7-26 魔王ブラウンvs悪魔侯爵ベリアル
ギィンッと教父の腕が旭日の剣を弾く。
刃が腕に食い込んでいかない。
堅い。
この爺、マジでベリアルの力を纏ってるらしい。
この防御力の高さは、あの金属ボディのガジェットを思い出す。
悪いが、硬いだけなら俺の相手じゃない。
防御力の抜き方なんぞ、俺の手持ちの能力ならば山ほどある。その中で1番手っ取り早いのは“デッドエンドハート”だ。心臓に直接爆裂魔法を叩き込んで相手を即死させる、俺の必殺技。
ただ、今回は双子の“お願い”により、出来る限りは教父爺を生かして何とかしたい。まあ、今のところ、ベリアルからどうやってあの爺を開放すればいいのか分かんねえけども……。
「どうした? 剣の振りが鈍っているように見えるが?」
2度3度と剣を振るうが、教父爺―――ベリアルは軽々と腕で弾き、避ける。
確かに野郎の言う通り、俺の剣は鈍っているかもしれない。
初撃こそ覚悟を決めて振りはしたが、剣を振れば振るほど頭の中でグチャグチャとした考えが浮かんできて、動きを濁らせる。
そもそも、本気で行くのなら【全は一、一は全】で武器を全出しして、物量で圧殺している。
それをしていない事が、既に俺が本気でないことを自覚させる。
「迷いが見えるぞ?」
うるせえ。
「そんな様で、俺と戦えるのか?」
うるせえって言ってんだろうが……!
「まさかとは思うが、私が依り代にしている、この男を救おう等と思っているのではないかな?」
うっぜぇな! 戦闘中にグチャグチャ喋んな、鬱陶しい!!
いや、待て。今、依り代つったか? って事は、悪魔が遠隔操作してる訳じゃなくて、体の中に入り込んでるって事か? あかん、「遠隔操作してるならなんとかなるかなぁ」とか思ってたけど、絶望感が増したわ。
こりゃ、コッチも本格的に覚悟決めなきゃいかんかも知れんな。
「ならば、この男を傷つけて良いのか? この男を護らなくて良いのか? 見捨てるのか? 切り捨てるのか? 出来んだろう? 貴様ら天使は、そんな事は出来ないだろう」
天使? 何意味わかんねえ事言ってやがる。
そんな大層な肩書は名乗った覚えはねえし、俺は根っからの悪党で、どっちかと言えば悪魔寄りの人間なのだが……まあ、今は人間じゃなくて子猫だけども。
「貴様には最大限の警戒を置いていたが、やはり所詮は勇者、そして天使! “優しさ”などと言う絶対的な弱点の有る貴様に、この俺が―――ベリアル様が負ける理由なんて無かったのさ!!」
はっ、吠えた割に、やってる事は人質戦術かよ。随分小物くせぇじゃねえか。
良いさ、やってやる。
それで双子に恨まれると言うのなら、その咎も俺は背負ってやらぁ!!
【全は一、一は全】
パチンッと右目の奥で火花が散ったような錯覚。
魔眼が装備されて右目の眼球の奥に、星の輝きのような光が宿る。
魔法と天術の全ての支援術がかかり、体が羽のように軽くなり、身体能力が上昇、更に上昇、更に、更に。
そして―――
――― 空間を覆う大量の武器。
「むぅッ、これは……貴様の力だと言うのか!?」
ああ、そうだよ。これが、俺の―――魔王たる力だ!
天使? 馬鹿か。俺のどこか天使だ。俺は悪党で、ずる賢くて、すぐに逃げ出すドヘタレで、ただの、ただの、
――― 魔王だ!
「クカッカカアカッカアア、良かろう! 流石天使よ! こうでなくてはな!!」
はんっ、上等だ。
その余裕がどこまで続くのか、見せて貰おうじゃねえか!
【魔王】の特性の破壊衝動が湧き上がってくる。
ああ、良いぜ、来いよ、今、この瞬間だけは、その破壊衝動と支配欲を呑み込まれてやる!!
