序 そして赤鬼は生まれる
遡る事半世紀以上前の話し。
彼は1人だった。
彼の上に立つ者は居ない。
彼の下につく者も居ない。
どこかに居を構える事も無く、当てもなく大陸中を歩いては、強者を探して戦いを挑んだ。
闘争の熱と痛みだけが彼の全てだった。
戦いの中にしか己を見出せないのは、彼が魔族の本能に忠実だったからだろう。
強さを求めて、亡者のように彷徨い、戦う。
延々とその繰り返し。
時には負け、這いつくばって逃げ、力を磨いてリベンジする。そしてまた強者を求めて彷徨う。
どれだけの時間、そんな自虐のようにさえ思える日々を過ごしたか、彼自身も覚えていない。
両親は2人共“原初の魔族”で、その間に生まれた彼は、混じり気の無い純度100%の魔族だった。
しかし、魔族の常として、子供の頃にアッサリと“放し飼い”にされた彼は、さっさと親元を離れ、本能の赴くままに強さを求めて放浪生活を始めたのだった。
強くなるうちに、何人かの魔王の使いの者が来て「我が魔王に仕えろ」と言って来たが、彼は片っ端から蹴った。そしてついでに使いの者も物理的に蹴った。
だが、そんな毎日が唐突に終わる。
出会ってしまったから。
本物の強者に。
本物の――――怪物に。
手入れされていない赤いボサボサの髪に、額には3本の角。
飢えた獣の如き目をした、
―――― 最強の魔王。
「前々から、各地で色んな魔族に喧嘩を売ってる物好きが居る……とは聞いていたが、お前がそうなのか?」
「ああ。そんな事より……お前強いな?」
「強いぞ、誰よりもな。何故って? 俺様だからだ」
「貴様が誰かなんぞ知らん。俺と戦え!」
「構わんぞ。挑まれれば、受けて立つ。それが俺様の流儀だ。元々コチラから喧嘩を売るつもりで来たから、手間が省けた」
戦いが始まる――――否、それは戦いなどでは無かった。
一瞬、たった一瞬の出来事。
瞬き1つする間に、それは終わった。
パンチ1発。
最強の魔王の、“ちょっと小突く”程度のパンチで地面にめり込む程叩きつけられ、呆気なく意識が飛んで戦闘不能になった。
起き上がった時、既に敵の姿は無く、いずこかへ去った後だった。
彼は敵を追った。
赤髪の正体は、道中で出会った魔族に訊いたらすぐに判明した。
―――― 最強の魔王、アビス・A。
探した。
探し続けた。
あの強烈で、鮮烈で、凶悪な姿を。
いつもの彼であれば、探すのは再戦を申し込む為だ。
だが、今回は違った。
始めて出会った本物の強さに、生まれて初めて憧れを覚えた。
自分の目指すべき「完成」を見せつけられたのだ。それを憧れるなと言うのが無理だった。
相手の正体が分かれば探しだすのは簡単で、半月ほどでアビスを探しだした。
そこはアビスの居城。
ただ――――魔王の城に、どこにも所属していないただの“野良”の魔族が入れて貰える訳もなく、当たり前のように門前払いされた。
だが、彼は諦めなかった。
諦められる筈もない。
もう1度、“最強”に会う為に、彼は城の前で寝泊まりするようになった。
流石にそれは目に余るようで、門番に喧嘩を売られ、完膚なきまでに叩きのめされた。
その次の日も、2日後も、3日後も、彼は門番にやられ続けた。
しかし、1週間目の日、彼は門番を返り討ちにした。
すると、次は城の中から兵士長が出て来て、彼を叩き伏せた。
また、負け続ける日々。
体を鍛え、対策を練り、技を磨き、1ヶ月で兵士長を越える。
次は近衛兵。
その次は騎士長。
そして、最後に現れたのが、アビスの代わりに政務仕事をする、3つの目を持った執事服の魔族だった。
恐ろしい強さだった。
執事服の強さは、若い魔王すら凌駕するレベルだった。
それもその筈で、執事服はアビスと同じ“原初の魔族”の1人だったのだから。
2年かかった。
毎日毎日倒され続け、執事服を越えた時には、始めて城を訪れてから2年が経っていた。
そして漸く再会を果たす。
「お見事。中々見所が有りそうだったから見逃したが、予想以上で正直この俺様が驚いている」
「褒めて頂き感謝する」
「それで? 俺様と再戦しに来たのか? 俺様としても、どの程度“食い甲斐”が出たのか興味がある」
昔の彼なら再戦を望んでいた。
だが、今は違う。
彼の今の目的は、もっと別のところにあった。
「いいえ。貴方の弟子にして頂きたい!」
それが、魔王ギガース=レイド・Eの始まりであった。




