8-1 猫は弟子の話を聞く
「(精霊化? 何それ?)」
現在地、エルギス帝国南部に位置する、七色教の総本山のグラムエンド。
その人気の無い裏通りで、俺はバルトと2人で話していた。
と言うのも、例の戦い―――皆の言うところの“悪魔騒乱”を切りぬけた俺は、後始末を全部アザリアを含めた勇者諸君に押し付けて、一時レティの居るツヴァルグ王国へ避難していたが、いつまでもそうしている訳には行かず、3日程経ってから舞い戻って来た。
んで、この3日の変化を聞く為にバルトを呼び出したところ、聞かされたのが、バルトが悪魔……いや、双剣の勇者たる双子との戦いの中で目覚めた新しい力の事だった。
「はい。文字通り、体、精霊、に、して、戦う、力、爆発的に、上げる、です」
「(ほぉ)」
弟子が新しい力に目覚めてくれたのは、師匠としての立場から嬉しい……のだが、その当の本人が嬉しそうじゃない。
「(で? その精霊化で、何かあったか?)」
言うと、少し塞ぎ気味だった視線をハッとなって俺に向ける。
「何か、あった。分かる、ですか?」
「(そら、これでもお前の師匠だからな)」
言うと、バルトが感動したように目を潤ませる。
いや、喜ぶなよ。
ぶっちゃけ、テンション低いから勘付いたってだけで、別に俺が特別とか、そう言う話しじゃねえんだよ。
「力、解けたら、血、吐きました」
「(……マジか!?)」
俺の常識で言えば、血を吐くなんて、間違いなく即行で病院に担ぎ込まれる状態だ。
能力使用後にそれが起こった……?
「体、力、入らなく、なって、戦い、終わって、から、ずっと、体、重い……です。今も」
自分の体の異常が不安なのか、しきりに手を握ったり開いたりする。
今日のバルトの動きのキレが鈍いのは、テンション低いからじゃなくて、そのせいか。
「僕、体、どうなった、でしょうか……?」
「(多分……いや、絶対に原因は、その精霊化だろう。って事は、恐らく、その精霊化の能力は、命を削る類の奴だ)」
「命、削る……?」
「(俺はお前がその力を使うところ見てねえから、こっから先はあくまで推測な? 多分、その精霊化って能力は、お前がもっと成長して、精霊の力を自由に引き出せるようになった時にでも開花する筈だった能力なんじゃねえかな?)」
「力、得る、早過ぎ、ですか?」
「(多分な)」
話を聞く限り、精霊化した時の能力値は、双子を圧倒したり、下級とは言え悪魔を複数瞬殺したり、今の俺に迫る勢いだと思う。
だが、通常時のバルトの戦闘力を考えると、その上がり幅は異常だと思う。
「(本来ならもっと強くなった時……それこそ俺くらいにな? それくらいになった時に使う様な能力なんじゃねえかと思う。けど、今のお前はその爆発的な力を使うには能力値が圧倒的に足りない。だから、その足りない分を命で支払う羽目になった……って感じだと思う、多分だけど)」
「力……足りない……」
結構直球で「お前が弱いせいだ」って言っちまったけど良かったかな……? いや、でも、ここはちゃんと言うべきところだ。なんたって、バルトの命に関わる話だからな。
仮にも師匠を名乗る立場としては、バルトは長生きして強くなって貰いたい訳で。
「(だから―――その能力は使うな)」
ハッキリと言う。
言わなければいけないから。
成長途上のバルトにしてみれば、新しく、そして驚異的な程に強くなれる力を手にしたのに、それを「使うな」と言われるのは辛いと思う。でも、使って寿命をゴリゴリ削るお前なんて俺は見たくないし、させたくない。
「………はい」
微妙に納得してない顔。
気持ちは分かる。
けど、ここは俺も譲れない。
甘い顔は一旦捨てる。
人を教えるって事は、人を導くって事は、優しいだけじゃダメだ、と今更ながら思い知る。
「(つっても、お前はきっと、仲間や関係無い人が危険になったら、自分の体の事なんてお構いなしに使っちまう)」
「………」
バルトは何も反論しない。
図星だからだ。
「(だから、俺との約束だ。『お前が能力の反動を受け止められるようになるまで、その力は使わない』だ、良いな?)」
「はい……!」
「(もし破った時は―――俺はお前の師匠を止める)」
「ッ!!?」
バルトがやたらと驚いた顔をする。
俺が中途半端な気持ちで言っている訳じゃないと、ようやく伝わったらしい。
俺は本気だ。
バルトは優しい奴だ。
だからこそ、人が傷付く姿を放って置けない。だからこそ、自分を犠牲にしてでも人を護ろうとする。
それを止めるのは、師匠である俺の仕事だ。
古人曰く『弟子の無茶は、師匠の教え方が悪いから』だ。
「(分かったら返事)」
「ハイッ!!」
「(よし)」
釘は刺した。
これ以上の事は俺には出来ない。
もし、これでもバルトが力を使うと言うのなら、その時は本気で縁切りするだけだ。
別に俺は怒ったつもりはないが、言われたバルトの方は、そうは思わないらしく、シュンっと落ち込んでテンションが更にガタ落ちになる。
しょげんなよ……別に怒った訳じゃねえんだから……。
「(焦んなよ? お前は焦らなくても、ちゃんと強くなってる)」
「……」
「(心配しなくても、お前ならそのうち自由に精霊の力を使えるようになるさ)」
とは言ってみた物の、精霊の力ってのは、結構精霊達の気分次第だからなぁ……。
自分の言った事に首を傾げていると、バルトがバッと俯いていた顔を上げる。
「師匠、僕、もっと、強い、なります。もっと、もっと、もっと! 師匠、心配、要らない、くらい、強い、なります!」
心の中でクスッと笑ってしまう。
コイツは本当に馬鹿正直だ。
自分が弱い事を認めて、その弱さを肉体で思い知っても、それでも尚前を向く事を止めない。
それでも尚、前に向かって歩く足が止まらない。
コイツの目を見れば分かる。
――― 火の付いた目だ。
強さを求める者が、例外無く瞳に宿す炎。
その名は―――闘志。
「(お前なら、本当に俺を追い越しちまうかもな?)」
それは、俺の願いでもあったかもしれない。
世の師匠達、皆が心に抱いている願い。
愛弟子が、自分を追い越して、更なる高みへと昇ってくれる事。
「頑張ります」
「(ああ、頑張ってくれ)」
大丈夫そうだな?
「(まあ、これから強くなるつっても、現状がボロボロだし、お前は今回は留守番な?)」
「留守番、ですか?」
「(ああ、ちょいとばかし遠出する事になりそうでな? お前が万全だったら一緒に連れて行こうかとも思ったが、その状態で連れて行くには、ちっとばかし危ない場所なんでな)」
俺が次に向かう場所。
アルバス境国。
3つの国の接する緩衝地帯に作られた、3つの国の境界を示す小さな国。
そして―――俺に決闘状を送りつけて来た、魔王ギガース=レイド・Eの支配する国。




