1-18 ボス猫の夜
皆様おはよ……じゃねえ、もう夜だからこんばんはだ。
改めて…皆様こんばんは、毎度おなじみの猫です。
俺が魔族達から荷をかっぱらってから2日が経った。
あの日から、魔族の方達は何やら騒がしくバタバタとしているようで、町の出入り口付近に集まって居たり、町中を怖い顔で歩いていたり……。
この町……ああ、そうそうこの町はクルガの町と言うそうな。で、このクルガの町の1番大きな屋敷……例の荷物を運び込もうとしていた小さな城みたいな所…あそこが特に騒がしい。門を締め切って、出入りをする時も門の隙間からする程の徹底ぶり。
まあ、その騒がしさの原因は、どう考えても俺が荷を盗んだせいなんですけどね?
どうやら魔族さん達は、何が何でも犯人―――っつうか俺を探し出そうと躍起になっているそうなのだが、町中や屋敷前で何度目撃されても無視されているところを見ると、流石に猫が犯人だと言う事には気付いていないらしい。
町の人間達は、「魔族が必要以上に絡んで来なくなった」と喜んだり首を傾げたりで、どちらかと言えば困惑が勝っている様子だが、今までが相当酷かったらしく、空気が明るい気がする。……まあ、元の町の空気を知らんから、気がするだけだけども。
などと人が町の状況を頭の中で整理していると、横から声をかけられた。
「へっへっへ、ダンナ今日も良い稼ぎでしたねぇ」
若干嫌な顔をしつつ横を見ると、そこには少しメタボな黒猫が、「俺の相棒」みたいな顔をして歩いていた。
コイツは、そう、あの俺がぶっ飛ばしたボス猫だ。
まあ、より正確に言うとボス猫ではなく、“元”ボス猫なのだが……。
2日前に俺が他の猫達の前でコイツをボコったから、今現在のこの町のボス猫は俺だ。
……一応俺の名誉の為に言っておくが、俺は別に猫のトップになりたかった訳ではないし、こうしてボスである事も納得していない。ただ、トップを倒した奴が次のトップになると言う動物社会のルールだから、仕方無く従っているだけだ。
ただ、まあ、人間のような煩わしさがない獣の生活は、これはこれで結構気が楽だったりするが。
年齢とか、地位とか、金とか、友好関係とか、人間の縦社会は色々と面倒臭い。それに対して動物の社会は単純明快で分かりやすい。
若かろうが、小さかろうが、強い奴こそが偉いと言うただ1つのルール。
それに、ボスって言ってもほとんど肩書だけだ。特に何するって事も無い。強いて言うなら、人様に迷惑かけてる犬猫が居たら「シャーっ」って威嚇してビビらすくらいだ。ああ、あと食べ物が無くて死にかかってるのが居たら分けてやるくらいか……。つっても、俺だってそこまで食料が潤沢に有る訳じゃねーけど、犬猫の皆様方は魔物肉で良いらしいので。
いや、魔物肉自体は良いんだ。収集箱の情報によれば人間も普通に食ってるらしいし。
問題なのは、今現在収集箱に入ってる魔物肉の状態にある。
………物凄い、血塗れです……。
理由は分かっている。収集箱の自動仕分けのせいだ。
どうやら素材の自動仕分けだと、魔物の毛皮や爪を無理矢理剥がした状態になるようで、肉を出してみたら生温かい血がブッシャーなってむっちゃビビった。
だが、動物の皆様はそれで構わないらしく、ムッシャムッシャしてて若干……いや、かなりドン引いた……。お陰でコイツ等の食料には困らなくて良いけどな…?
