9-4 対面
屋敷の中は、外見から予想した通りにでかかった。
倉庫の扉のような、やたらと大きな扉を潜ると、天井まで4mはある廊下が屋敷を貫くように真っ直ぐ続いている。
…………天井高っ……下手な城より城っぽいな……。
それに、廊下の幅も大人4、5人が並んで歩けるくらいに広い。
その巨大な廊下を、虎君と文官っぽい初老の男が俺の先に立ってトコトコと歩く。
俺がキョロキョロと辺りを見回す間に廊下の突き当たりに辿り着き、左に曲がって更に奥へ。
ここが城なら、この廊下にも驚かなかっただろうけど……ここ、一応カテゴリー的には一般家屋ですよねぇ?
「ははは、勇者殿も流石にこの大廊下には驚きますかな?」
朗らかに笑う初老の男がそう訊いて来た。
この爺さんも、門番してた鎧の兄ちゃんと同じで魔族じゃない……よな? 魔族特有の嫌な臭いがしないし、間違いなく人間だ。
魔王の屋敷の中で働いてるって事は、当然魔王配下なんだろうけど……どこからどう見ても、そこら辺を歩いている普通の爺さんにしか見えねえよな? この爺さんも昔は闘技場でぶいぶい言わせてたのか? それとも、もっと別の枠で配下として取り立てられた……とか、かな?
「私も、初めてこの御屋敷に招かれた時には、それはもう驚いた物ですよ」
どこか誇らしそうに言う。
いや、別にドヤるところちゃうやろ。
爺さんの言葉に、その隣を歩いていた虎君が即答する。
「私は驚きませんでしたけどね!」
「それは魔族の方ですからなあ。魔王様の御姿も、あの大きさにも見慣れて居たでしょうし。であれば、御屋敷の大きさ程度で驚きはしますまい」
「この御屋敷に出入りする魔族は、大抵戦争の前より御仕えしている者達ですしね? 見慣れていると言うのは、確かにありますね」
「でしょうとも」
1歩後ろを歩く俺を置いてけぼりにして、仲良さそうに爺さんと虎君が話していると、目的の部屋に到着したようで、2人が揃って足を止め、喋っていた口を閉じる。
扉の前で爺さんがコホンッと小さく咳払いをして声を整える。
その横で、虎君がササッと手早く立っていた毛を直して姿勢を正す。
2人の緊張感が最大レベルになったのが分かる……と言う事は、この部屋が魔王の部屋で間違いなさそうだ。
扉の先から漂って来る“ヤバい臭い”が、その予想が間違っていない事を教えてくれる。
そして、ここの扉も、やはりクソでかい……。
さっきの2人の会話と言い、この屋敷のサイズ規格と言い……こりゃぁ、魔王が巨人なのは確定でしょう?
まあ、どの程度の巨人かは知らないが、少なくともこの屋敷を歩き回れるのであれば、最高でも3、4mが限界だろう。
体長はある程度予想して心構えが出来るから良い。
問題なのは――――その強さだ。
漂って来る魔王の臭いがヤバい。冗談や誇張も無くマジでヤバい。
猫の嗅覚は、端的に言ってしまえば危険感知能力だ。相手の臭いの強さで、その相手がどの程度のヤバさなのかを教えてくれる。
今まで嗅いだ臭いの中じゃ、アビスと八咫烏の次に“危険な臭い”だ。
バグなんたらも相当ヤバい臭いをさせていたが、コイツのヤバさに比べれば可愛く思えてしまう。それくらいに、この扉の先に居る魔王はヤバい。
子猫の体が、臭いのヤバさにビビって毛を逆立てそうになるのを、理性で無理矢理押さえつける。
初対面の相手にコッチの警戒を見せるのは、元社会人の矜持が許さん。ってか、それ以前にビビってるのが丸分かりだからダッサイし。
「では、行きますぞ」
爺さんの声に、俺も思わず姿勢を正す。
課長に呼ばれた時くらい姿勢を正す。
そして、猫の行動に釣られて、【仮想体】もピンっと背筋を伸ばす。
コンコンッと、巨大な扉が爺さんの皺くちゃな手で2度ノックされる。
「魔王様、剣の勇者殿が参られました」
爺さんと虎君が、直立不動の姿勢で応えが返って来るのを待つ。
重苦しい空気の中での沈黙が2秒程。
すると――――。
「入れ」
扉の先から、圧し掛かって来るような……野太い男の声。
今のが魔王の声だろうな……。
声が圧力を持ったかのように、思わず後退りしそうになってしまった。
扉越しでコレって……実際に会ったら、俺気絶するかもしれんな……。
「失礼します」「失礼します!」
2人が同時に頭を下げながら言い、扉を開ける。
大きな扉は、その巨大さとは裏腹に、俺達を歓迎するように音も立てずにスムーズに開く。
爺さんと虎君が静かに入って行くのを追って、俺も平静を装いながら【仮想体】の肩に揺られて部屋の中へイン。
殺風景な部屋だった。
必要な物しか置かない主義なのか、ただ単にミニマリストなだけなのか……。
ただ、チョコンと置かれた机や椅子が……でかい。やはりサイズ規格が普通じゃねえ。
そして、部屋の奥で椅子に腰かける――――巨人……巨人?
