8-13 預言者
俺が何も言わずに(言えずに)黙っていると、それを肯定と受け取ったらしく、カラスは続ける。
「これから言う事は“今のお前”には関係ない事だが、必ず覚えておけ。そして、その時が来たら、今から俺が言う事を思い出せ。良いな?」
既にこの段階で何言ってるか意味不明なんだが……。
今は必要無いってんなら、必要な時になってから言いに来いやボケ。
「1つ、やる事に迷ったら『神の庭園』へ行け。2つ、余計な事はするな。3つ、やるべき事をやったら、さっさとスタート地点に戻れ。4つ、お前が持っていて良い神器は剣と盾だけだ。他の神器はさっさと誰かに渡せ。5つ、“虹の器”と“天使の卵”は死んでも手放すな。以上、忘れずに記憶しておいてくれ」
言い終わると、俺の体を手放して、バサバサと羽ばたいて手近な枝に上る。
言ってる事は本当に意味不明だったが1つだけ気になる点がある。コイツ、どうして俺が虹の器と天使の卵を持ってる事を知ってる……!? 片方は魔神の所、片方は教父から貰った物。どっちもまったく別の場所で手に入れてるから、俺が収集してるところを見たって事はねえだろう。
「ミ……」
クッソ、体が痛くて起き上がれねェ……。
治癒の天術で常時回復し続けているのに、ダメージが大き過ぎて回復が間に合っていない。
何とか顔を動かして見上げると、いつの間にか青空が見えていた。カラスの野郎が複製した何十万と言う数の武器が、いつの間にか1つ残らず消えている。能力の時間制限的な事で消えたのか、カラスが戦いが終わったから消したのかは知らないが、見慣れた青い景色に少しだけ心がホッとする。
「おっと、言い忘れるところだった。お前、エルギス帝国領の迷いの森の奥で“アレ”を見たんだろ?」
アレ。
何の事を言ってるのかなんて決まっている。
魔神だ。
つまり、コイツは――――魔神があそこに封印されている事を知っている側の奴だって事だ。
「アレには近付くなよ? お前が近付くと、万が一にもアレが目を覚ます可能性があるからな?」
魔神が目を覚ます……。
確かにそれは俺としても良くない事だろう。「行くな」と言うのなら言う通りにしよう。だが、それはそれとして、聞いておかなければならない事がある。
「(魔神を封印したのはテメェか……?)」
「その質問に答える意味は無いな? どうせ、放っておいてもお前はいずれ自分の足と、目と耳でその疑問の答えに辿り着く事になる。そんな事より――――」
人が真剣に訪ねてんのに、「そんな事」で片付けんなボケが!
「最古の血と相対する時の為に、逃げる手段を準備しておけよ? その為の手札が無いと話にならんからな?」
そこは……まあ、そうだな。
もし、コイツの予言めいた事が本当で、近い将来最古の血と戦うのならば、勝敗云々の話を抜きにしても逃げる準備はしておくに越した事はない。
「お前がアイツ等と対等に戦えるようになるのは、ライブ……じゃない、神の与えたスキルの本当の名前に気付いた後だろう」
「(……ん? 神の与えたスキル? 【収集家】の事言ってるのか?)」
「これくたあ? 随分シンプルな名前で呼ばれた物だな……。まあ良いや、面倒臭いし。それは自分で勝手に探して、勝手に何とかしろよ」
言うと、バサッと翼を広げて空中に舞う。
そのまま飛び去るような気配を見せたが、何かを思い出したように、器用にホバリングしながら振り返る。
「もう1つ言い忘れてた。大精霊にあったらちゃんと挨拶しておけよ? まあ、お前がしなくても、アッチの方から挨拶しに来るかもしれないが……一応な、一応。お前の中身の年齢は知らないが、社会人としての礼儀だからな?」
社会人?
