8-27 連鎖する
辺りを包み込む、深い深い霧。
骸骨船長が、この霧を使って俺の位置特定していると言うのなら、コッチにも対処法はある。
物理攻撃は効果が無ぇから、今まで空中で遊ばせていた538の武器達。
走る。
刃が走る。
空中を、踊るように、煌めく刃が舞う。
「ようやく出番か」とでも言うように、いつも以上に元気よく、はしゃぎ回る子供みたいに、武器達が俺と骸骨船長の周りを走る。
勿論、これは攻撃の為ではない。
縦横無尽、規則的なまでに不規則に飛び回る武器。その狙いは、空気をかき乱す事。
敵が、俺が動いた時の霧の揺らめきを見ている……と言う俺の仮説が正しければ、これだけ無茶苦茶に空気を掻き混ぜられては、俺の動きは追えねえだろう。
そして、まさに、その狙い通りに、骸骨船長が焦ったのが分かった。
手に持った銃が、狙う先を見失って空中を泳ぐ。
よっしゃ、狙い通り。
やっぱり、コイツは霧の動きから、俺の位置特定してやがったか……。“霧を読むスキル”とか使ってる感じじゃないし、あの能力は自前の能力なんだろうか? だとしたら凄いな……。
年中霧の中で過ごしている幽霊だからこそ身に付いた能力なのかね?
まあ、だが、種さえ分かれば、どうって事無い手品だ。
さあ、これで“受け”は完了だ。
今度は攻撃をどうするか?
前提として、奴の身に着けている“魔力防御”のアミュレット、“浄化耐性”のバングル、“自己再生”“自己修復”の能力を持った帽子かコート、これ等を排除するのは無理だ。
物理攻撃と属性攻撃は、幽霊の持つ物理透過の能力で無効。
魔法と天術は、魔力防御のアミュレットでダメージ軽減。その防御を貫通したとしても、即座に自己再生と自己修復で元通り。
完璧な体制。
俺の最速、最高火力を叩き込んでも倒し切れなかった。
だが、どうしてだろう? 自分でも不思議になるくらい、焦ってない。心が平常時と同じくらいに落ち付いている。
いや、どうしてかは分かっているんだ。
“それ”が明確に何なのかは、まだ分かっていない。だが、その答えが俺の中に既に存在していると言う確信。
多分だが……
コイツを倒す手を、俺は既に持っている。
俺の中で何かが――――いや、違う、分かる、これは【魔王】の特性の中に蓄積された、歴代の魔王達の戦闘経験値。
それが、「早く気付け」と騒いでいる。俺を急かすように、破壊衝動となって全身を巡っている。
なんだ――――なんだ?
脳味噌がフルスピードで回転して、答えを探す。
ヒントは幾つもあった。
【仮想体】を操る時。
【全は一、一は全】で武器を連携させた時。
魔法を連続で放った時。
その度に、頭の中で何かが引っ掛かっていた。恐らく、今まで感じて来た、その“引っ掛かり”が今回の答えだ。
だが――――どうしても、答えに辿り着かない。
クッソがッ!
こんな時、俺が天才だったら、パッと閃いて簡単に状況を引っ繰り返して………………俺が、天才だったら……?
ハッとなる。
思わず、笑ってしまった。
「ミミィッ」
ハハハっ、笑える!
そうだ、そうだよ。【全は一、一は全】を始めて使った時に、俺は、もうとっくに気付いてたじゃないか!
俺が、ただの凡人である事を!
凡人なら、凡人らしい戦い方を。
それが、答えだった。
余りにも当たり前の事だ。何故今まで気付かなかったのか、自分でも分からない。
「ミュゥ」
ふぅ。
さあ、いい加減、この骸骨船長と遊ぶのは終わりにしよう。そろそろ客船を追いかけねえと、本当に追い付けなくなってしまう。
静かに目を閉じて収集箱のリストから魔法を1つ選択。
【エクスプロード】
もはや、お決まりと言って良い程、俺の十八番となった爆裂魔法。
赤い閃光が骸骨船長に向かって真っ直ぐ走る。
「――――そノ魔法ハ、もウ見タ――――」
寒気がする程の超速反応で、自分に向かって来る閃光の射線から逃げる。
爆発の余波は食らうだろうが、その程度ならばダメージ軽減で受け切れるとの判断だろう。
ああ、そうだな、威力高いっても、所詮は魔法1発だからな?
