表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/424

1-20 侵入者は地獄に向かう

 猫が盗み聞きをした日の昼頃の話。

 日に1度、魔族屋敷には物資と食料が運び込まれる。

 2日前の荷が盗難にあった時から、ずっと屋敷への出入りは厳しく制限されているが、これだけは変わらない。

 魔族とて食べなければならないし、消耗品は補充しなければ仕事にならないのだから仕方ない。

 勿論、運び込む際は人間には手伝わせず、食べ物に関しては毒の有無の確認も魔法でチェックしている。

 そんな運び込まれた物資の山を前に、魔族達が集まって居た。


「待っていたよ」


 魔族の輪の中心に立つのは、屋敷の主であり、クルガの町の支配者である上級魔族のジェンス。

 楽しそうに笑いながら言う。

 実際、今の彼は楽しくて仕方無かった。

 荷が盗まれてからは、犯人への怒りと魔王にこの件を知られる事への不安や焦りでまともな精神状態では無かった。

 だが、それを全て解決してくれる相手がようやく目の前に現れたのだ。

 目の前には、蓋の開けられた酒樽。その中には


――― 人間の少女。


 ガタガタと体を震わせ、不安と恐怖の混じった目を周囲の魔族達に向けている。

 侵入者だった。

 一分の疑いようのない程に不審な侵入者。

 とは言え、ジェンスは驚かない。先のセリフの通り、彼はこの侵入者を待っていたのだから。


 未だに荷を盗んだ犯人も、盗まれた荷も見つかっていない。もしかしたら、最悪の展開として、すでに何かしらの方法で犯人も荷も屋敷の敷地外へと逃げたのではないか……と魔族達は半場絶望していた。

 だが、ジェンスは違う。犯人の狙いが神器であるのなら、次の行動を予想する事は出来る。

 深淵の匣を開ける為の鍵を狙って来る―――。

 それ以外に中の神器を取り出す方法はないのだから、当然の行動だ。

 だから、ジェンスは魔族達に命じて小さな噂を町に流した。「ジェンスの手元には、不思議な鍵がある」と。

 何も知らない人間が聞けば何の事はない情報。しかし、深淵の匣を盗んだ犯人にすれば、聞き逃す事が出来ない話だろう。

 元々危険覚悟で、屋敷に入って荷を盗み出すような無茶をする相手だ。警戒が厳重になって居ようが再び姿を見せると踏んで居た。

 出入りを厳しく制限している屋敷に侵入する隙間は、日に1度の物資の運び込みのタイミングにしかない。

 全て予想通りの展開だった。

 だからジェンスは笑う。


「本来であれば、ここに侵入した人間は即座に殺すのがルールなのだが、君に生き残るチャンスをやろう。先日盗み出した物のありかを吐きたまえ。そうすれば、君の命は保証しようじゃないか」


 嘘だった。

 盗まれた荷が見つかり次第、この女は考え得る限りの責め苦を味あわせた上で、人の形が残らないような凄惨な方法で殺す。

 仲間が居るのなら、そいつらも同様に殺す。

 この女の肉を食わせた上で、生まれた事を後悔する程に痛めつけて殺す。

 少女は何も言わない。無言のまま恐怖に震えるだけだ。

 その反応が真実か(ブラフ)かはジェンスには判断出来なかった。

 研ぎ澄まされた感覚の拾う情報……異常な程早くなった鼓動の音や、全身に噴き出した冷や汗の臭い、緊張からくる筋肉の硬直。どれをとっても、真実だと言っている。だが、これ程大胆な事をやってのける相手が、この程度で怯えるかどうかと言われると、それはそれで疑問だった。


(ふんっ、まあ、どちらでも良いさ)


 酒樽の中で小さくなっている少女に優しく手を伸ばす。


「こんなに震えていては、ちゃんと話も出来ないだろう? 屋敷の中で紅茶でも飲んで落ち着くと良い」


 部下の1人に命じて屋敷の中へ連れて行かせる。

 屋敷の中へ消えたのを確認するや、周りに居た魔族達が少しだけ不安そうに訊く。


「どうなさるのですか?」

「決まっている、全て吐かせるさ」

「落ち着いても話さないようであれば……?」

「地下室にでも連れて行って拷問しろ。犯そうが、皮を剥ごうが、指を落とそうが構わん」


 願っていた通りの答えを貰い魔族達が嗜虐的な笑みを浮かべる。中には我慢出来ずに涎を垂らす者まで居る程だ。


「ただし情報を吐くまでは殺すなよ? その範囲であるのなら、お前達の好きにやれ」


 喜ぶ部下達を余所に、ジェンスは思考を冷却して熱を抜いて行く。

 上に立つ者として、「これで全て上手く行く!」と楽観視する訳にはいかない。

 もし、あの女が情報を吐く前に死んだら。

 もし、あの女がそもそも荷を盗んだ犯人とは関係なかったら。

 もし、魔王が何かの気紛れでこの町に来ると言い出したら。

 色んな悪い可能性を考えておく必要がある。

 例えば―――あの女が盗人の情報を何も自分達に渡さなかった場合。


(町中を引っ繰り返して回るか…?)


 悪手だ。

 騒ぎが大きくなればなる程、魔王の耳に届く可能性が増して行く。


(高位の探知魔法の使い手を呼ぶか? いや、しかしそんな人材は魔王様の側近にしか居ない。「どうして必要なのか?」と問われたらどうする…?)


 だが、それ以上に良い手が浮かばなかった。

 それに、モタモタしていれば、盗人と荷が町の外へと逃げるかもしれない。いや、最悪の展開として、すでに遠くの町へ逃げたと言う事も考えられる。


(そうなれば、いよいよ持って覚悟を決めねばならんな……)


 人間を虫の様に殺す事の出来る上位魔族だと言うのに―――魔王の側近だと言うのに、ジェンスの悩みは尽きない。


(いっそ、町を歩く猫のように、悩み無く暮らせたら…なんてな)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