8-3 続・届いた手紙
世界最強の魔王、アビス・A。
その圧倒的な力は、全世界、誰もが認めるところである。
そもそも、“最強”と言う称号自体が、自分で名乗る物ではない。何者にも負けぬ者。何者にも恐れられる者。全ての上に立つ者。
それを、他人が“最強”と称する。
つまり最強とは、他が認めて始めて成立する物だ。
その、最強たるアビスの弟子が魔王メガ……じゃない魔王ギガ野郎なんですか?
え? ヤバくない? 超ヤバくない?
最強の弟子って事は、アビスに程近い力まで辿り着いてるって事じゃない? それに、レティが言ってた噂その①だ。
もしアビスが居なかったら、肉弾戦最強の座はギガの物だった……って奴。
これが単なる噂じゃないとしたら、コイツの戦闘力は―――肉弾戦1つに限定すれば、最古の血のアビス以外の2人を上回ってるって事だ。
それはヤバい。
俺も相当鍛えて来たつもりだけど、最古の血と比べて上回っている部分は、恐らく1つも無い。
最古の血より優れた部分が1つでも有るって言うのは、それだけでも異常だ。
その異常な奴と、正面切って戦うってか? 正気じゃねえな。まあ、一般人に言わせれば、魔王に喧嘩売ってる時点で正気じゃねえんだろうけども。
まあ、行くだけ行ってみりゃぁ良いさ。無理そうなら転移で帰ってくれば良いし。
「(魔王の事は、何となく分かった。で? そのなんたら国には、どうやって行けば良いの?)」
「アルバス境国ですよ……。それと、徒歩じゃ行けませんからね?」
「(え? そうなの?)」
今までは徒歩圏内……でもないか。
まあ、ともかく、今までの魔王の支配する国には、歩いて行けたけど……。
「(孤島とか?)」
「違います。ちゃんと地続きですよ? でも、この東の大陸を両断するようにそびえ立つ、ウェンダルム山脈は越えられませんから」
「(なんで?)」
「元々、普通の人では越えられない程険しい山々で、今の季節は、1度天候が崩れると延々と雪や雨が降り続けるそうですから。それに、この危ない時期に合わせるように“至竜”が山頂付近に来るらしいですよ?」
至竜とやらがどんな竜なのかは知らないが、とりあえず山に登るのは超絶危険なのは分かった。
どんなに能力値が上がっても、寒さはしのげねぇしなぁ……こんな子猫の体じゃ、吹雪にでもあったら、3分でジ・エンドだ。
「(じゃあ、どうやって行くん?)」
「んー……。船じゃないですか? 大陸をグルッと迂回するように進むって、聞いた事があるんです」
船ねぇ……。
コッチの世界ではどうか知らないが、俺等の世界じゃ昔っから、猫は海に嫌われてるって言う迷信があって、そのせいで猫を船に乗せるのは嫌がられてたんだよなぁ……。
まあ、乗せてくれないなら、勝手に密航すれば良いんだけども。
「(船って、どこから乗れば良いの?)」
「そりゃぁ、港からです?」
「(いや、違くて………港なのは知ってるよ。そうじゃなくて、どこの港から乗れば良いのって話よ)」
「この国の港からは無理ですよ? 港は魔族の方達が滅茶苦茶にして行って、まだ修復が終わってないから大型船が停められないって、お父様が言ってましたし。それに、元々この国の港から乗ると、遠回りになってしまいますしね?」
「(じゃあ、帝国領からは?)」
「はい、それなら現実的かと思うんです。帝国を支配していたバグリース様は、船を使って盛んに他国と貿易してたと聞きますから、きっと港は無事でしょうし」
帝国の港町ってどこに在ったっけ?
小さな漁村なら、ボンヤリと2つ3つ思い付くんだが……。
「(レティ、帝国の地図とか無い?)」
「他国の地図が有る訳ないじゃないですか」
そう言う物か?
