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7-14 猫と槍の勇者は疾走する

 バルトは子猫の後ろ姿を追う。

 歩幅はバルトの方が圧倒的に上。

 子猫が俊敏に動こうとも、普通に考えればバルトの方がスピードは上……な、筈なのに、走る程に距離が開く。


「(バルト、木を避ける時は【空中機動】使って進行方向変えろ! その方が速い!)」

「はい!!」


 バルトへ助言しつつも、更に動きが速くなる。

 始めは2mだった間の距離が、今では10m近くまで広がっている。

 追い付けない。

 それどころか、簡単に置いて行かれる。

 あの小さな体の、どこにこれ程の脚力があるのかと疑問が浮かぶ程だ。


 言われた通りに目の前の木をステップで避けて、同時に【空中機動】で足場を作り、ステップした先の空間に現れた足場を踏んで前に加速する。

 「成程、こう言う事か」と納得すると同時に、師匠たる猫の恐ろしさに気付く。

 何故、あの猫が喋れるのか、その詳しい事情をバルトは知らない。

 だが、師匠である猫が“人間の視点”で物を言っているのは分かる。

 さっきの助言もそうだ。

 あれだけの身体能力を持つのならば、木の幹を足場にして飛び回る事だって出来る。だが、更にその上を行く為にスキルを使う。

 上を目指す為の知恵、相手に勝つ為の知謀。

 それは、動物には無い、人間に許された武器。

 その武器を、あの猫は最大限に使っている。

 強さだけでは無い。

 正義の心だけでは無い。

 

――― 自身を強くしようとする、貪欲なまでの思考力。


 もしかしたら、師匠たる猫の最大の武器はそれなのではないかとバルトは思った。

 強い。

 自分の師匠は何よりも強い。

 確信だった。

 バルトとて、自分を強くする為に色々考える事はある。だが、アレほどの力を持っても、尚、上を目指して強くなろうとする。

 魔王を3人打ち倒しただけでも、後世に名が残る偉業だ。

 それでも、あの猫は止まる事は無い。

 「もっと、もっと上を!」と強さを求め続ける。


(師匠は、だから強いのか……!)


 差を見せつけられる。

 だが、その圧倒的な差が嬉しい。

 これだけの“怪物”が自分の師匠なのだと誇らしくなる。

 だから。

 だからこそ、その背に置いて行かれる訳にはいかない。


 これからも、きっと猫は魔王を打ち倒し続ける。

 いや、魔王だけでは無い。この世界に害なす全てを倒そうとするだろう。

 その時、誰があんな小さな子猫が敵だと思うだろう?

 まさか、自身を討ち取りに来たのが子猫などと誰も思う訳が無い。

 あの姿こそが、師の最強の武器。

 師を最高の暗殺者へと仕立て上げる、究極の見た目。

 ただの子猫が、あれ程の力を見せたら誰だって虚を衝かれる。

 何もせずとも、ただ其処に在るだけで相手の不意を突く。


 恐ろしい。


 それと同時に、尊敬と羨望の想いが込み上げる。

 この人に――――この猫に付いて行くんだ。

 込み上げる想いがバルトの“限界”の上を引き出す。

 走る。

 師である子猫の背を追って、ただ走る。

 置いて行かれないように、一歩でもその背に近付くように。


 足場の悪い一歩先。

 自分が次に足を置く場所を視線を走らせて確認。

 いや、これではダメだ。

 一歩一歩確認するのはでは“遅すぎる”。

 場を俯瞰するように、2歩、3歩、4歩、5歩。

 5歩先を見る。

 その5歩を一気に駆け抜けつつ、更に先の5歩を見る。

 早く、速く。

 体と意識が、自然と加速する。

 小さな師の、更に小さく見える程離れた距離を必死に追う。

 たった数秒の事だったかもしれない。

 だが、意識が加速したバルトにとっては数十分にすら感じる程の“充実した時間”。高い高い、師と言う存在を、自分の全てを使って追いかける。


(凄い―――凄い、師匠は凄い!!)


 バルトは笑っていた。

 楽しくて笑う。

 しかし、その充実した時間は数十秒もかからずに終わる。

 師の圧倒的な速度に、敵が逃げ切れなくなったからだ。


――― 追い付いた。



*  *  *



 全力で追いかけていた訳ではないが、結構追い付くのに時間かかったな?

