8-15 猫は変人と出会う
船の中を一通り回って、船上に出て海を眺めていると――――。
「剣の勇者殿、ですかな?」
後ろから声をかけられた。
少し驚く。
いや、驚いたって、別に人が寄って来た事はとっくに気付いて居たから良いんだ。驚いたのは、見ず知らずの奴から声をかけられた事だ。
船の中を回っている間も、流石に金鎧は目立つようで、乗船客や船員たちがコソコソと「勇者だ」「剣の勇者様だわ」だのと喋っていたのを知っている。だが、ビビられているのか、畏れ多いと思われてるのか、声をかけられる事はなかった。
それなのに、この……この、なんだ? 髭? 髭のとっつぁん?
真っ黒に焼けた顔に、申し訳程度に整えられたボサボサの髭。ここまで咋に怪しい野郎は、今まで会った事はないかもしれない。
俺――――ってか、【仮想体】が無言でジッと見ていると、男は「おお、そうでした」と慌てて帽子をとって頭を下げる。
「失礼しました。私は、この船の船長をしております、ギャラドと申します」
船長ね……なるほど、顔が黒く焼けてるのは、所謂“海の男”だからって事ね。
名前の方は、ギャラ泥棒の「ギャラド」と覚えやすく頭に刻んでおく。
とりあえず、ペコっとお辞儀を返しておこう。
「剣の勇者殿の噂は、海の上でも響き渡っていますよ。『その者、慈悲と冷徹な心持ち、勇ましく戦場を駆ける者。金の鎧纏い、猫の従者を肩に乗せた雷轟の如き強さの“太陽を呼ぶ者”――――剣の勇者』とね」
真実な部分が3分の1くらいしか無いんだけど大丈夫なのかしら? 大丈夫じゃない気がするわ……。まあ、噂として広まっちまってるなら、今更俺がどうこうしようもねえんだけども。
「まさか、恐るべき魔王達を屠った勇者殿を私の船でお運び出来るとは、光栄な事でございます」
畏まられても困る。
こちとら、ただの偽物の勇者ですし。中身はごく普通の一般ピープルですし。
【仮想体】が、「気にするな」と言うように手を向ける。すると、船長の顔が少し曇り、言い辛そうに先を続ける。
「それで……その、勇者殿であれば聞き及んでいるかもしれませんが、100年前に魔族と同じくして魔物が現れてからこっち、陸のみならず海にも大量の魔物が現れ、航海の安全性が著しく低下しております」
まあ、そらそうでしょうね?
船に乗ってりゃ魔物が出るなんて、RPGをやり込んで居た俺としては当たり前の展開過ぎて、欠片も驚く気にならない。
そいで、その先は言わんでも分かる。
「もし船が魔物に襲われたら、その時は助けてね?」って事でしょ? 別に頼まれなくても、船に乗ってる以上は全員一蓮托生だし、勝手に手を出すけどもさ。
「恐縮なのですが――――」
船長のセリフを「それ以上は言わんで良い」と、手で遮る。
「ありがとうございます! 彼の剣の勇者殿に護っていただけるのならば、船員も乗客達も安心する事でしょう」
とは言え――――期待のされ過ぎも困るけどね……?
ついさっきカラスにボコられたばかりだし……。俺が思っている以上に、俺は、多分、弱い。
海の上で、俺より強い魔物にエンカウントしないと言う保証はどこにも無い。
倒せる魔物なら倒すし、出来る限りは被害出さないように頑張ってみるつもりではあるが、だからと言って自分の命を賭けてまでやるつもりは一切無い。危なくなったら、さっさと【転移魔法】で戻って、船探しからやり直す。
俺は、ウチの弟子と違って、他人様を護る為に命賭けられる程優しくも強くもねえからな。
船長が頭を下げて船室に戻って行くのを見送り、再び海に目を向ける。
海は良い……。
澄み渡る空と海の青。
遮る物のない、どこまでも広がる海原。
こうしてボンヤリ海を眺めていると、悩んで居るのがバカらしくなる……って良く言うけど、そう簡単に悩みがどうでも良くなりゃしねえっつうの……。
俺が深く悩み過ぎてるからかねぇ?
