8-5 猫は本来の目的を忘れる
まあ、教父爺は助けられるから助けた……って、だけなんだが。
無理なら切り捨ててた。
だって、別に俺個人としては、教父爺に何か思い入れが有る訳でも、恩が有る訳でもない。
俺と何かしら関わりのある人間だったら……そう、例えばアザリアとか、ユーリさんとか、バルトとか、そう言う人間であれば、俺は頼まれなくても、なんとかして助け出そうとしていただろう。
でも、俺はボランティア好きな善人では無い。
なんの関わりも無い人間を助けるのに必死になれる程、俺はまっとうな人間じゃねえしな。
っつか……あの戦いまで、敵意満点で俺を睨んで居た双子が、こんなにしおらしくなっていると、失礼だが若干不気味だ。
まあ、文字通りに“憑きものが落ちた”って事なんだけどさ。
そこで、俺達の会話(俺は喋って無い)で目が覚めたのか、教父爺が目を擦りながら上体を起こす。
「おお、これは剣と槍の勇者殿。来られて居たとは知らず、寝たままで失礼いたしました。どうにも、陽気が心地良く、夢の世界から呼ばれているようでしてな」
そう言ってフフッと柔らかく笑う。
ベリアルが憑いて居た時の、人を嘲るような笑いでなく、静かに、自然に、心から湧き上がる喜びを顔に出す、バルトのような素直で、子供のような純粋な笑い方。
「お父さん」「寝坊し過ぎ」
「はっは、娘達にも、こうして叱られている有様です」
言葉や表情、仕草や気配、どこにも邪気がまったく無い。
自然で、当たり前の姿。
そうか、コッチの方が素の姿なのか。
ブランとノワールの双子に叱られて、子供のように笑う教父。その光景は、どこにでも有触れた、“家族”のそれであった。
「改めて、ご足労願って申し訳ありませんでした。どうにも、今は街を自由に歩く訳にもいかず、こうして犬猫のように食っては寝ての怠惰な毎日を送っております」
犬猫のようにって……猫に対する皮肉かコンニャロウ。
こちとら、その食っちゃ寝生活する為に、死に物狂いで強くなっとる最中やっちゅうねん。
とか、心の中で全力で文句を言っていると、ふと教父の視線が、金鎧の肩で丸くなっていた猫に向く。
「ミ?」
なんじゃい?
一声鳴くと、何故か教父はペコっと小さく頭を下げ、何事もなかったように話に戻る。
「まずは、助けて頂き、本当に……本当にありがとうございました。こうして私が笑っていられるのは、剣の勇者殿が大怪我を負ってまで助け出してくれたお陰です」
教父がベッドに座ったままペコっと頭を下げると、双子も先程よりも深く頭を下げる。
いやいや、どういたしまして。
……って、もしかして貴方……助け出された時……ってか、その前後の記憶があったりしませんよね? ベリアルとバチバチやり合ってる猫の姿を見られていたら、それは、もう、大変な事態なんですけど。
「とは言っても、悪魔に取りつかれていた間の事も、助け出された時の事も、まったく憶えていないのですが」
セーフ!!!
はいぱー、セーフッ!!!
「……ですが、私が憶えていなかろうと、私の犯した罪によって苦しんだ……今も苦しんでいる人達がいる事は変わりありません。」
そら、そうだろう。
苛めっ子は大きくなれば、自分が傷付けた相手の事なんて過去の思い出の1つとして忘却してしまうが、苛められていた方は、一生物の傷となって死ぬまで残り続ける……なんて話を、元の世界ではテレビでよく聞いたもんだ。
部屋の中の空気がしんみりする。
「これからの私の生きている時間を全て捧げて償っても、この罪は決して赦される事はないでしょう。ですが、だからと言って償いを放棄するなんて以ての外ですからね」
苦笑する。
自分の意思ではないにしろ、罪を犯した痛み、苦しみ。そして、後悔と悲しみ。この人は、そう言う目を背けたくなる程辛い物を、全部受け止めた上で「生きていく」と言っている。
なるほど、“教父”だ。
教えを説く父。
教えを実践する父。
教えを学ぶ父。
教えと共に、生きる父。
「私達の一緒に償う」と双子が揃って頷いているのを横目で見ながら、俺が心の中で感心していると、教父がポンっと軽く手を叩く。
「おっと、そうでした。剣の勇者殿をお呼びしたのは、愚痴を聞かせる為ではありませんでしたね?」
ニコッと笑う。
場の空気がスルッと変わる。
こう言う人が偶に居るのだ。場の空気を、当たり前のように、簡単に変えてしまう便利な人。
「実は、話をすると長いのですが―――」
じゃあ、結構です。
と俺が返そうかと思ったら、話が続く。
「まあ、長くなる部分は割愛しましょう。老人の話と説法は短い方が徳が高い、と言いますし」
言うか?
