒ぎになって魔王の耳にも届くだろうが、家畜の“間引き”に関してはジェンスの裁量に委ねられている。
処刑の理由を尋ねられても「反乱分子への見せしめ行為」とでも言えば言い訳はたつ。
“暗殺者”は必ず尻尾を出すとジェンスは確信していた。
(鼠め、巣穴から引き摺りだしてやる……!!)
* * *
ユーリは目を覚ましていた。
鎖に繋がれ、衣服を剥がれ、殴られ、蹴られ、噛まれ、犯され、また殴られ、何度も何度も犯され、また殴られるの繰り返し。
いつの間にか意識を失い、その度に更なる苦痛を持って叩き起こされる。
地獄のような時間だった。
どうやったらこの地獄から解放されるのかと考える事だけが、おかしくなりそうな頭を理性に繋ぎ止めていた。
魔族達は訊く。
「盗んだ物はどこに有る」
答えられる訳がない。
確かに盗みに入ろうとしたのは事実。しかし、何かを盗む以前に、屋敷に侵入した瞬間に捕まった。それなのに何故、何かを盗んだと思われているのかが理解出来ない。
だから正直に答える。
「……知らない」
殴られる。
何度も何度も何度も何度も。
「盗んだ物はどこだ?」
同じ質問。
何度訊かれたって答えられる訳ない。でも、正直に言えばまた殴られる。だからユーリは黙る。
結局殴られるのなら、喋る分体力の無駄に思えたからだ。
そして、いつの間にか眠っていた―――いや、気を失っていた。
痛みの底に沈んで行くような、死に向かう眠りだった。
その眠りを覚ましたのは……冷たい滴。
(雨………?)
地下室に雨が降る筈も無い。しかし、未だ意識が現実と夢の中を行ったり来たりしているのかそんな事実に気付く事も出来ない。
ギシギシと腕を拘束する鎖が揺れ、傷口が抉られて少し痛い。
しかし、その新しい痛みによって意識が少しだけ現実に戻ってくる。
気絶する前と何も変わらない景色―――ではなかった。
見張りが居ない。
そして扉の先へ消えて行く黄金の背中……。
(……誰……?)
目元が腫れ上がってまともに姿を確認出来なかったが、あまりにも煌びやかな金色だけがユーリの目に焼き付いた。
もしかしたら、誰かが助けに来てくれた―――等と言う妄想が頭を過ぎる。
現実は知っている。誰も助けに来る訳が無い。
リベリオンズの皆はきっと怒って自分を見捨てているだろう。だとすれば、他に助けに来てくれるような人間は誰も居ない。
それなのに―――ふと、頭の片隅に1人の人物が浮かぶ。
いつも読んでいた本。
その表紙に描かれた、勇ましく剣を掲げるその人物を。
(…………勇者…様……)
そして再びユーリは意識を失った。