「ミィ……」
はぁ……。
溜息が止まらんなぁ……。アビスにやられた時ですら、ここまで落ち込まなかったんだけど……中途半端に強さに自信が出来ていたから、ダメージがでかい。
切り替えようにも、気持ちのスイッチがプラス方向に上手く切りかわってくれない。
こう言う時は楽しい事を考えよう。
えー……そうだな?
あっ、そうだ。この件片付いたら、レティをどこかに連れ出してやるって約束してたんだ。
「どこか綺麗な場所が良いかなぁ」とか、特に行き先は考えてなかったんだけど、海とか良いんじゃねえか?
まともに外を出歩いた事無いってんなら、海になんて見た事くらいはあっても、近付いた事はないだろうし。
うん、良いかもしれない。
良い感じの砂浜でも見つけといてやれば、喜ぶんじゃなかろうか?
それっぽい砂浜ってどこかにあったっけか? と、頭の中で今まで行った土地の映像を、脳内作成地図と照らし合わせながら思い出してみる。
と――――、背後に誰かが近付いて来る匂い。
また船長が来たのかと思ったが、匂いが違う。
誰だ? と振り返ってみると、ロールパンみたいな縦ロール髪の女と、いかにも「出来る」感じの老年の執事服の男が立っていた。
「貴方が剣の勇者ですわね?」
ですわ?
ですわ口調をナチュラルに使う人に始めて会ったわ……言いたくないけど、結構微妙……。いや、別に良いんですよ? 他人様の喋り方にグチャグチャ口出すつもりは、一切御座いませんし。
「私は、エルギス帝国子爵ヴィセール=トト・レゼンスの娘、シアレンス=レア・レゼンス。気軽にシアとお呼びになって構いませんわ」
長ったらしい名前は魔王連中だけでお腹いっぱいなんだが……まあ、魔王連中の名前もちゃんとは覚えてねえんだけどさ。
だが、まあ、名前に“レア”と入ってるのは良い。収集家の俺としては、とても好感が持てる。
「お嬢様、子爵を名乗る時には“元”を付けるように、と旦那様から強く言われた事をお忘れですかな?」
「……そうでしたわね。憎き魔王バグリース=ガパーシャ・ライン・Hによって、家名も領地も奪われ、今や私たちは傭兵紛いの仕事で食い繋ぐ日々……しかし! 私の貴族としての誇りは奪わせませんわ! 故に、私は奪われた家名をこれからも名乗り続けるのです!」
「御立派ですお嬢様」
執事の老人が滝のような涙を流している。
……なんだろうこの人等? ちょっと頭のヤベェ人等かしら?
「ふっ、当たり前ですわ! お父様もお母様も『虫食えば野良暮らしだって出来らぁ!』と日々虫を食べて生活しているのですもの。私が頑張って、お父様達に上等な虫を食べさせてあげなくては」
「お嬢様! なんと、なんと立派にご成長なされて! 爺は……爺は嬉しゅうございます!!」
執事が涙の海に溺れそうになってんぞ……。
そして、元貴族のわりに父ちゃん母ちゃんが、えらい逞しいな……。虫食って生きてるって、相当根性あるぞ。少なくとも、俺は耐えられない。
っつか、金稼いで両親に良い物食わせるなら、虫以外の物を食わせたれや! 上等な虫ってなんだよ!? カブトムシか!!
「私も、近頃バッタは塩茹ですれば結構美味しいんじゃないかと思い始めて居ますが、そろそろお父様達に良い物を食べさせてあげなくてはね?」
良い物って結局虫でしょ?
ってか、オメェも虫暮らしだったんかぃ!!!? しかも、ちょっと虫の味の良さを理解し始めてんじゃねえか!!!?
心の中でツッコミを入れつつ、自分達の世界に入っていったロールパンと老執事を置いて船室に戻る俺だった。