「(矮小な悪魔風情が、図に乗るんじゃねえよ!!)」
俺が喋ったところで、猫である俺の声が聞こえる訳ではないが――――
「ほう、これは面妖な猫を連れているな? まさか、喋る猫が居るとは思わなんだ」
おっとぉ、まさかの動物語も分かる系の人……じゃない悪魔だったぁあ。
でも、事によってはこの方が立ち回りやすいかもしれない。
特に教父を取り戻すのならば、言葉が通じた方が戦いやすい。
「だが、そうか。天使付の密偵ともなれば、そのような猫が付いていても可笑しい話ではないな」
天使じゃないけど、都合よく解釈してくれたなら、それで良いや。
「(言葉が分かるのなら重畳、テメェぶち転がすからな)」
「ふんっ、たかが御付の猫如きがよく吠える」
「(はっ、猫如きと侮るなよ? 言っとくが、俺を舐めて無事に済んだ奴は居ねえぜ?)」
「はっはっはは、それは恐ろしいな? だが、私の手からは逃れられんよ」
逃れる? 馬鹿か、その時点でコイツは間違えている。
先を走っているのは俺の方で、お前が必至こいて追いかけて来るのが今の形だ。それを逃れるだぁ?
馬鹿言うんじゃねえよ。
テメエは命がけで追い掛けて来い!
「(残念ながら、逃げるつもりなんぞ欠片もねえ。テメエこそ、ちゃんと俺について来いよ?)」
「何?」
怒りと嘲笑で、歪んだ笑顔が、更に歪み、笑っているのか変顔してるのか分からない顔になる。
「(言っておくが、俺の“進化”は音より早いぜ?)」
「進化……? 何を訳の分からん事を」
理解する必要はない。
テメエは黙って死ね。
ヒュンッと音を切って、空中で止まっていた武器たちが牙を剥く。
教父爺に刃と言う名の獣たちが殺到する。
「ムッ……!?」
良い反応。
素早くその場から飛び退き、刃の雨から逃れる。
しかし―――逃げられない。
逃げ道なんてない。
逃げ道なんて用意してない。
逃げられるなら、逃げてみな!
外での戦闘だったのなら、どこまでも広がる荒野や、遮蔽物の多い森であったのなら、逃げる余地が1%でも残っていたのかもしれない。
だが、ここは、閉鎖空間。
この部屋から出る出口は1つ。
逃げ回るスペースは限られている。
横に避けた教父爺の姿を追って、剣が前から、後ろから、右から、左から、空中から襲い掛かる。
物量戦術の基本に則った、逃げ道を封じて圧殺する戦法。
―――― 殺った!!
しかし、相手もそこらの雑魚じゃなかった。
「成程、これが貴様の戦い方か?」
言いながら、教父爺の体が、地面に沈みトプンッと音をたてて部屋から消える。
地面潜り!?
いや、違うッ!!
影―――闇に隠れた!?
魔族の馬車に忍び込む時に見た、クルガの町近郊にある森の主……魔族達から“シャドウダンサー”と呼ばれていた魔物の姿が頭を過ぎる。
影に潜り、攻撃から逃れ、一瞬で攻撃に転じる“影”の使い手。
この野郎には、それと似た能力……いや、上位能力が備わっているらしい。
闇の中に潜っていた教父爺が部屋の奥に、姿を現す。
しかし―――姿が違う。
青黒い肌。
闇色に染まり、刃のように研ぎ澄まされた翼。
頭に生えた4本の角。
両手、両足に刻まれた、呪縛のような模様。
――― これが、上級悪魔、これが……ベリアルなのか!?
禍々しいオーラが体を撫でて通り抜けていく。
“気持ち悪さ”と魔王とエンカウントした時のような“やばい臭い”が混ざり合った、嫌悪感が湧き上がってくる感じ。
「俺こそがベリアル! クハッハハ!! 終わりだ、もう無駄だぞ? 闇の中で、この俺に勝てる者など存在しない!!」