その何気ない単語にハッとなる。
「(お前、まさか! 俺と同じ異世界じ――――!!)」
言い終わる前に、カラスは背は向けて飛び去った。
追いかけようにも、ジェット機みたいな速度で飛んで行く野郎を追いかけるなんて無理だし。そもそもダメージで体動かねえし……。
あのカラス……もしかして、俺と同じで動物の体に人間の精神が入ってるんじゃねえか? そいで、その精神は――――異世界人の物。
……本当に居たのか? 俺と同じ境遇の異世界人が……。
いや、それは一先ず置いとこう……考えたって無駄だ。あのカラス野郎にもう1度会った時に改めて訊く事にしよう。
それにしても、色々と意味深な事を言い残して行きやがって……あのクソ預言者め。
【収集家】。
俺が猫に転生する時に、転生職員が俺に与えた能力。
その本当の名前……か。
そら、確かに【収集家】って名前は、俺が勝手に呼んでるだけで、本当のスキル名は知らない。ログにもそう言う物が表示された事はねえし。
でも……その本当の名前を知った後が、最古の血と戦う時ってのはどう言う意味だ? 名前を知ったくらいで、何か変わるのか?
それに、大精霊ってのはなんだ?
名前から察するに、バルトの連れてる小さな精霊の上位種っぽい物だとは思うが……それに挨拶しておけってのはどう言う事だ?
名刺交換でもしろってか? いや、バカか。
そもそもの話として、そんな凄そうな奴の居る場所なんて知らねえし。挨拶しようにも、会い方が分かんねえし。
ハァ……いきなり考える事を増やしやがって……それじゃなくても、コッチは目先の魔王との決闘で一杯一杯だっつうのに……。
「ミ……」
よっと。
ようやく体を動かせるくらいまで回復したな?
ここまで回復すれば、全快まではあっと言う間だ。
改めて周囲を見回す。
俺が地面に叩きつけられた時の衝撃で、クレーターのように抉れ飛んだ地面。竜巻の通り過ぎた後のように薙ぎ倒された木々。
どんなパワーだ……。
……あのカラス、これだけの惨状作りだしても、まだ全然本気を出してる感じじゃなかった。
コッチの物量戦術を、平然と何十倍にもして切り返してくるスキル構成もヤバかった。
下手すりゃアビスとタメ張れるくらい強くねえかアイツ……? いや、どっちの本気も見た事ねえから正確な事は言えねえけど……。
「ふぅ」と大きく息を吐く。
グチャグチャ考えるのは止めよう。先の事なんて考えるだけ無駄だ。
あのカラスに言われた事は、一旦横に退けて、目先の事に集中しよう。
野郎が、俺にとっての敵なのか味方なのかがハッキリしないのがイマイチ気持ち悪いけども……まあ、それも考えたってしょうがない。
どの道、「俺に立ち止まる」なんて選択肢はねえ。野郎の罠だろうが、そうじゃなかろうが、安全だろうが、危険だろうが、俺には、前に進み続ける以外の選択肢は許されていないのだから。
思わず溜息を吐きそうになる。
この世界は、本当に俺を甘やかすつもりがねえなぁ……。
* * *
猫との戦い――――とも呼べない、“じゃれ合い”を終えたカラスは、悠々と空を泳いで帰途についていた。
今も昔も、仕事から解放されて、家に帰る時の解放感は変わらない。
口笛の1つでも吹きながら飛びたい気分だったが、鳥の嘴ではまともな音も出ないので止めておいた。
ふと、先程まで話していた猫の姿が思い出される。
印象としては
―――― 弱い。
スケジュール上の能力値と比べれば誤差の範囲ではあるが、その小さな誤差が最終的な結果を悪くするのではないかと不安になる。
「ここからは、神の獣が目を覚ますのが先か、魔神が仕上がるのが先か……。さてさて、どうなる物やら」
スケジュール通りにいけば、勝算は決して低くないとは分かっているが、それでも、何もかもがその通りに進む訳ではない。兎角、あの猫に関しては特に。
独り言を呟きながら、一際大きく翼を羽ばたかせる。
「まあ、良いや。俺はノンビリ惰眠を貪る事にしましょうかねっと。さようなら、地獄のような社畜の日々、こんにちは自由と怠惰な鳥生活ってな――――」




