7-28 闇に塗れる
「ほうら、がら空きだぞ!!」
ベリアルの攻撃が上から降ってくる。
「チっ」と舌打ちしつつ、その攻撃を【仮想体】の兜で受ける。
受ける……とは言ったが、正直避けられなかっただけだ。
攻撃が見えねえ―――!!
暗闇に閉ざされた空間の中では、何も見えない。敵も、自分の体も、何も見えない。当然敵の攻撃の動きも見えない。
気配で敵の動きを見ようとしても、気配や殺気も何も感じない。
クソ、野郎が何したのかは分からないが、この暗闇が全ての元凶だ。
視覚、聴覚、嗅覚のみならず、気配察知の能力まで奪われている。
こんな状態じゃ、まともな戦いになんてならない。
兜の角を飛ばされるが、兜自体はギィンッと攻撃を弾く。
なんの攻撃をされたのかは見えないが、多分爪を振ってきた……多分。
「どうした? さっきまでの威勢はどこに行った? ハッハッハハハハハハハ!!!」
うぜぇ。
野郎の笑い声は、妙に人の神経を逆撫でて来る。
思考が掻き乱される。
今すぐぶん殴りたい衝動に駆られるが、その衝動は理性で抑え込む。
相手を視認できない状況で、理性を失ったら、それこそ終わりだ。
まさか、これも悪魔の能力ってオチじゃねえよな? だとしたら、相当に質が悪い。あ、悪魔だから、そもそも質は悪いのか。
思考を回せ。分からないなら、分かる範囲で野郎の手品を見破れ!! このままじゃ嬲り殺しにされるだけだ。
まずは考える時間が必要だ。
何も見えない闇の中を、【仮想体】が全力で走り出す。
動いて的を絞らせない。
「それで逃げているつもりか?」
横合いからの攻撃―――多分蹴られた。
凄まじい衝撃と共に【仮想体】が吹っ飛ばされる。
猫は素早く黄金の鎧から飛び降りたのでノーダメージ。
クソっ、このスピードで動いても攻撃を回避出来ねえってかよ!
敵の対応スピードが速すぎる。
いや、これはスピードの話じゃねえな。
野郎の“闇渡り”が優秀過ぎるだけだ。闇に閉ざされたこの部屋の中は、完全に野郎のテリトリー。言い換えれば、奴の掌の上と言っても良い。
コッチの動きは、文字通り手に取るように分かり、攻撃はどこからでも、いつでも可能。
やべぇぞコレ! この野郎、思ったより格段に強い。
いや、いやいや。
強いのはコイツってか、あの機械っぽい、何かの装置だ。
こんな凶悪なフィールドを作り出すとは、まったく、ちっとも、思っては居なかった。
多分、直接戦闘に持ち込めば俺の方が強い。
だが、この空間はダメだ。暗闇で何も見えないんじゃ、コッチの攻撃が野郎を捕まえられない。
どうやったって、コッチが受けに回らざるを得ない。
どれぐらい“得ない”かって、「覇王翔●拳を使わざるを得ない」くらい“得ない”。
だが、諦めるつもりも一切ない。
こんなところで散ってやるほど、俺は安くない。
仮に、野郎が俺の命を持っていくと言うのなら、それ相応の支払いをさせる。これは絶対だ。
問題は、野郎にどう支払わせるかって話。
打開策を考えはするが、空間中に響き渡る野郎の笑い声が、それを乱してくる。
ともかく、“受け”だ。
奴の無軌道攻撃を何とかしないと、考える事も出来やしない。
吹っ飛んでいた【仮想体】を装備一式ごと一旦戻し、猫の隣に再び出す。
その肩に乗っかりながら、空間に待機させたままの武器たちを動かす。
攻撃の為の動きではない。
武器の全てが、【仮想体】を取り囲む。刃を外に向ける事で、ハリネズミの針のように全方位に向けられた刃。
「はっはは! 天使ともあろう者が、まるで攻撃から逃れる為に頭を引っ込める亀ではないか!」
亀上等。
その間に、テメエの攻略法を考える!