だが、残念。
―――― 詰み手
俺達の周囲を自由に飛び回っていた武器達が、一斉にピタリと止まり、その刃を骸骨船長に向ける。
「――――ム……?――――」
魔法の放たれた地点――――俺に向かって銃を向け、引き金を引こうとしていた骨の指が「何事か?」と止まる。
空気が変わった事に気付いて警戒をしたようだが――――手遅れだ。逃げるタイミングも、逃げ道も、もう無くなっている。
「ミィミ」
“連鎖――――”
「ミゥ」
“――――起動”
魔法が放たれる。
「――――は?――――」
骸骨船長が、その恐ろしい顔からは想像出来ないような、間抜けな声を出す。
だが、それもそうだろう。
魔法が放たれたのだから。
1発ではない。
―――― 刃を向けている538の武器、その全てから【エクスプロード】が放たれた。
右も、左も、前も、後ろも、上も――――果ては床下からも。
赤い閃光が、骸骨に向かって殺到する。
猫自身が放った、起点となる“1発目”が爆発。
次の瞬間
538の爆裂魔法が、同時に起爆した。
星が砕けたのかと思う程の衝撃。
視界が真っ白になる。
凄まじい爆音で、耳がビリビリと痺れて音が遠くなる。
子猫の小さく軽い体は、命一杯の力で踏ん張っても耐えられず、爆風に煽られて空中――――海上に投げ出される。
サイクロン掃除機に吸い込まれる時って、こんな感じなのかなぁ……などと、どうでも良い事を考えつつ、5秒程空中遊泳を楽しんでから、【空中機動】で見えない足場を作り着地、もう1つ、更に1つ、と、段階的にブレーキをかける。
爆風で吹っ飛ばされ、気付けば50m近く離れて居た。
速度を落として行く最中、何かが飛んで来て俺の体にバカスカ当たる。
何かと思ったら、船の破片……って言うか残骸? だった。
視線を幽霊船に向ける。
爆風で周囲一帯の霧が吹き飛んで、視界良好。これは気分が良い……のだが、其処に船は無かった。
辛うじて、船首と船尾が形を残しているが、それも直ぐに海に没するだろう。
酷い有様だが、あの核弾頭が爆発したような威力の中で、少しでも形が残っているのを褒めてやりたい。
爆発の余波が未だに渦巻いているのか、幽霊船の浮いていた場所を囲むように波が荒立っている。
「ミィ……」
ふぃ……。
我ながら、中々良い威力じゃない?
凡人らしい戦い方――――数に物を言わせる物量戦術。
魔法の単発で倒せないのなら、相手が倒れるだけの数を叩き込めば良い……と言う、シンプルかつ最短の答え。
【全は一、一は全】で操る武器達は、当然の事だが俺が支配している。それはつまり、【仮想体】と同じだ。
って事は、武器1つにつき、【仮想体】が1人居るのと同義。
そして――――【仮想体】と同じであるのならば、魔法の発動をさせる事も可能な筈。そこに気付いてからは早かったな?
流石に、538全部に、別々の魔法や天術を使わせる……なんて芸当は出来ないが、猫自身が発動させた術式を、全部に真似させるくらいなら、結構操作としては簡単だ。
538発分の魔力の請求は、当然俺の所に来る訳だが、【全は一、一は全】には、「魔力消費100分の1」の効果が付いている。その為、実質ノーマル状態での【エクスプロード】5発分くらいしか魔力を消費していない。
こう言う使い方に気付いた後だと、思う事がある。
もしかして――――【全は一、一は全】は、元々この使い方を想定してたんじゃなかろうか?
この魔王スキルを手にした時から、ずっと気になっていたんだ。メインの能力である“収集箱内の物を全装備”とサブの効果である“魔力消費100分の1”は、「関係無くない?」と。
でも、この魔法や天術の同時発動を視野に入れた上での能力構成だと言うのなら納得。
そう……そうだ。
だって、【全は一、一は全】は、俺の戦闘経験を元に作られた魔王スキルだ。【仮想体】でバカスカ魔法や天術を撃ってた経験も当然その中に含まれている。
であれば、“そう言う立ち回り”が想定されていても何ら不思議は無い。