まあ、そんな感じで俺のボス猫生活を送って居る訳だが……どう言う訳か、元ボス猫の黒猫が俺の相棒(?)のような第1の子分(?)のような、そんな感じで行く先々に着いて来て若干鬱陶しい。とは言え、コイツが離れると別の猫達が「ボス!」「親分!」とワラワラ寄って来るので、仕方無く連れ歩いているのだが。
「そうな。事件もなく町も平和だし」
夜道を2匹でトコトコ歩きながら、寝床へ向かう。
一応今の俺の寝床は、元ボスの部屋こと例の裏路地の開けた場所だ。どこで寝ても同じと言えば同じなのだが、やっぱり決まった寝床があると言うのは、精神的にちょっと安心出来る。
「そう言えばダンナ、東側の猫がダンナを狙ってるって話っスよ? 大丈夫ッスか?」
「いや……別に、特に気にして無い」
「流石ダンナ! どんな野郎が来ても返り討ちって事ッスね!?」
違いますけど。
ボス猫の座なんて微塵も執着してねえから、持って行くなら勝手にどうぞってだけだ。
2匹でトコトコ歩いていると、俺達の前を人影が急ぎ足で通り過ぎて行った。
………? なんだろう、妙に気になるな。
別にまだ人が通りから居なくなる時間って訳じゃないし、変な恰好をしてるとか、行動が変とか、そんな事はないんだけど……強いて言うなら雰囲気が…切羽詰まってる感じ?
黒猫に「先帰ってろ」と伝えて通りの先を行く人影を追う。
人影は暗くて顔までは分からないけど、多分男。背が高い。頭が若干チリパーマ。……あと、なんか、歩き方に隙が無い感じ? 戦士とか兵士とか、そんな感じの人かしら?
東通に抜けて行くのを、少し離れて着いて行く。
通りの片隅に在った小さな料理店まで来ると、小さな動作で辺りの様子を窺う。
店はすでに火を落とし、営業は終了して店内は真っ暗だ。
……なんだろう、急に警戒しだした。いや、今までも警戒はしていたけど、それを外に見せないようにしていただけか?
短い警戒行動を終えて、扉をノックする。
返事はない。
2度ノックする。
返事はない。
もう1回2度ノックする。
ガチャっと鍵が開く音がして、少しだけ開いたドアから滑り込むように中へと入って行った。
さて、どうするかね…? 侵入しようと思えば店への侵入は可能だけども、そこまでして追う理由があるかどうかと訊かれると、どう考えてもNOだ。
……でもなぁ……なんか気になるんだよなぁ…。
仕方無い。
現代日本人として、人の家への不法侵入はとっても気が引けるけども……まあ、俺今猫だし。
猫は人の家にヌルっと入って来るものですし。ウチの実家にも、窓開けてるとどっかの猫がいつの間にか居間で寛いでますし。
侵入出来そうな場所を探してみると、天窓が少し開いていた。閉め忘れたのか、それとも単に立て付けが悪いだけか。
まあ、あの程度の隙間なら誰かが入る心配もないだろうしね……つっても、今から俺がそこから侵入するんだけど。
せー…のッ!
下の窓枠まで飛んで足を引っ掛け、そこから更に体を伸ばしてジャンプする。
天窓の隙間から店内へ滑り込む。
我ながら猫っぽい動きが様になって来たな? 馬車で強めの身体能力強化を貰ってから頗る快調だ。
密かに三角飛びでの壁上りを練習してるくらい快調。……いや、だって恰好良くない忍者機動? 忍犬ならぬ忍猫で売り出せますよ?
っと、今はそんな事どうでも良かった。んな事より、例の人影を探そう……の前に、不法侵入だし一応【隠形】で気配断ちしとくか。見つかった時、相手が「猫じゃしょうがない」で笑って許してくれるとは限らんし。
テーブルの上、床と順番に着地して辺りの様子を窺う。
明かりが無くて暗い。まあ、闇に目が慣れてるのと、元々猫は夜目が利くからさほど気にならんけど。
店の中には、料理の残り香が漂っていて腹が空く……。
良い匂いだなぁ。営業中に来たら恵んで貰えないかしら? 今度来てみよう。……あかん、完全に思考が猫になってる…。でも仕方無いじゃん? 自分で金払って食べるって選択肢がないし。
いや、だからそんな事考えてる場合じゃねえっつうの。
客席には居ないな…。
足音に気を付けながらキッチンの方に向かってみる。
居ない。
残ってるのは2階か。階段の方に向かおうとした時、違和感を感じて足を止める。
床板がズレてる……?
床板の木目が合って無い。不自然な途切れ方をしている。
それに、この床板体重をかけて押してみると微かに浮いているのが分かる。
もしかして?
【バードアイ】で視覚を床板の下に送る。すると、そこには階段があって、下の方に明かりが見えた。
秘密の地下室…って訳ね。
こりゃ、どう考えても訳有りだろう。
人の秘密を探るゴシップ記者になるつもりはないが、気にはなるので突入する。




