8-12 魔王ブラウンvs八咫烏
ヒュンっと風を切る音と共に、飛び上がる。
2つ3つと【空間機動】で見えない足場を作り、高速で木の上で見下ろしているカラスに突っ込んで行く。
一瞬一秒無駄には出来ない。
カラスが無限に増え続ける武器を動かし始めるまでがチャンス。もし、あの量の武器が一斉に襲いかかって来たら、間違いなくその瞬間に逃げ場が無くなって詰む。
あと一歩――――のタイミングで、用意していた魔法を連続で収集箱から投げる。
【グラビティ】
重力の負荷でカラスの体を縛る。
逃げ足を封じる。
更に、上下も四方も囲い込むように――――
【業炎】
炎の檻――――。
逃げ道も封じる。
拳を振り被り猫パンチ(獄)の構えのまま、最後の1歩を飛ぶ。
カラスの顔がゆっくりと動いて、飛びかかる俺を視線が追って来る。スロー再生の中でもカラスの動きが鈍い感じがしない。
コッチは音速に近い速度で動いてる筈なのに、視線が切れない……って事は、コイツには俺のスピードが見えてるって事だ。
だが、それで良い。
俺自身は囮。
下から迫る俺を視線で追って、カラスの顔は下に向いている。だから――――野郎の頭上に防具無しの【仮想体】に旭日の剣だけ持たせて、強襲って訳よ!
カラスの嘴が開く。
加速中は、全てがスローになっているのに、カラスの声がやけに鮮明に聞こえた。
「これは、不意を突いてるつもりなのか?」
猫の拳を、3本の足のうちの1本で小石でも摘まむように受け止め、同時に雨を避けるように右羽を頭上に掲げ、【仮想体】の振り下ろした旭日の剣を受ける。
キィンっと金属同士が擦れるような音。
硬いッ――――!!
普通の鳥の羽にしか見えないのに、生半可な硬さじゃねえぞコイツの体!? 魔力を限界まで流しこんで強化した旭日の剣を、支援術式全開強化状態の【仮想体】が振ってるのに、刃先すら食い込まねえ!?
コチラの攻撃が、完全に表面の羽に弾かれてる。
それに【グラビティ】で動きを制限している筈なのに、そんな事お構いなしに動いて居やがる!
息を止めて居られず、フゥっと口から空気が逃げる。スローになっていた世界が通常の速度へと戻る。
「パワー、スピード、技、スキル、何もかもが足りてないな? よくそれで、今まで生き残って来られたものだ。その点だけは感心する」
バカにされているのは分かっている。
しかし、それに対して怒っているような余裕がない。
俺の拳を掴んで居る足を、ブンっと無造作に振る。
まるで、虫を払い除けるように軽く。
それなのに――――まるで砲弾のような速度で俺の体は吹っ飛ばされた。
「―――ミャっ!!」
軽く音速を越える速度で体が後ろに流れる。
体勢を立て直そうにも、空気に叩かれて体の自由が利かない。
【空間機動】で足場を作って、立て直――――
――― ゴッ
背中に衝撃。
体が木にぶち当たった衝撃。
痛みが全身に広がり、頭がふら付いて、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。
俺のぶつかった木が激突の衝撃に耐え切れずに圧し折れ、俺は幹をぶち抜いて更に吹っ飛び、更に10mほど吹っ飛んで地面をゴロゴロと転がった。
フラフラしながらも、「追撃される」と言う意識が働いて、体が無意識に立ち上がる。
「ミッ……ぇッフ……」
口から赤い液体を吐き出す。
クッソ……全身が痛ぇ……なんだ、コレ? 何されたよ?
俺の体は、収集箱内の全防具を合計した防御力になっている。それなのに、軽く投げられただけで、簡単に防御を抜かれたぞ……!?
しかし、愕然としている暇は与えてくれない。
空が落ちて来た。
いや、実際は空が落ちる訳無い。
天を覆う何千――――何万――――何十万の刃が、一斉に俺目掛けて降って来る。
逃げ場がない……!!
【転移魔法】――――ダメだ、間に合わねえ! 今発動しても、転移が実行される前に蜂の巣にされる!!
速く、逃げる、には……。スピード――――加速――――時間。
ハッとする。
【タイムアクセラレータ】だ!!
【星の加護を持つ者】のスキル。
自身の時間だけを加速させる能力。
まだ持ったばかりで使った事はないが、ぶっつけ本番なんていつもの事だ。
使い方をウダウダ考えている余裕は無い。
迷っていたら、その間に攻撃が届いてしまう。
やったれ、俺!
スキルを発動する。
途端に
―――― 時間が止まる
【アクセルブレス】発動時のような、スローな世界ではない。
“加速”のレベルが違う。どれくらい違うかって、音速と光速くらい違う。
完全に、何もかもが動きを止めている。
舞い落ちる葉も。
舞い上がる土埃も。
倒れかかる樹木も。
天から降って来る武器も。
俺以外の全てが、凍ったようにピタリと動きを止めている。
それに――――見える物全てから、色が失せていた。
白と黒のグラデーションで形作られた、モノクロの……時間が止まった世界。
凄ぇ……けど、息が出来ない!? その上、水中に居るように体が重い……!! 周囲の空気が粘土のように体に纏わりついて動きを阻害する。
超加速と引き換えの負担って事かよ!? くっそシンドイ!!
だが、時間停止の中を動けるってアドバンテージは本物だ。
水底を歩くように、ゆっくりと重い一歩を出す。重く固い空気を押し退けるようにして、もう一歩、更に一歩。
徐々に足の回転を速くする。
よし、行ける。空気の抵抗はしんどいけど、今の俺の身体能力値なら、十分動き回る事が出来る。
このまま距離をとって――――
「強いスキルを持つ奴の悪い癖だ」
は?
声が聞こえた次の瞬間、突然頭上に現れたカラスの足の1本にガシッと鼠のように掴み上げられ――――地面に叩きつけられる。
「ミ、ギィッ!!!!?」
地面に体がめり込む。
酸素を求めて、体が勝手に【タイムアクセラレータ】を切って加速を終了させる。
その瞬間、止まっている間に起きた事象が、縮んで力を溜めたバネの跳ね返りの如く現実に反映される。
ゴガンッと言う建物の崩れるような爆音と共に、体が地面に吸い込まれるように沈む。
俺を中心として地面がひび割れ、カラスの凄まじいパワーが地面の中を行き場を失って暴れ回る。
局地的な噴火でも起きたようにひび割れた地面が上空に吹き飛び、周囲の木々がグシャリと拉げて潰れる。
5mほど地面を掘り進め、ようやく止まる。
「…………ミャ……ぁウ……」
しかし、カラスは俺の体を放そうとはしない。それどころか、更に強く締め上げて来る。
防御力増し増しになっている猫の体を、紙のように鳥の爪が食い込み、ブシュッと血が噴き出す。
「時間加速が強スキルなのは認めよう。だが、何故、相手も同じ事が出来るとは考えないんだ?」
同じ事――――つまり、コイツも時間を加速させる何らかの能力持ちって事かよ!?
頭では否定したいが、数秒前に止まった時間の中で強襲された事が何よりの証拠だ。
「まあ、良いや。面倒臭いから、これで俺の勝ちって事で良いよな?」




