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7-8 教父は悩む

(勇者の猫、やはりただのペットではありませんでしたか)


 カヴェルは教会の廊下を歩きながら1人思案する。

 先程剣の勇者の手駒である子猫に出会った。

 それは良い。

 未だカヴェルの手の者はまだ捉えていないが、剣の勇者が入り込んでいる事は既に承知の上だ。

 カヴェルにとっては、街に勇者共が集まっている事なんて、とっくに織り込み済みの案件だ。

 だが―――それでも剣の勇者にだけは、どれだけ警戒しても足りない。

 相手は、あの魔王バグリースすら屠り、魔王に比肩する知謀を持つ戦術家であり、策士でもある。侮る事など出来る訳がない。

 それに、普通の人間の目には止まらぬ、随分腕の立つ“相棒”が居るらしい。

 前に捕らえた時にはただの子猫だと思ったが、今日は魔眼の目を持っていた。明らかに普通の猫ではない。

 見た目だけで言えば、茶と白の毛の、目つきが若干悪くて野性味の無い目をしている子猫。

 だが、先程目が合った時―――悪寒がした。


 もし、この場で排除しようとしたら……殺される!

 

 そう思わせる程の圧力が子猫の目には宿っていた。

 そもそも、あんな近くに隠れていたのに、子猫が自身で姿を現すまでその存在にまったく気付かなかった。

 凄まじい程の圧力を持ちながらも、隠密性が桁外れに高く、魔眼を持つ子猫。

 剣の勇者だけではない―――あのペット……いや、相棒の子猫も要警戒対象にしなければならない。

 剣の勇者を警戒するのは、その力と知謀を持つからだけではない。

 剣の勇者は、恐らく神の使い―――天使だ。

 そして、アヴァレリア教会から剣の勇者が抜けだす際に手を貸した、もう1人の天使らしき存在。

 カヴェルに―――“我等”にとっての天敵。


 ああ、そうだ。

 自分は既にカヴェルではない。

 教父カヴェルの皮を被っているだけの、まったく別の存在。


 元を辿ればあの時に、この体の―――この存在の“乗っ取り”は始まった。


 元々カヴェルには、“入り込む”隙間なんてなかった。

 敬虔な神の信徒であり、正義と神を愛する、“彼”の最も忌むべき人間であった。

 そう、だからこそカヴェルを選んだのだ。

 その忌むべき人間を、どん底の底の底まで引き摺り落としてやる―――と。


 カヴェルに隙が出来たのはあの時だ。

 今でも鮮明に思い出せる。

 あの時―――双子が神器に触れ、2人が勇者になった時だ。

 その時、カヴェルは“神の子”ではなく、ただの人の親になった。


(娘達を戦場に立たせるのか? それは正義か? 否……断じて否!! ……そうだ力だ! 私に魔王と戦えるだけの力が有れば――――!!)


 力を求める者は、総じて隙だらけだ。

 だから、その隙を突いてスッと心の隙間に入り込んだ。


――― 力が欲しいのか? と。


――― ならば求めよ、力を、地位を、全てを護れる程の強大な“闇”を!!