いや、待て、そうか。地図が有れば、攻める時にも作戦が立てやすくなるし、地形の利を活かす事が出来る。
つまり、地図が有ると言う事は、人間の反抗を防ぐって意味で“魔族にとって都合が悪い”って事だ。
だから、他国の地図を渡したりしなかった……って感じの理由かね?
まあ、良いや。ねえ物はねえんだから、グダグダ言っても仕方ない。アザリアかシルフさん辺りに訊いてみるか。
色々考えを巡らせていると、痛いほどの視線を感じる。
「(……何、レティ?)」
「ブラウン、もしかしなくても行くつもりなんです?」
ジトっと頬を膨らませている。
何やらご立腹らしい。
「(そうだけど?)」
「私も行きます!!」
「(ダメ)」「姫様!」
俺の即答と同時に、レティの後ろで黙っていたメイドさんがクワっと若干般若顔になる。正直むっさ怖い……。
ってか、メイドさんには俺の声は聞こえて無いけど、レティの受け答えで何となく会話の内容は分かっていたらしい。すげぇな。
「なんでダメなんです!」
「(足手纏いだから)」「姫様だからです!」
俺とメイドさんの両側から言われて、若干涙目になるレティ。
いや、だからって「連れて行く」なんて選択肢ねえけど。
だって危な過ぎる。
優雅なディナークルーズに行く訳じゃねえんだっつうの。
荒波を越えて行く船旅だ。無事に行きつくなんて保証はないし、仮に、もし、行きついても、その先に待っているのは魔王との戦いだ。
レティの出る幕は何処にも無い。行っても、無駄に危険に身を晒すだけだ。
ってか、レティが戦うどころか自衛もまともに出来ないし、そう言う意味じゃ、アザリア辺りを連れて行くよりも酷い。
まだ戦うかは分からないけど、戦うとなったら、相手は最強のアビスの弟子で肉弾戦なら魔王の中で2番手って言う難敵だ。レティを護れる余裕を残しておける相手とは思えない……。
って事で、レティを連れて行く事は「無理」です。
「ぅう……いつもブラウンは、私を置いてくじゃないですか!」
「(しゃーねーべや)」
俺が行く場所は、大抵危ない場所だもの。
ピクニックか散歩するってんなら、レティを連れ歩いても………いや、お姫様がそんな簡単に外歩いてるのは、それはそれでマズイのか……。
ぶっちゃけ、レティのこの我儘は、単純に俺と離れたくないっての以上に、外に出たいって欲求じゃないだろうか?
元々豚の姿で軟禁されていたレティだ。人に戻っても、基本的には屋敷から出る事無く、そのまま城に引っ越して来たから、自由に外を歩きたい欲求が溜まってるって事だろうよ。
まあ、外に出たいって気持ちは分かる。
でも、魔王の手によって10年の間家畜の姿に変えられていたレティを、過保護に護ろうとする王様、王妃様、それに城にいる皆の気持ちも分かる。
とは言え―――泣き出す程外に出たいってんなら、どっかでガス抜きはしてやる方が良いよなぁ……。
溜め過ぎで爆発して、いきなり1人で家出なんてされたら、それこそ困った事態だ。
「(分かったよ。今すぐは無理だけど、この手紙の件が片付いたら、俺が何処か連れてってあげるよ)」
「本当です……?」
「(約束)」
「ちゃんと約束したんですからね」
俺が丸っこい小さな手を差し出すと、レティが手の先っちょをキュッと握る。
どさくさ紛れに俺の肉球をフニフニするのは止めなされ。
「絶対、絶対なんですからね?」
むっちゃ念を押される。
まあ、機嫌直ったっぽいから良いか。
「(はいよ)」
……あ、また安請け合いな約束をしてしまった……。
バグの時みたいに、約束破りそうになって後悔する展開じゃなきゃ良いけど……。




