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9-8 戦場に立って

 薄暗い石造りの廊下を抜け、突き刺すような陽の光の中へと歩を進める。

 俺が眩い光に目を細め、一瞬視界が真っ白になった途端――――


 歓声と喚声が降って来る。

 

 円形の闘技場。

 地面は……剥き出しの土と砂利。

 をれをグルッと取り囲む、1段上に設けられた観客席。

 観客席には、呑気に座っている者なんて居ない。人と魔族も関係なく、全員が立ち上がってコッチに向かって何やら叫んでいる。

 「がんばれ」「負けるな」「遅いぞ」「ブッ潰せ」

 色んな叫びが混じっていて、辛うじて聞きとれるのはそれくらいだ。

 凄い熱気……。

 日差しが強いからってだけじゃねえよなコレ?

 人が集まった時に吐き出される熱量。

 体の感じるただの熱気だけではない。

 集まった者達の持つ色んな感情が一点に向いて生まれる見えない力が、確かにここにはあった。

 ハァ……と溜息を吐きながら空を見上げる。

 雲1つ無い青空。


「遅いぞ勇者(ヒーロー)! これが勇者の登場だとでも言うつもりかぁ!?」


 闘技場中に響き渡る甲高い男の声。

 男の声が周りの観客の声に掻き消されないのは単純に声が大きいからだ。

 でも、普通の大きさじゃない。明らかに何かしらの力で声を大きくしている。

 俺の常識で考えれば拡声器(マイク)とか思うんだが、コッチの世界でそんな物ある訳無いし、まあ、どうせ便利な魔法か何かでしょう。

 空に向けていた視線を声のした方向に向けると、俺の位置から見て丁度真正面……客席より更にもう1段高い場所に、無精髭を生やした男が立っていて、俺にビシッと指を向けていた。


「さあさあ、遂に役者がそろったぜぃ! それじゃあ楽しいショータイムと行こうじゃねえの! 観客達はとっくに熱狂絶頂タイム、勇者の登場、本気の根性!」


 ……なんか微妙にラップっぽい事言っとる……。


「じゃあ、今日の8戦目の参加者の紹介からだ――――と言いたいが、もう皆待ち草臥れてるから割愛!! ちゃっちゃと始めるぜ! さっさと参加者共は入場しやがれ!」


 髭が叫ぶや、俺が通って来た入り口以外の4つの門の格子が同時に上がり、それぞれの入り口から武装した戦士達が入って来る。

 戦士達の姿が見えた途端、観客達が凄い勢いでヒートアップしたのが分かった。

 感覚器官が色んな能力で強化されている猫の俺としては、周りの声が五月蠅過ぎる……。耳をペタンっと閉じて音を遠ざけるが、それでもまだまだ五月蠅くて堪らない。


「この戦いには、今上昇株の斧使いのダンデも参加しているぞ! 今季の闘技会への意気込みは凄ぇって(もっぱ)らの噂! この戦いに勝てば3勝目で見事トーナメント進出だ! 他の奴等は死ぬ気で阻みやがれ!」


 件のダンデ? とか言う大きな斧を担いだ軽装の男が、歓声に応えて客席に手を振っている。

 凄い人気だ……。

 闘技場は、この国を色んな意味で支えている屋台骨らしいし、ここで活躍する奴がこの国じゃ恰好良い奴って訳ね。


「しっかぁあああし! 今日の注目は何と言ってもこの男!!」


 髭がもう1度俺をズビシっと指差す。


「魔王アドレアスをたった独りで倒した今代の筆頭勇者!! 黄金の鎧纏う、謎の凄腕騎士――――剣のッ勇者ァああああああっ!!!!」


 怒号。

 音の津波だった。

 応援の声2割。野次7割。関係無い事叫んでるの1割ってところかな?

 