 簡単な程カヴェルは、その言葉に乗って来た。

 馬鹿馬鹿しくなる程、娘である双子が大事だったらしい。2人が戦場に出る前に、絶対的な力を付けようとしたらしい。

 だが全ては無駄だった。

 カヴェルに力を与えた者は、カヴェルの願いを叶えるつもりなんて欠片もない。

 むしろ、その逆を実行する。

 彼の娘達はさっさとカヴェルの元々持っていた【神の声】で洗脳して裏仕事をさせつつ戦場に立たせ、出来るだけ危ない仕事をさせた。

 もう1つ2つ手駒が欲しかったので勇者を召喚させた……が、1度目は勇者が出た。ただし神への信仰心は欠片も無く【神の声】の効かない面倒な相手だった。

 2度目の召喚で呼び出されたのは、報告では小動物だったらしく、完全なハズレだった。


 自分の眷族たる下級悪魔を、色んな信徒達に【神の声】を使って声をかけては取りつけて手駒にする。

 自分の自由に出来る戦力が揃うのに、そこまで時間はかからなかった。


 しかし―――事此処に至って、未だに戦力が足りないのではないかと不安になる。

 剣の勇者の強さがコチラの想定の更に上を行っている可能性があるからだ。

 今夜狩られた3人の“悪魔憑き”の信徒達は、かなり戦闘向きの“調整”をしてあったし、隠密行動にも長けていた。

 にも関わらず、剣の勇者はアッサリと発見して3人を秒殺したらしい。


(クソが……剣の勇者め、奴の排除の方法を考えなければ……)


 ふと、引っ掛かる。

 何故剣の勇者は、コチラの場所を突きとめていたにも関わらず向かって来ない?

 コチラの戦力を警戒している……?

 いや、それは無い。

 相手は魔王バグリースとの遭遇戦にも動じずに返り討ちにするような相手だ。

 であれば、どうしてか?


「何かを待っている……?」


 他の勇者と足並みを揃えているだけか?

 いや、奴は噂では魔王バジェットの城にたった1人で突入して、魔王諸共魔族を全滅させたと言う。

 それに何より、剣の勇者の単独行動好きは有名だ。

 いざとなれば、たった1人で教会に突入して来るだろう。

 では、何故今それをしないのか?

 また自問自答が元の場所に戻る。

 待っている。何を?

 ハッと気付く。


「太陽ですか……!?」


 陽の光はコチラにとって最悪の存在だ。

 絶対神であり、太陽の神たるバラハシュムの加護が満ちる昼の世界は、夜と闇の中に生きる者達にとっては危険な場所だ。

 太陽の光届く所では、全ての能力値が弱体化して、本来の力が発揮する事が出来なくなる。パワーもスピードもガタ落ち、魔法を使っても威力は半分以下だ。

 そんな状態で剣の勇者と戦えば、敗北は必至。

 剣の勇者の知謀は底知れない。

 コチラの正体に気付いているのであれば、太陽の下で決着を付けようとするのは必然。

 そして何より、あの化物は慢心しない。

 勝つ為であれば、どんな些細な事でも積み上げて、勝ちを()ぎ取りに来る。

 恐ろしい程の執念と勝ちへの貪欲さ。


(まずい……まずいぞ!! ……もし、奴が陽が昇ってから攻めて来るつもりなら、今のうちに戦力を集めなければ……!!)


 今この教会に居る手持ちの戦力は、全体の6割以下。

 雑魚悪魔を憑けた連中では、剣の勇者相手では足止めにすらならない事は、今日証明されてしまった。

 だが、数は武器だ。

 あの勇者の弱点は優し過ぎる点だ。

 例のクルガの町解放の時には、我が身を盾にして街の住人を護ったと聞くし、この帝国を支配していたバグリースのペットであるクリムゾンジャイアントと戦った時も、村人の事をやたらと気にして居たと双子から報告を貰っている。


「クク……ああ、そうだよなぁ。“人に優しい”は勇者として当たり前だよなぁ?」


 優しい。

 とても美しい事だ。

 人を敬い、人を助け、人を護る……それが優しさ。

 美しく、輝く様な心の光。

 しかし―――戦士にとって、それは弱点になる。

 勇者とて、それを知らない訳ではないだろう。だが、それでも捨てられない。捨てる訳にはいかない。

 何故なら、剣の勇者は正義だから。

 例え困難な道だろうが、例え自身の弱点になろうとも、優しさを捨てられない。


(なんて美しい―――そして、なんと愚か!!)


 笑う。

 相手が勇者だろうが天使だろうが、弱点のある相手なんて容易い物だ。

 準備をしなければ。

 剣の勇者を無力化する為の準備を。



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