とにかく、周囲の確認が最優先。
何も見えない暗闇の中で視界を回す。
やはり、暗闇のカーテンのせいで何も見えない。
敵が見えねえってのは、経験が無いから対処法が分からん。そもそも、こんな状況が異常事態な訳で、対処法なんて分かる訳ねえ。
四方八方暗闇だけが俺の視界を支配している。
けど、一点。
俺から見て右側―――多分、部屋の奥側。
そこに、微かな光が見えた。
ただし、輝くような光ではない。
――― 闇だ。
黒く、何もかもを呑み込もうとするような、どす黒い闇色に、何かが輝いている。
俺の方向感覚が確かなら、それは例の魔道具が集めて固められた、機械のような物があった場所の筈。
それに、この状況になったのは、その機械っぽい何かが発動したからと思われる。って事はだ。それを壊してしまえば、全部解決じゃない?
とにかく、あの闇色の光に何かしらアプローチしてみるか?
ってか、それ以外に出来る事無さげですし……。
針鼠状態の“針”を、全て放つ。
武器の1本たりとも当たった感触は無い。
「苦し紛れの攻撃など、食らう訳もなかろう?」
コッチの攻撃はやはり“闇潜り”で避けられているか……。
まあ、今のは全方位に向けて放ったが、別に野郎を狙った訳じゃねえから良いけど。
問題はここから―――。
奴の意識を攻撃に向けさせ、その隙に【仮想体】が闇色の光に向かって全力ダッシュする。
「おやおや、まさか、この闇の力の根源に気付いたのか? だが、残念。それには触れさせんよ!」
ドムッと、突然強い衝撃が【仮想体】に走る。何事かと思ったら、黄金の鎧の胸の部分に穴が開いていた。
その穴を貫いて生えている、ベリアルの青白い腕。
「くははっはあはは!! 隙ありだ! 小さな希望が見えて油断したな天使!! だが、無駄だ! 俺の造った『闇夜』は、闇の中にある限り誰も触れられない! 誰も壊せない!! つまり、この空間の中では、誰も、何も、干渉出来ない!! つまり、俺は永遠に無敵って事さ!」
はいはい、演説どうも。
あの闇色の光に、干渉できるかどうかなんて、自分でやって確かめるさ!
【仮想体】が、胸を貫かれた状態から動き、ベリアルの腕を掴む。
「何!?」
「(油断したのはどっちだろうな?)」
【仮想体】の肩から飛び降り、猫の体1つで闇色の光に走る。
ついでに、【仮想体】が掴んだ腕の先―――ベリアルの本体に向けて武器を殺到させる。
「チッ、クソ放せ天使がァ!!」
空中を舞う武器が到達するまでに脱出しようと、胸を貫く腕を振り回して【仮想体】を引き剥がしにかかる。
恐ろしい程の力。
黄金の鎧が、かかしのように右へ左へと振り回される。
「いい加減に、しろッ!!!!」
ゴガンッと、一際強い力で【仮想体】の体を地面に叩きつける。
すると、その衝撃に耐えられなくなった兜が、吹き飛んで空中を舞う。
ベリアルが目を剥く。
驚いている。
困惑している。
だって、だって、その鎧は―――空っぽなのだから。
「空っぽの鎧……? まさか、本体は――――ッ!!!」
ベリアルが走っている猫を見たのが、なんとなくだが分かった。
大正解。
本体は俺だよ馬鹿悪魔!!
「舐めた真似をぉおおおおおおッ!!!」
【仮想体】の掴んでいたベリアルの手が消える。
そして、即座に俺の目の前に現れる。
「貴様の進む道なぞ無い!!」
ベリアルが、俺に向かって爪を振り下ろす。
必殺の斬撃。
必殺―――そう、必殺だ。
でも、そんな物……。
ガキンッと俺のフワフワな毛に当たった爪を弾き返す。
そんな物―――100を優に超える防具を装備してる俺には、通じねえけどな!