いや、確かに体はでかい。
4……3mくらい。
筋骨隆々。ザ・筋肉って感じ。
鍛え抜かれた筋肉が、まるで「俺を見ろ!」と叫んでいるかのように剥き出しにされている。
だが、そこよりもまず目が行くのが――――赤い肌、そして頭に生えた2本の角。
ああ、こりゃあ、あれでしょう?
巨人っつーより、
赤鬼だ。
3mの、筋肉の鎧に包まれた、アホみたいに怖い顔の赤鬼。
コイツが、ここの魔王か……? クッソ怖いんだけどこの人。いや、人じゃないけど。
赤鬼と言えば最初に思い浮かぶのは、童話の「泣いた赤鬼」だ。
人間達と仲良くなりたい赤鬼だけど、人間達は怖がって仲良くしてくれない。で、友達の青鬼が人間を怖がらせて、それを助ける事で人間と仲良くなり、代わりに青鬼とお別れする事になった――――って言うアレだ。
子供心に、「人間は鬼とも仲良くすりゃぁ良いじゃねえか」と思ったものだが、マジ物の赤鬼を前にして思う。
コレと仲良くするのは、そら、無理だわ!
相手が友好的だろうが何だろうが、この怖さの前にはそんな物どれ程の意味も無い。
赤鬼の捕食者のような鋭い目が、ギョロっと動いて俺――――【仮想体】を見る。
1秒にも満たない、一瞬の観察。
そして、重く、ゆったりとした口調で赤鬼が喋り始める。
「剣の勇者よ。まずは我が国までご足労願った事への謝罪を。そして、手紙に応じてくれた事に感謝を」
そう言って、椅子に座ったまま小さく頭を下げる。
顔が厳つくて、声が威圧的な程野太いが、それに反して物腰が柔らかい。
なんだろう? どう言う言葉で表せば良いのか分からないが、紳士って事だろうか?
「まずは挨拶だけでも、と思いこうして屋敷へ招いたが……。迷惑でなければ良いのだが」
ああ、一応そこは気にしてくれてたのね?
今の発言が嘘でないのなら、今回は本当に挨拶の為だけに呼ばれたのか……? だとすると、アレだな? この赤鬼はえらい律義な魔王だな?
見た目は怖いが……人間と魔族の共生国家を作ったのはこの魔王で間違いない訳だし、本当に「泣いた赤鬼」じゃないけど、友好的な鬼なのかな?
いや、いやいやいや、気を抜くな俺!
自分がどうしてここに居るのか思い出せ。
この赤鬼が友好的な存在だと仮定しよう。しかし、俺は――――
「こうして顔を合わせたのだから、ついでに話してしまおう。例の手紙の件だが――――」
そうだ、俺は、コイツからの決闘状に応じてここに居る。
俺は、コイツと、戦う為にこの国に来たんだ。
この赤鬼が友好的だろうと、人間との共生を望んで居ようと、俺が勇者の真似事をしていて、相手が魔王である以上は――――戦いは避けて通れないって事だ。