「おおっと、観客の皆、あんまり剣の勇者をビビらせちゃいけねえぜ? 怖がって実力発揮出来ずにボロ負けなんかしたら可哀想だろ?」


 髭の俺を煽る言葉に、観客達が嘲笑混じりの笑い声をあげる。

 俺以外の参加者4名も、顔を伏せて必死に笑いを誤魔化しているが、肩が揺れていて俺を笑っているのが丸分かりだ。

 ……すんごぃアウェー感。いや、“感”って言うかガチでアウェーなんだけどもさ。

 これが他の国なら、魔族から人間を解放しに来た勇者の存在を歓迎する声がもうちょっと多かったんだろうけど……この国はなぁ……魔族が人間と共生しちまってるし……。

 どっちかと言えば、魔王の敵対者たる勇者の存在は国民にとって“邪魔者”なんだろう。

 つっても、俺だって来たくて来た訳じゃねえし。

 お前らんところの魔王に呼び出されて、しゃーなく来ただけだし。


「皆知ってると思うが、ぴっかぴかの初心者(ニュービー)の勇者様が居るからなあ! 一応ルール説明! 聞くのが面倒臭い奴は歌でも歌って待ってろ!」


 このMCっぽい髭さん、ノリノリだな……。

 現代社会でラジオ番組とか持ったら人気出そう……まあ、どうでも良いか。

 そして言われた通りに観客の3割くらいが、それぞれに鼻歌を口ずさんでいるのがちょっと笑える。観客も観客でノリ良いな。


「予選のルールは単純明快、最後の独りになるまで戦えぇぇぇええい! 自分以外の出場者は全員敵だっ! 問答無用でブッ潰せ!! 死なない限りは、闘技場かかりつけの治癒士が治してくれる、ただし料金はボッタくりだから気をつけな!! 勝負の過程で相手をぶっ殺しちまっても、そりゃぁ仕方ない! 仕方ないが……後味悪いから、あんまり御勧めはしねえぜ!」


 ……一応……ではあるが、「不殺勝利をしなさい」って注意はするんだ。

 まあ、この国の貴重な人的資源だし、出来る限り死なないようにするか、そら。

 とは言え……観客はここに血を観に来てるって事もあって、地味にブーブー言ってる。まあ、ブーイングされてる髭は爪の先程も気にしてないけど。


「戦いへの武具の持ち込み、魔法、天術の使用、スキル、トラップ、毒、買収、共闘何でもアリ! どんな手を使ってでも、最後に立っていた奴が正義(ジャスティス)! 負けた奴が何を言おうが負け犬の遠吠え! 罵られたくなけりゃ、命賭けてでも勝ちやがれッ!!」


 (まさ)何でもあり(バーリトゥード)

 これで死人出すなっつう方が無理じゃない? 出場者の方々が、よっぽどルールを順守する紳士で無い限り。


「よーし、説明終わり! 歌ってる奴等うっせえから口閉じろ、なんで歌ってんだ! ここは歌劇場じゃねえぞ!!」


 理不尽へのツッコミは入れない。


「お待ちかねのショウタイム、楽しむ準備はOKか? 準備が出来て無くても時間は待っちゃくれねえぜ。さあさあ始めよう、楽しい楽しい戦いの時間だ!」


 俺以外の4人の出場者達が「ようやくか……」と武器を構え直す。

 改めてその4人を確認してみる。

 右の入り口から順番に、さっき髭に名前を呼ばれていた、斧使いのダンデとか言う男。籠手と脛当て(グリーブ)だけを装備した大剣(クレイモア)使い。防具無しで剣だけ持っている兎のような耳をした魔族の男(勝手にバニーボーイと命名)。そして武具を一切持たずに魔法を構えている1本角の魔族。

 (おれ)の体に備わった危険感知が一切反応していないって事は、全員そこまで能力高くねえな?

 勝てる事は勝てる、多分……って言うか、ほぼ確実に。

 問題なのはどう戦うかって話し。もっと言ってしまえば、どう“殺さずに”戦うかって事ね?

 魔族が混じっているからって、いつものように【審判の雷(ジャッジメントボルト)】とかぶっ放したら、間違いなく殺してしまう。いや、戦いに来ている出場者だけならまだしも、効果範囲が広過ぎて観客席の魔族も全滅させる危険性がある、って言うか多分そうなる。

 そもそも、魔王(おれ)の魔力じゃ魔法も天術も基本的にアウトだろう。どんだけ威力調節したってオーバーキルしてしまう。

 とすると、だ。魔王スキルは勿論、攻撃能力に関係するスキルも全部使えねえな。

 武器……はどうしよう?

 旭日の剣は、確実にダメ。レアリティAも使えない。いや、もうレアリティ関係無く武器全部使えねえだろ?

 極端な話し、ただの木の枝振ったって多分今の俺の力なら殺せてしまうし。

 じゃあ、無手で良いか……。何とかなるだろう、多分。



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― 新着の感想 ―
[一言] 吊り切りってのは寄り切りの上(なんかの漫画にあったかな?) 普通は相手を自分の体重をフルに使って押し切って出す 吊り切りは相手をダンボールなんかの荷物みたいに持ち上げて出す イメージは…
[一言] 【速報】剣の勇者、素手の勇者になる模様
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