7-16 猫は圧倒する
「こ、ここ、これは、なんだ!?」
訳が分からないらしい。
まあ、そりゃぁ、そうだろう。
何故武器が空中に浮いているのか?
この武器はどこから出て来たのか?
武器を操っているのは誰か?
そもそも―――目の前の右目に魔眼を持つ猫はなんなのか?
浮かぶ疑問はこんなもんか? だが、そのどれ1つ答えをくれてやる義理はない。
「(さあ、頑張って逃げ回りな!)」
空中に浮かぶ武器が牙を剥く。
今か今かと俺が動き出しの合図を待っていた武器達が、一斉に悪魔に殺到する。
「クッ!?」
その場に留れば死―――それを感じて悪魔が素早く翼で空気を叩いて後ろに飛ぶ。
残念、逃げ場は後ろに無い。
悪魔の背後の木々を縫うように、空気を切り裂いて刃の雨が悪魔の背中をグシャっと貫く。
「ァぎゃぁああッ!!!?」
ダメだよ足止めちゃ。
1本、2本、3本―――1本目の剣が突き刺さった途端に、他の武器が飢えた獣のように殺到して悪魔の体を貫く。
「いグぁ! クソ、なんだ、これは―――――! 俺は、悪魔だぞ!! この世界の最上種にして、全ての生命に恐れられる存在なのだぞ!!」
んー、普通の人間や魔族なら即死ダメージなのに、数十本の刃に貫かれても元気だな。
まあ、剣が突き刺さった時に血が出てないから、そう簡単には死なないだろうと思ったけど、この耐久力の高さはなんだ?
いや、でも武器が突き刺さるごとに黒い靄が、血の代わりのように体から噴き出してるから、多分もう5本も刺してやれば落ちる気がする。
実際に、攻撃を叩き込む程に“気持ち悪い”感じが消えて行くし。
「(耐久力高くて、気持ち悪くて、黒くて、闇の中を好む。成程、お前等ゴキブ●に似てるよな?)」
世界の最上種だかなんだか知らないが、俺にとっては踏み潰すべき害虫と同格の相手だ。
本当は色々訊き出そうかと思ったが、なんか無理っぽい雰囲気なので、このまま始末する方向で良いかな?
いいとも!!!!
良し、このまま殺す方向で。
「くゴッ……俺が負ける訳ねえ!! こんな訳分からない終わりで、俺が消える訳ねえんだ!!」
「(害虫如きが――――猫舐めるんじゃねえッ!!!!)」
踏み出す。
ドンッと地面が破裂したかのように土が巻き上がり、俺の体を悪魔に向けて加速させる。
【空中機動】で悪魔を狙っている武器達を亜音速で避けながら、3次元の忍者機動で間合いを一気に詰める。
「師匠―――速い!!」
バルトが感嘆と尊敬の声を出しているが、さっきより速いのは当たり前。
今の俺は、魔王スキル【全は一、一は全】によって、様々な要素で肉体強化がされているからな。
超速で突っ込んで来る俺に、悪魔が顔を引き攣らせる。
「ヒッ―――!?」
どうやら、此処に至って、ようやく俺の持つ“ヤバさ”に気付いたらしい。
遅い、遅すぎる。
悪魔ってのは、全員こんな馬鹿なのか? だとしたら処理が楽で有り難いんだが。
まあ、でも、気持ちは分からんでもない。この世界の種として最強の力を与えられた悪魔。人も魔族も、相当な力を持つ極一部の特異者でなければ勝てない程の力。
まさか、その特異者の中に、こんな子猫が混じっているなどと誰が思うだろうか? 思う訳が無い。
最強の種を脅かす怪物が―――まさか、こんな可愛いだけが取り柄の子猫の姿をしているなんて思う訳がない!
「(どうした? 笑えよ? こんな子猫にぶち殺されるテメェの間抜けさを!)」
クンっと小さく丸い手に力を込め、悪魔の顔を―――殴る。
「ごァッ!!?」
猫式―――絶命拳!
自由落下しながら、張り付けにされたように動けない悪魔の体を殴る。
1撃、2撃、3撃、4撃、5撃―――……
まともな人間では捉えられない超速連打で悪魔の体を殴る。
小さなこの体のどこにこれ程のパワーが有るのかと自分でも首を傾げる。パンチがヒットする毎にゴガンッと巨大なハンマーで殴ったような音が辺りに響く。
どっかのビッチにする猫パンチとは訳が違う。
本気で“相手を殺しに行く”パンチの連打。
1撃殴ると、黒い靄が爆発したように悪魔の全身から噴き出し、「グゲぁッ」と悲鳴をあげる。
それでも殴るのを止めない。
自由落下しながら悪魔の全身をくまなく殴り続ける。
俺が着地するまでの約2秒、どれだけ殴ったか自分でも分からない程殴り続けた。
「ぁ……ぁぁあ……」
悪魔が力尽き、黒い靄を周囲に撒き散らしながら、俺に向かって倒れて来る。
おまけだ。
俺式―――絶命剣。
剣が殺到し、倒れかかった悪魔の体を下から持ち上げるように消えかかる体を貫く。
貫く、更に貫く、更に、更に、更に、更に、更に貫き続ける。
死体蹴りになるので、程良いところで刃を退かせる。
途端に、悪魔を形作っていたらしい黒い靄がボシュンッと弾け飛び、素体になっていた男の体が地面に落ちる。
全身刺し貫かれ、体の前面は凄まじい衝撃を何度も受けたようにボコボコに崩れていた。
一応確認してみたが、完全に絶命していた。
「師匠……殺した……ですか?」
「(ああ)」
博愛主義者っぽいバルトから非難されるかと思ったが、そう言う言葉は一切無いし、怒った顔もしていない。けど、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「(悪いな、自分で『情報取るのから殺すな』つったのに、結局ぶっ殺しちまって)」
「良い、です。師匠、殺さなかったら、きっと、この人、たくさん、人、殺す、でした」
「(そう、だな……)」
俺だからこそ一方的に殺せたが、確かにコイツが街に出て暴れていたらどうなったか分からない。まあ、コイツにその気があったかどうかは知らんけど、少なくても善人じゃなかったのは確かだ。そして心が真っ黒だったのも……。
はぁ……必要な事だったとは言え、やっぱり人間を殺すのは気分が良くない。
魔族を殺すのにはいい加減罪悪感も感じなくなったが、やはり元人間としては、同じ人間を殺すのは色々思うところある。