 敵の逃げ足が異様に速い。

 相手が森での走り方を知っている逃げ方だったのもあるが、それ以上に脚力が異常だ。やっぱり【悪魔】憑きだな、コイツ。


 俺の前で「ゼェゼェ」と肩を揺らす程息を切らせて立つ、黒いローブの男。

 ……やっぱり黒いローブは怪しい象徴だよねぇ……アザリア達もアレ、止めれば良いのに。

 ま、そこはともかく、息を切らせてるくせに、立ち姿に隙が無い。

 逃げられないと悟って、戦う気になったのかね? それなら、それで都合が良いんだが。

 ボコって、敵が何しようとしてるのか吐かせられるからな。


「猫………? 槍の勇者は……どこだ?」


 辺りを探るように視線が俺の周囲を巡る。

 と、ナイスタイミングでバルトが追い付いて来て、「ハァハァ」と息を切らせながら槍を構える。

 俺から遅れる事3秒ってところか? まあ、上出来のラインだな。点数つけるなら85点ってところか。今の段階で80点取れたら十分過ぎる。

 やっぱりバルトは伸び代だだ余ってんな? なんつうか、育てがいが有るってか、将来が楽しみってか。

 呑気に出来の良い弟子の将来を期待していると、男が叫ぶ。


「コチラの動きに気付いて、街の外で張っていたか!!」


 いいえ、普通に修行してただけです。

 お前等の動き何ぞ気にして無かったです、はい。


「だがッ!! 夜の闇の中でエンカウントしたならば好都合よ!! 槍の勇者1人ならば、仕留めてやる!!」


 残念。もう1人居ますよ。

 お前等が、やたらと警戒してる剣の勇者がここに。……まあ、本物の勇者じゃねえけども。

 バルトが思わず「師匠、居る、ぞ!!」と言いそうになっていたので……


「ミャァッ!」


 それは黙っとけ! と鳴き声で制する。

 するとバルトは、「おっといけない!」とでも言うように、槍を持ってない方の手で口を塞ぐ。

 ったく、油断できねえなコイツは……。


「たった1人で、俺に勝てると思うな、勇者よ!!」


 あら、なんかとっても威圧的だわ。

 まあ、どうせ【全は一、一は全(レギオン)】使えば瞬殺なんですけどね。今回は殺す事が目的じゃないし……それに、コイツくらいなら今のバルトの試金石としては丁度良いんじゃなかろうか?


「(バルト、お前1人でやってみるか?)」


 バルトがハッとして俺を見る。


「(条件は殺さない事、情報を吐かせるからな。出来るか?)」

「やって、みます!」


 良いお返事。

 さてっと、そんじゃあウチの弟子の戦いぶりを見守るとしますかね?

 危なそうになったら手を出すつもりではあるが、危ない場面も極力バルト自身に何とかさせる方向で。

 危ない場面を自身の力で切り抜けるのは、アイツの自信になるからな。それにそういう場面での対応力も上がるし。


 ただ、バルトの状態は決して良くない。

 俺との修行でバリバリ魔力消費させたし、その上現在息切れ状態だし。まあ、息切れは敵もだけど。

 ま、それでも俺の評価じゃ、戦闘能力はウチの弟子の方が上だけどね。


 バルトが黒ローブと向き合い、槍を両手で構え直す。

 槍を自分の顔の横辺りで構える、バルトの我流槍術。結構滅茶苦茶な動きをするが、時々見せる鋭さが、結構ヤバくてビビる。


「行きます!」


 素直に声かけんなアホ。

 敵相手にも素直でどうすんだ。

 いきなり襲いかかりゃ初撃のヒット率は大分高くなるのに、この馬鹿正直!


「貴様の首は、他の勇者共に叩きつけてやるわ!」


 あら、恐ろしい事を言いなさる。

 そんな事になったら、きっと俺はお前の首を粉々に吹っ飛ばすけど。


 バルトの言葉に反応し、男は腰のショートソードとナイフを両手に構える。

 変則二刀流って訳ね。


「(バルトー)」


 間合いの取り方気を付けろ。

 そう続けようとしたが、言う前にバルトが無言のまま槍の持ち方を微妙に変える。

 言うまでもねえか……流石俺の優秀な弟子。


 さてさて、バルトはちゃんと勝てるかね?



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