8-17 黄金の勇者は魚と戯れる
ぉっしゃらあ!
カラスにボコられた鬱憤を、魔物にぶつけてやるぜ! ヒャッハァア!
……あ、いかん。世紀末のモヒカン頭みたいなノリになっとる。
落ち着け俺。テンション上げ過ぎると碌な展開にならない事を俺は知っているだろう。
軽く深呼吸しながら、【仮想体】の肩に揺られて落下する。
海面すれすれの所で【空中機動】を発動。空中に足場を作り、ストンッと着地。
「海の上に立ったぁ!?」「な、なんだありゃぁ!」「どうやってるんだ!?」
正確には海面じゃなくて、数センチ空中に立ってるんだが……まあ、どうでも良いか。
さてさって、そいじゃ始めますかね?
【仮想体】のオリハルコンの籠手に包まれた手を海の中に突っ込む。そして、その手をヒラヒラ揺らして波を作って待つ。
ほーれ、おいしい餌だぞっと。
魔物の影が俺目掛けて突っ込んで来る。
ガブッ
水中で、魔物が突っ込んできたスピードのまま【仮想体】の腕に噛みつく。
多分あちらさん的には、腕を食い千切って、そのまま走り去るつもりだったのだろうが、オリハルコンの強度を舐めてはいかん。しかも魔力流して強化してるんだから、低級の魔物の攻撃なんぞ完全にシャットアウトである。
結果、食いついた魔物逆に【仮想体】の腕に引っ張られる形になる。
すかさず、食いついている魔物の上顎をガッと掴み、力任せに空中にぶん投げる!
「ミャァ!」
どっせぃ!
バシャッと噴水のように水の噴き上がりに紛れて、シーラカンスのような見た目をしている巨大魚が空中を舞う。
あら? 生きた化石的な感じ? まあ、魔物だからそんなの関係なく、問答無用で殺すけど。
恨むなら、この船を襲った自分の阿呆さを恨んでくれ。
【ライトニングボル――――】
っと、人が見てるところで魔法はまずいかな?
まあ、今更って感じはするけど、変な疑いとかかけられても面倒くさいし、負わなくていいリスクは回避しておくか。
一瞬目を閉じて、収集箱のリストを開き、素早く魔法のリストを1ページ捲って天術のリストに切り替える。
【サンダー】
【仮想体】の手元が一瞬白く光り、次の瞬間、空中のシーラカンスに向かって一直線に雷撃が伸びる。
ドンッと激しい雷鳴――――雷の光が収まると、パラパラとシーラカンスだった炭の欠片が粉になって舞う。
天術の威力が高すぎて、文字通り灰も残らねえって事よ。
「なっ!?」「なんだ、あの威力!?」「さ、サンダー……よね? 今の?」「あ、ああ……そう見えたけど……」
残りの数は、えー……3かな?
1匹ずつ相手してたらキリがねえな……チンタラやってる間に船底に穴でも開けられたら洒落にならんし、手っ取り早く行きましょうか?
【スプラッシュ】
船の周りで3本の水柱があがり、打ち上げられたシーラカンスもどきが空中でバタバタと暴れているが、水から離された時点でテメェ等の負けだ。
手近なところから始末していく。
【スラッシュ】
“切断”の天術。
気持ちの良いくらいスパッとシーラカンスの体が真っ二つになり、赤い血が雨となって海面を叩く。
同時に――――息を止めて加速。
【空中機動】でいくつか足場を作り、スローになった世界で空中を一気に駆け抜ける。
2匹目とすれ違い様に一瞬加速を解除、そして
一閃。
一呼吸入れてから再加速。
ゆっくりと海面に落下していく3匹目を追いかける。
1歩、2歩、3歩。
空中の足場で3歩の助走、そこから一気に足場を蹴って海面まで数mの所まで落ちている3匹目に剣先を向ける。
刺突の構えのまま突っ込み、音速1歩手前の速度のままシーラカンスの脳天を軽々と抜く。
その速度のまま海に落ちないように、海面すれすれに足場を作って着地。
10点満点!
「ミ……」
ふぅ……。
我ながら華麗な動き……とか言いたいけど、こんな雑魚相手にどれだけ無双したって意味ねえしなぁ……。
やっぱり雑魚相手じゃダメだな。
貰える経験値も微々たる物だし、何かしらのアイテムを持ってる訳でもない。やはり、俺が強くなるには、魔王クラスと殴り合わないとダメだ。
旭日の剣に刺さったままのシーラカンスを、軽く剣を振って海に落と――――いや、待てよ? コッチの世界は魔物が食物な訳だし、この古代魚っぽい面した魚も食えるんちゃう?
コイツ以外のシーラカンスは既に海の中に没してしまったので回収しに行けないが、船の上で見守っている皆様へのお土産に、1匹くらい持ち帰っといたらええんじゃないだろうか?
トンッと【空中機動】の足場を蹴って、軽々と十数mジャンプして甲板に上がる。
そこには、唖然とした顔でコチラを見ている船員、傭兵の皆様方。あ、ついでに船室の方でコッソリと乗客達も覗いている。
「え……? 今……え……何?」「一瞬で、敵が……え?」「何……したの?」「全然見えなかったんだけど……」「同じく……」「これが、勇者の力、なのか?」
驚かれている。むっさ驚かれている……。
いい加減、この手の反応にも慣れて来たと思ったけども、やっぱりダメだ……この手の視線と言葉はどうにもね……?
と言う訳で、串刺しにしたままのシーラカンスを、できるだけ優しく空いた手で剣から引き抜き、「どうぞ」と言うように、口をパクパクさせて何も言わない船長に手渡す。
ミッション終了、ただの高こ……じゃない、ただの猫さ。
じゃ、そういう事で。
剣についていた血を振って落とし、鞘に戻す。
よし、戻ってまた格好つけて黄昏れていよう。
その後、海を眺めて物思いに耽っていると、引っ切り無しに人が訪れて挨拶をして来た。
戦いを見ていた船員、傭兵に始まり、その話を聞いた乗客達まで。
乗客の皆様も色々で、自称冒険者、大陸北の豪商、元王族の血筋、こんなご時世に料理修行で旅するシェフ。
色んな人に挨拶されたのは良いんだ。
顔を広げておく事の重要性は、元営業職として心得てるし。注目される居心地の悪さも我慢できる。
でも我慢できない事が1つだけある。
目を覚ましたロールパンが、老執事を引き連れて、扉の隙間からコッチを終始睨んできやがる事だ。
いい加減腹が立って「何か用か?」と言う雰囲気で詰め寄ると……。
「流石ですわ剣の勇者! 貴方を、この私! エルギス帝国子爵ヴィセール=トト・レゼンスの娘、シアレンス=レア・レゼンスのライバルと認めましょう!!」
いや、結構です。
「そうでしょうそうでしょう、光栄でしょう! 私のライバルとなる栄誉を賜れる貴方は、一生分の運を使い果たしてしまったかもしれませんわね! おーほっほっほ!」
一生分の不幸が降りかかってるの間違いではなかろうか?
「ライバルとは、共に歩み、時に競い、お互いを高め合う存在! 私と競い合う事によって、貴方は歴代最高、最上、最強の勇者となれるでしょう!」
別にそんな物にはなりたくない。
そもそも勇者ちゃうし。
そしてロールパンの発言に一々後ろで拍手喝采を送る老執事が若干鬱陶しい。
「高みを目指して、競いましょう!」
いや、マジで結構です。
そういうの間に合ってます、いや、マジで、冗談抜きに。