ってか、「徳が高い」とか言うと仏教徒みてぇだな……。
まあ、短く纏めてくれるなら、それに越した事はねえけどもさ。
「これは、私が神の教えの道へと入るキッカケになった事なのですが―――子供の時分、夢を見たのです」
夢?
え? 何? 寝てる時に見る夢の話?
「光り輝く大きな存在が私の夢に現れ、何かを手渡しながらこう言いました『いずれ、“それ”を必要とする者がお前の前に現れる。それまでは、お前が護り続けるのです』と。起きても鮮明に覚えていて、不思議な夢だったな……と子供心に思ったのですが、不思議な事に私の手には見た事も無いアイテムが握られていたのです」
………オカルトな話じゃないよね?
幽霊とか怪奇現象とか、その手の話だったら、正直勘弁願いたいんですけど? 俺、坊さんでもないし、ましてやエクソシストじゃねえし。って言うか、アンタがそう言うのの本職なんちゃうの?
そんな事を考えていたら、教父の視線が【仮想体】に向く。
「剣の勇者殿を見て思ったのです。貴方こそ大いなる存在の託したアイテムを必要とする者なのではないか、と」
いや、絶対違うと思います。
とは言えないので、黙っている。
その、夢に出て来たのが何者かは知らないけども、そんな大層な存在から預かった物を貰うような予定は一切無い。まあ、その「夢の中の誰か」が、転生職員とかって可能性は有り得るっちゃ有り得るから、絶対無い……ってのは流石に言い過ぎたな?
まあ、でも、そんなオカルト的な渡され方したアイテムなら、当然むっさ希少なアイテムでしょうし、是非欲しいです。
ですので、シレッと「その通りだ!」と言わんばかりに、黄金の鎧に力強く頷かせる。
え? 図々しいんじゃないかって? 良いんだよ、猫なんて無断で人の家に上がり込むくらい図々しい生き物なんだから。
「おお、やはり。でしたら、お渡しを―――と言いたいところなのですが、今は手元にないのです。と言うのも、私を支配していた悪魔が、妙にそのアイテムに触れる事を嫌がって居たようでして……」
悪魔が触れるのを嫌がるアイテム………?
何やら引っ掛かる。
いや、それ以上に教父の言う事が引っ掛かる。
だって、ベリアルに支配されてる間の記憶ねえって言ってたじゃんアンタ……。
………まあ、良いか。全部が全部忘れた訳じゃないって、それだけの話か、多分。
「図々しくて申し訳ないのですが、アイテムを取りに行って頂けますか? そのまま、貴方の物として持って行って貰って構いませんので」
別に良いけど。
レアアイテム貰えるなら、どこへだって行きますし、何でも致しますってね。……いや、どこへでもって訳じゃねえな……何でもやる訳でもねえし。
「場所は聖教会アヴァレリアの私の私室です。あの部屋には隠し棚がありまして、本棚を横にずらしてた壁を横に開く事が出来ます。この鍵をお持ち下さい」
アバ……えー、網走教会ね。覚えてる覚えてる。俺が軟禁されてた所だ。
教父がどこからともなく取り出した、やけに古めかしい鍵を受け取る。
「隠し棚の中に入っている箱は、その鍵で開く事が出来ます」
で、その箱の中に、件のブツが入ってるって訳ね。
ヨッシ、んじゃ、早速レアアイテムゲットしに行きますか!




