7-4 杖の勇者は羨ましがる
グラムエンド。
大国、エルギス帝国内に存在する―――唯一魔族達が踏みいらない聖域たる巨大な都市。
何故魔族達がこの街にだけは手を出さなかったのか?
その話を辿れば、10年前の戦争の敗北に行きつく。
魔族や魔王にとっては、神を信仰する七色教は大敵と言って良い存在であった。しかし、それを敢えて野放しにしたのは、人間の支配に関わっている話だ。
元々は魔王の中では、教会を潰すべきと主張した者達と、教会を残すべきと主張した魔王とで睨み合いがあった。
と言うのも、前者は大敵の神の信仰者を生かす価値無しと判断した者達。
対して後者は、人間の支配するのに“最後の拠り所”を残すべきだと判断した者達。
その言い分はもっともで、「絶望と恐怖を与えれば良い」と判断した前者に対し、後者はそのストレスがどれだけの爆発力を持っているのか知っていた。
絶望と恐怖で人間を従わせるのは、魔王の力を持ってすれば簡単だ。
しかし、その果てに人間達が徒党を組んで反逆して来るとなれば話は別。
だからこそ、最後の拠り所を残す事で、人間達のストレスを少しでも軽減できる場所を残しておきたかったのだ。
それに―――七色教会は東の大陸最大派閥。
もし人間達が反逆を考えても、七色教と言う最大の“人質”が魔族や魔王の支配を盤石にしてくる。
そんな諸々の事情のやり取りが、東の大陸を支配する10人の魔王達の間でされ、結果として七色教の総本山であるヴァリィエンス教会のあるグラムエンドを始めとした、七色教のいくつかの拠点は魔族達の“不可侵領域”となった。
………
…………
………………
「と言う事情により、この街に魔族が居ない訳です」
得意げに、そう猫とバルトに説明をするアザリア。
現在地―――その件のグラムエンド。
街には特に怪しまれずに侵入出来た……とアザリア達は思っている。
各々の神器は布で巻いて隠し……ちなみに旭日の剣は普通に収集箱に戻した。
ついでに、「黄金の鎧は目立つ」と皆から非難が殺到したので、街の外に置いて来た。まあ、置いて来たって言うか収集箱にぶち込んだだけだけど。
で、まあ、教会が魔王や魔族に襲われる心配は無いって事情は理解した。
……こりゃぁ、面倒臭い事になりそう。
この街を始めとした、七色教の庇護下にある連中は、それこそ魔王の手から自分達を護って平穏な生活を約束してくれる七色教の敬虔な信徒でしょうよ。
特にこの街は、それが凄まじい。
なんたって、街を歩く人達が七色教のローブや神を模した木札を首から提げている。
こんな連中の前で、この街の巨大なヴァリィエンス教会とやらに踏み込んだら、街の人間全員で袋叩きにされるだろう。
そんな展開は御免被る。
どうにか、この街の人間に七色教に対する猜疑心を植え付けたい。
小さな“ひび”で構わない。
「あれ? 七色教って大丈夫なの?」程度の感情を1度でも浮かべさせれば大成功。
問題は、それをどうやってやるか? って事だが……。
「お嬢、とりあえず、七色教云々はさておき、この街の状況を知りたい。情報収集に行って来て良いか?」
そう言いだしたのは……えー、バニッジ? とか言うアザリアの仲間の中で情報収集や斥候役をしている人だ。
「分かりました。でも、危ない事は厳禁ですよ? 下手に勇者の存在に気付かれるのはまずいですから」
「分かってる。何人か借りて来ますよ?」
「構いません。お願いしますね? 私達は先に宿を確保しておきますから」
「あいよ」
走りだしたバニッジ氏を始めとした数人、コソッとアザリアの手の中で鳴く。
「(バルト、一応あの人等に張り付いとけ。何かあったら神器使って構わねえから)」
「はい、師匠!」
元気よく返事すなや。
ここに臨時師匠の“剣の勇者”居ねえんだから……!
元気よくバニッジ達を追いかけて行くバルトの背を見送りながら、ちょっと後で叱っておく事を心のメモに記録しておく。
バルトを護衛につけた理由は簡単だ。
勇者達がこの街に入った事は、多分気付かれてる。
さっきから、至る所から視線が飛んでくる。
多分大半は「物珍しい旅人」を見る視線。その中にいくつか混じる、“悪意”を持った眼差し。この街に魔族が居ないんだったら、十中八九七色教の連中だ。
アザリアは良くも悪くも「魔王アドレアスを討った片割れの勇者」と地味に顔が知られてるから、それで気付かれたかな?
まあ、連中がコッチに気付いてるなら、コッチはコッチで始めから警戒してかかるだけだから構わねえけど。
「………? 師匠って、兄様居ないのに……」
あ、微妙にアザリアに首傾げられてる……。
もう! あの馬鹿正直ちょっと迂闊過ぎる!
「お嬢、もしかして剣の勇者が念話的な能力を持ってるんじゃないか? それで街の外から弟子の槍の勇者に指示だしてる……とか」
そんな都合の良い話しがあるか。
「成程、兄様なら十分あり得ますね……」
いや、ねえよ。
「もしかして、俺等に内緒で何か探らせてるのか?」
「それも有り得ます。兄様なら、私達の2手3手先どころか10手先を見据えていてもおかしくないですから」
なんか、剣の勇者の過大評価が酷くなってない?
だから、なんで、そんな完璧超人みたいな扱いになってんの? あれ、中身空っぽの鎧やっちゅうの。そして、それを操ってる俺は、ただの猫だっつうに……。
まあ、過大評価されてるなら、それはそれでやり易い。単独行動する理由になるからな。
「まあ、兄様の考えてる事なんて、私達が考えても無駄ですよ。あの人の考えなんて、誰にも読める訳ないんですから」
いや、読めるよ? 結構単純思考よ俺?
今後の予定もかなり雑にしか考えてねえし。
「魔王と対する事の出来る知略に長けた兄様ですからね」
本当に俺にそんな知略があるなら、今頃コッチの大陸の魔王は全滅してると思うの……。
「ですね」「まったくです」
仲間達が笑う。
いや、ここ俺的に全然笑えないところなんですけど……。
「では、兄様の剣は放置と言う事で。軽く街を見て回りながら全員分の宿を確保しに行きましょうか? こんな大きな街で野宿なんて嫌ですし」
「そうですね」「異議なし」
歩き始めたアザリア達を追って、“見えない視線”が追いかけて来る。
こりゃ、バレてるの確定だわな。
だが、むしろ俺としては、下手に隠しながら動くよりもずっとやり易い。
今のうちに街の中を一通り見ておきたいな……。ついでに七色教の総本山のヴァリィエンス教会とやらも確認しておきたい。
侵入口の1つでも見つけられたら、夜更けにでも侵入してみるんだがな。
ただ―――それを実行するのに1つ小さな……いや、大きな問題がある。
アザリアが、まったく俺を放す気配が無い……。
俺がコソッと服から出ようとすると「めっ」と怒られる。ぶっちゃけ、なんで怒られているのかは俺にも不明だ。
「ミ、ミャァ」
一応抗議の声をあげてみるが……。
「猫にゃん怖いの? 大丈夫だよ、私が護ってあげるからね」
……こんな事なら、先にバルトを通じて猫を解放するように言っとけば良かった。まあ、その程度で、この“猫まっしぐら”さんが俺を放してくれたかは、甚だ疑問だが……。




